世界も、日本も、ごく身近なところでも、今は変化のスピードが速すぎて、目まぐるしい思いとともに、すべてにアンテナを向けていると時間がいくらあっても足りません。
その昔、半世紀以上前に子ども向けの「サンダーバード」というSF特撮人形劇が人気を博していて、平和を守る主人公たちが暮らす秘密基地があまりに多機能でかっこよく、それに強い憧れを抱いていました。
今はインターネットのお陰で、情報という面でいうとあの基地以上に膨大な量の情報を家にいながら受発信できるのは、まさに隔世の感です。
そんな中でもリアルに人と会う機会も増えていて、初めて会う人でも志や思いに通じるものがあれば、すぐに長年の知己のようにお付き合いすることができます。
それは、2020年にエセコロナ情報が世間に蔓延するようになり、それに疑問を抱いた人たちの思いが先鋭化し、真実を求める人たち同士が引き合う力が強くなったからのように感じます。
これから先、世の中がどうなっていくのか分かりません。
それは、グローバル化と反グローバル化、これに究極的な善悪を付けるのは難しいものの、まったく相反する二つの力が拮抗し、そのパワーバランスの変化の行く末が見えないからです。
だからこそ、志を抱いた者はその使命感を強く感じ、より深く真実を知り、広めようと努力し続けていて、それはまさに生命の発露そのものです。
このあくなき生命の発露は、その人の心身のエネルギーを高めてくれます。
お陰様で、常に大きな目標を持って生きている自分自身は心身ともに快調そのものです。
昨年末に満66歳になりましたが、初対面の人には、たいてい十歳は若く見てもらえます。
なぜこのように若々しく健康でいられるのか、その要因を自分なりに分析してみました。
好奇心を持つ
常に夢、志を持ち、それを実現するための探究心を忘れないこと。
そうすれば様々なことに関心が向き、常に新たな何かを求める気持ちが消えることなく、いつも躍動する精神を保つことができます。
子どもは誰しもこの探究心、好奇心を強く持っています。
自分はこの子どものような気持ちを今も強く持っていて、これは生来の特質だと感じます。
だからこそ子どもが大好きで、子どもたちと気持ちが通じ、インドの児童養護施設にたびたび訪ねる活動を続けています。
これは未来志向に通じるものです。
常に未来に意識を向け、そのために今何をするべきか、それを強く意識することが大切です。
成長する喜び
これも子どもの頃は誰しもが強く持っていました。
初めて自転車に乗れた時、初めて鉄棒で逆上がりができた時、その喜びは極めて新鮮で強烈なものです。
けれど大人になるにつれそういった感動を味わう機会と、それを感じ取る感性も鈍くなってきます。
自分は先の好奇心とともに、この成長する喜びを感じ取る感性を、子どもの頃と変わらず持ち続けています。
昨年から昔熱中していたエレキギターを毎日短時間でも弾くようにしています。
初めてエレキに触った十代の頃は、新しいフレーズを覚えた時はすごく嬉しくて、それを何度も何度も繰り返し弾き、自分がロックスターになったような思いに浸っていました。
今もその当時の感覚は変わらず、こんなブルースロックの教則本を見ながらレパートリーを広げ、一人悦に入っています。
今は、何を学ぶにも良質の教材がネットやテキストで簡単に入手できるようになり最高すぎます。
けれどエレキに限らず、楽器の上手な方が大人になって楽器から離れる感覚が自分には理解できません。
子どものような喜びを持ち続けることが、子どものような若々しさを保つ重要な要件です。
長年続けている英語学習も、AIを使った「Speak」のお陰でだいぶ自信が持てるようになりました。
一日の中で好きな時間に好きなだけ学習することができ、対話もでき、間違ったこところは自動的に復習課題が出て、その課題を蓄積し、繰り返し復習することができます。
そして継続学習日の表示や学習量に応じたポイントランキングなど毎日学習を続けるための工夫も様々あり、お陰様で500日以上コンスタントに学習を続けられています。
成長するということでは、「ホメオパシー」で書いたように、昨年10月に大橋眞先生のグッズに出合ってから、体に様々な喜ばしい変化が現われています。
その中で日々最も喜びを感じるのが、視力がよくなったことです。
これまで眼をしばたたかせながら苦労して読み取っていたディスプレイの文字が、クッキリと見えるのでパソコン作業が格段に楽になりました。
以前はディスプレイを見る時はメガネをかけて眼をこらし、またメガネを外して顔を近づけて確認し、キーボードを打つ際は、メガネをかけていると半分勘でで打っていたものが、ほぼ八割方改善されました。
この歳でこんな肉体的変化が現われてくるのは嬉しい限りです。
けれど自分は常に様々な情報にアンテナを張り、いいと思えることは世間の常識に関係なく実践し続けてきたので、まったくあり得ないことだとは感じません。
己の持つ可能性を信じ、それを引き出すための努力を怠らないこと、そして少しでも成長を感じられたなら、その喜びをさらなる成長を導く糧とすることです。
魂の持つ永遠の生命
人間の持つ生命とは何でしょうか。
人間の持つ肉体的生命は約百年弱、宇宙の歴史から見ると実にはかないものです。
人間は“人の間”と書き、周りの人たちとの関係性の中に存在します。
ですから周りとの関わりが閉ざされた中にいれば、生きていても人間としてのあり方はなきものとする見方があり、その逆に、肉体は滅しても生前の影響とともにいつまでも語り継がれる人は、人間としての生命を保ち続けているともとらえられます。
そしてもうひとつは、魂の持つ生命(命)です。
この生命は永遠不滅であり、消えることがありません。
自分は何度かの体外離脱や母の魂と触れ合った体験から、そのことを“知って”います。
肉体年齢と魂年齢は比例しません。
肉体は幼くとも老成した魂を持つ人もいます。
幼きヴァイオリニスト、吉村妃鞠さんなどはまさにその例です。
肉体年齢に意識の焦点を向けるのか、永遠である魂年齢を意識するのか、たぶんほとんどの人は肉体年齢を強く意識するのでしょうが、自分はなぜか明らかに魂年齢に思いが向き、
「今の自分はこの歳だから・・・」
「年齢に相応しい行動とは・・・」
といったことがあまり気にならず、その時々の素直な思いのままに行動してしまうことがほとんどです。
これは体外離脱や母との体験もありますが、やはり持って生まれた魂の特質だと感じ、この感覚があるからこそ、いつまでも若い気持ちでいられるのだと感じています。
この思いは簡単にシフトできるものでありませんが、人間の持つ心のあり方、魂の存在が様々な方面から明らかになりつつある現在、生命に対する思いを広げ、永遠の真我ともいえる魂に意識をより強く向ける方が望ましいと考えます。
若さは宝です。
その若さに支えられた命を大切に使い、“使命”をまっとうしていきましょう。















それを森信三は「心願」と呼んでいます。
人間は天から派遣され、その時に使命が書かれた眼に見えない封書を預かっています。
眼に見えなくても、その使命を果たしたときに生きがいを感じるように人間は作られています。
つまりワクワクする方向に進んでいくことで封書を解読でき、心眼に辿り着くことができるということです。