国際平和文化都市・広島、ここに暮らして今年で36年になります。
広島は、20世紀最大の“事件”である原子爆弾による民間人の大量殺戮が行われた地であり、ここ広島にいると、日常で平和というものを意識せずにはいられません。
これまで数多くの平和イベントに参加し、被爆者の方が語る被爆の惨状を耳にしてきました。
けれど終戦から81年が経ち、自分が広島に来た平成のはじめ頃には周りにたくさんおられた被爆者の方の数も年々少なくなり、現在直接親交のある被爆者の方はわずか三名となりました。
そしてその三名の方はみな自らの体験を語り継ぐことを使命と感じ、積極的に平和の語り部として活動を続けておられます。
原爆によって一瞬にして焦土となった広島、この愚かしい過去の惨状を語り継ぐことは広島に課せられた大切な役割です。
そしてそれとともに、戦後わずかな期間で中四国最大の都市として復興を遂げたこの広島のパワーを、今も戦禍や災害、民族紛争等で壊滅的被害を受けている国や地域の人々に、復興への希望の道筋として示していくことも、広島に課せられた大切な役割であると考えています。
そんな思いで、今から約十年前、『広島(ヒロシマ)の使命』と『広島から発信する未来への希望と提言』という二つのレポートを書きました。
どちらも画像をクリックしていただくとPDFファイルが開きます。
平和で快適な広島で暮らしていると、戦争は遠い過去の出来事であり、今のような文化的暮らしを営むことがごく自然で当たり前のように感じられますが、実際はそうではありません。
広い世界の中には過去の負の遺産から脱却できずにいるところが数多くあり、そのことを上のレポートでも書いているように、ポルポト派による民族大量虐殺という悲惨な過去を持つカンボジアの人たちから教えてもらいました。
自分は東洋を学んでいます。
東洋で最も大切なもののひとつが共生であり、共生とはバランスの上に成り立ち、このバランスが崩れては現状を保ち、未来へと発展させていくことはできません。
広島は「過去」に世界最大規模の負の遺産を抱え込みました。
けれどそれがあまりにも大きすぎるがゆえに、「現在」へと至る奇跡的な復興への道筋、そして大きな過ちを乗り越えた上での「未来」への提言を語る力が弱すぎるように感じます。
広島平和記念公園にある原爆資料館にも復興の足跡を記したコーナーがありますが、それではあまりにも訴求力がなさすぎます。
常にそんなことを感じ、このことをたびたびさまざまな場で訴え、このホームページでも何度か書きました。
そんな復興から未来へと続く道筋を、広島の民間企業が中心となって広く知らしめる活動が行なわれているということを、先日期せずして知ることができました。
2026年2月21日(土)、広島市立商業高校の生徒さんたちによる平和ガイド研修にオブザーバーとして参加しました。
この研修は今回が三回目です。
一作年の初回も参加し、昨年はインド旅行中だったので参加できず、今回が二度目の同行です。
平和ガイド研修の詳細は、主催したHPS国際ボランティアのサイトに書いています。
この研修で最後に訪れたのが、広島市民球場跡地に建てられたひろしまゲートパークにある「Pride of Hiroshima」です。
ここには広島の地元企業による、一面焦土となった大地から涙ぐましい努力によって都市を再建していった復興の過程が多くのスライドや資料によって展示されていて、それこそが“プライド オブ ヒロシマ”、広島の誇りです。
もう一年も前から常設展としてあったとは、恥ずかしながら知りませんでした。
さほど広いスペースではありませんが、子どもたちと一緒に見て回り、市民一人ひとりの思い、民間の活力が、復興にとって欠かせない礎であるということを強く感じました。
展示内容は日本語とともに英語表記もされていて、施設のある二階にはエレベーターも完備されています。
現在の広島が見事な復興を遂げていることは、広島の、そして日本の誇りであり、世界に向けての希望の灯りです。
このことを、これからも声を大にして発信していきます。














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