アイヌの知恵

アイヌの人たち

昨日インドのロックダウンの再々々延長が決定し、規制は今月末まで後二週間延長されることとなりました。

インドでは二ヶ月余りに渡る厳しいロックダウンを実施してきましたが、感染拡大を抑えることができず、数字の上では感染者数が中国を抜いてアジア最多となり、直近24時間の感染者数も5224名(死者157名)と過去最大を記録しています。

それでも大手工場の再稼働など経済活動は徐々に再開されていて、感染拡大阻止と経済との両立は、インドに於いては日本以上に困難な課題です。

インドのロックダウン

真偽の程は分かりませんが、日本のニュースで感染防止のためガラガラの劇場の座席がこれで満席だという画像が出ていました。

感染予防で満席の劇場

インドも運行を許可されたバスや列車も座席を間引くことが求められ、まだ移動制限もすべては解除されておらず、今後どのように社会を元の状態に近づけていくのか、先行きはまったく不透明です。

インド 間引かれた座席

自分のいるタミルナド州も州都チェンナイを中心にその周辺地域で感染が広がっていて、特別な許可がなければ近づくことができません。
今はただ事態を見守るだけです。

 

もう半世紀ちょっと前のことです。
まだ小学生だった昭和41年から45年の3年半、北海道の最大都市札幌に住んでいました。

北海道にいたと話すとよく「寒かったでしょ?」と聞かれるのですが、子どもは寒さなどへっちゃらです。
逆に冬場家では石炭ストーブを焚き、とても暖かかったことが印象的です。

冬は家の庇(ひさし)のすぐ下ぐらいまで雪が積もり、かまくらを作ったり、屋根に昇ってトタン屋根を滑り落ちたりして楽しんでいました。

これは家の前で撮った写真です。

酒井伸雄

たぶん小学校2年生か3年生の頃だと思います。
手袋をしていませんね。

けれど確かに寒かったはずです。
当時は毎朝牛乳を配達してもらっていて、朝それを取り込むのが少し遅れると、牛乳が完全にシャーベットになっていましたから。
牛乳の融点って何度なんでしょう?

 

思い出話は尽きませんが、小学校は一年生の後半から四年生まで札幌にいて、社会科の教科書は、二年生が「わたしたちの札幌」、三年生が「わたしたちの北海道」というタイトルだったことはハッキリと記憶しています。

そこで習ったのは、北海道は明治に入って入植した屯田兵の人たちによって開拓されたということ、当初北海道は寒くてお米が採れなかったのを品種改良して採れるようにしたということなどで、北海道の先住民であったアイヌ民族の歴史はほとんど触れられていませんでした。
(そう記憶しています)

強く印象に残っているのは屯田兵の人たちが苦労したお陰で北海道にたくさんの人が住めるようになったということですが、今考えてみるとその“人”というのは日本人、和人のことですね。

屯田兵が入植し始めたのは明治元年で、ちょうど自分が札幌にいた昭和43年(1968年)は明治百年と北海道百年の年にあたり、そのことを盛んに報じられていたように思います。

当時は子どもだったので何も考えていませんでしたが、北海道百年というのは完全に侵略者目線ですね。
アメリカが先住民を虐殺し、「コロンブスによるアメリカ大陸発見!」と高らかに宣言するのと同じ傲慢さを感じます。

当時アイヌについて知っていることは、北海道の先住民で独特の風貌と衣装を身にまとい独自の文化や言語を持つものの、和人によってどこかに追いやられてしまったということで、学校では屯田兵の偉大さは語られるものの、その陰でアイヌの人たちに随分酷いことをしてきたのではないかということを、子ども心になんとなくは感じていました。

半世紀前のあの頃は、昭和新山などの観光地に行くと、アイヌの人たちが民族衣装を着て民芸品を作るところをデモンストレーションしていました。

今はどうなんでしょう。
あの衣装、あの風貌の人たちを、たとえ観光地でも目にすることができるのでしょうか。

アイヌの人たち

 

今日はそのアイヌの人たちのことを知りたいと思い、アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」 を読みました。

「ゴールデンカムイ」というのはアイヌの人たちをテーマにした人気マンガなんですね。
知りませんでした。

本書はその「ゴールデンカムイ」に基づきアイヌ文化を紹介していますが、マンガの方を読まなくても十分理解できるよう詳しい解説があり、またマンガの抜粋が随所にあり、楽しく読み進めることができました。

調べてみると「ゴールデンカムイ」は家の近くのマンガ喫茶にあるようなので、広島に戻ったら読んでみたいと思います。

 

アイヌについてはやはり知らないことばかりでした。
アイヌは北海道だけの民族かと思っていましたが、以前は東北地方にもアイヌの人たちが多数おられたようです。

そして和人との交流も明治からだとばかり思っていたのも間違いで、それ以前かなり昔、文献には平安、鎌倉時代から交易があったと推定できる記録があるそうです。

それが和人による侵略的行為のようになったのが明治以降で、アイヌ文化や習慣を破壊して自分たちルールに無理やり従わせ、争いを挑み、いったん和解したように見せかけて相手を油断させ和睦の席で不意打ちをする、・・・このようなアメリカ大陸侵略民が先住民であるネイティブアメリカンを滅ぼしていったのと同じことをしています。

残念なことですが、日本人は自らの負の歴史としてこのことは知るべきだと思います。

 

このような残念なことばかりではなく、本書で紹介されているアイヌ文化は、自然を含めた周りの環境すべてと共生するための知恵にあふれていて、これは現在の日本人をのみならず世界中すべての人々にこれからの時代を生きていく知恵として知ってもらいたいものだと強く感じました。

カムイとは人間を取り囲むほぼすべてのもので、それらすべてのものに魂が宿っていると考えるのがアイヌ文化です。

そのカムイたちは霊魂の世界ではみな人間の姿形で営みを続けており、この世に降りてくる時には、それぞれ炎、山菜、魚、熊などの“衣装”を身につけ人間に恵みを与え、人間はその恵みを感謝していただくことで共生の関係を築き、恵みを絶やさないようにしています。
ですから自然を必要以上に傷付けたり獲物の肉を食べ残すことは厳に戒められています。

特に興味深く感じたのは死者を弔う埋葬品です。
死者はあの世に埋葬品そのものを持っていけるわけではありません。
持っていけるのはその魂です。
ですから埋葬品をすべてに切れ目を入れたり傷を付け、埋葬品も“殺した状態”にして供えるのです。

 

こういったアニミズム的思考はこれからの時代のスタンダードになるものです。

ですから今の時代の流れを受け、ほぼ滅び去ろうとしていたアイヌ文化に再び脚光を浴びる機会が与えられたのだと感じます。

時代の流れを受けているといえば、自己責任論のアドラー心理学、すべてのものに平等の愛を注ぐ金子みすゞの詩なども同じです。

 

すべてのものに霊魂が宿り、すべてのものに無駄がない。
すべての因は自らの内にあり、そこには平等な愛が注がれている。

この精神で、今という時代の波を乗り切りましょう。