ラ・カンパネラを味わう

棟方志功

先に「音楽的快感」で、若い頃に聴いたディープパープルのような興奮と書きましたが、五ヶ月ほど前にヴァイオリニストのサラ・チャンを紹介したページでも、やはり「大人のディープパープル」と、ディープパープルを例えに出していたことを後になって思い出しました。

自分にとってハードでスピーディーなリッチーブラックモアのエレキサウンドは、熱く燃えたぎる青春時代の象徴です。
(今でも青春のつもりですが・・・)

リッチーブラックモア

その燃えたぎる熱い思いはいくつになっても心の中に秘められていて、それを若い頃とはジャンルが変っても、同じく熱い音楽が胸の中からそれを引き出し、昇華させてくれています。

前項ではCANACANAさんのピアノを動物的大胆さ、小山実稚恵は植物的繊細さと言いましたが、絵画に例えるなら小山実稚恵は細密な描写に淡い色彩といった感じで、CANACANAさんは太く濃い鉛筆で一気に描いたクロッキー、彫刻なら一刀彫り、勢いの中で細部を語る棟方志功の版画がイメージされます。

棟方志功

自分は音楽家、特にクラシックで好きな演奏家はほぼ90%以上が女性です。
これは理屈ではなく、なぜか女性の奏でる音が心の琴線に触れるのです。

その女性の中でも、マルタ・アルゲリッチ、サラ・チャン、そしてCANACANAさんといった、本来の女性性の最深部にある動物的強靱さを感じさせる音に強く惹かれます。

けれど面白いことに、実際に生活の中でそういったタイプの女性に興味を引かれるかといったらまったくそんなことはなく、その真逆で、自己主張の少ない控え目な方との方が上手くコミュニケーションを取れたりします。

その意味では、音楽とは普段は秘められている内面の昇華作用があり、それを求めて音楽を聴くのかもしれません。

 

音、音楽からは本当に深い学びを得ることができます。
けれどそれは言葉を超越した世界であり、本来は言葉にできないものですが、それをここに言葉として表そうとするところに学びがあります。

このたびCANACANAさんの演奏をキッカケにラ・カンパネラを何度も繰り返し聴くようになり、その深みを探るべく他の演奏家のものにも耳を傾けました。

アリス=紗良・オットも好きなピアニストの一人で、彼女の弾くラ・カンパネラはだいぶ以前にパソコンにダウンロードして聴いていました。
彼女の演奏は出だしのpp(ピアニシモ)の部分が極めて弱い音で、これまでパソコンのスピーカーで聴いていた時にはそのよさが十分に聞き取れませんでしたが、このたび真剣にラ・カンパネラを探究しようと思いイヤフォンで聴いたところ、ppの表現もしっかりと聴くことができ、あらためてその素晴らしさを感じ取りました。

まずこの若さでよくこれだけ表現力豊かに弾けるものだとそのことに感心します。
彼女は見ての通り、若くスリムでしなやかな肉体を持っていますが、それが奏でる音に出ています。

小山実稚恵の繊細さが植物的であるならば、アリス=紗良・オットの繊細さは幼い若鹿が飛び跳ねているような、そんな瑞々しさを感じさせます。

 

人間の持つ能力は本当にスゴイものです。
この超絶難曲ラ・カンパネラを弾きこなす時の脳の働きはどうなっているのでしょう。
この曲を楽々と弾きこなしながらも自らの個性を主張するプロピアニストたちの才能と努力には感服するしかありません。

実は自分も少しだけピアノを弾くことができます。
昔家にピアノがあり、独学で楽譜にドミソを書き込み、やっと両手で弾けるようになった程度です。
ですからプロピアニストの技量は尊敬と憧れの対象です。

 

そんな超絶技巧を持つプロピアニストたちの中でも、自分の知る限りヴァレンティーナ・リシッツァの技量は一歩抜きんでているように感じます。

その彼女が弾くラ・カンパネラには驚くと同時に笑ってしまいました。
あれだけの技量を持つ彼女が、どこかの町角のストリートピアノ、しかも少し調律の狂ったアップライトピアノで回りの人たちと楽しげに笑みを浮かべながら弾いているのです。
もちろん超超絶技巧で・・・。

この動画のコメントに
「the audience probably can’t even tell the difficulty gap between this and fur elise lmao」
「聴衆はおそらくこの曲とエリーゼのためにの難しさの違いさえ分からないでしょう」
とありますが、本当にそうでしょうね。
これだけさりげなく軽やかに弾かれると、誰でも簡単に弾ける曲だと勘違いする人もおられるでしょう。

 

先日、地元で知り合った音楽家に送ったメッセージの中で、
「今は市井の音楽家の方にとって厳しい時代です。どんな曲でも超一流の演奏家のものと簡単に比較されてしまうのですから・・・」
といったことを書きました。

もちろん生で接する音楽にはそれにしかないよさがあるのですが、それとともに、現代でしか味わえない家で自由に超一流音楽家の演奏を耳にすることができるという特権を楽しみたいと思います。

 

 

ヴァレンティーナ・リシッツァを最初に知ったのはこのベートーヴェン、まるで機械のように正確無比な指使いに驚愕しました。
黒いジャケット、白いタイトなパンツ、抜けるような白い肌、長い金髪といったビジュアルも幻想的雰囲気を醸し出していて、彼女の演奏スタイルとマッチしています。

CABACANAさんの演奏はアップテンポのものでばかりではなく、この月の光も素晴らしいものです。

1983年からソロリサイタルを行わなくなったアルゲリッチが2020年、79歳になった今年発表したショパンは最早神の領域に一歩近づいた感があります。