生きている喜び

生きる喜び

今から三十年ほど前、人生で最悪の苦しみを味わっている時に、デールカーネギーの「道は開ける」を読み、心救われる思いがしました。

詳細は記憶にありませんが、たしか第二次世界大戦直後、戦勝国の人間が敗戦国である自分たちのところにやって来て生命の危機が迫った時、「なんとかそこから脱しなければ」という思いを捨て、その最悪の状況を受け入れ、そこから物事を冷静に判断することで、自然とその危機から脱することができたというようなことが書かれていました。

当時の自分は深い苦しみの最中でしたが、それが長期間続いたことで少しゆとりができかけていたように思います。
ですからその時目にしたこの言葉が胸に痛いほど突き刺さり、少し気持ちを持ち直し、冷静さを取り戻すことができました。

それまで思い描いていた“幸せとはこうあるべきだ”という細い理想の道から転げ落ち、真っ暗な谷底に落ち、けれど時が経って暗闇に目が慣れてくると、その谷底がいかに広い世界であったのかそれに気づくことができた、そんな心境でした。

 

昨日味わい尽くすということを書きました。
自らが創り出した周りの状況をしっかりと見据え、そこから感じ取れるものを味わい尽くすということです。

その味わい尽くすのには何が必要か。
味わい尽くすことを阻害し、偏った感じ方、味わい方しかできなくさせてしまうものは何なのか。

それは囚われであり、心の中で「これだけは絶対的に譲れない、手放せない」とする強固な思いです。

そしてそこから生み出される恐怖と不安が見る目を狭くし、本来味わうべきものを味わえなくしてしまうのです。

 

せっかく買った家のローンが今のままでは払えない、店が続けられない・・・。
そういったことすべてを諦めろとは言いません。
ただそうなってしまうことに対する恐怖と不安を捨て、たとえそうなっても大丈夫、それでも自分は幸せである、その安定した心の下で今するべきことを考え、今の状況の中で感じ取れること、味わえることを味わい尽くすことが現状を打破し、その“自らが創り出した現状から卒業し、次のステージに行く”ための最善の道だと信じます。

何度も書きますが、六年前に関空ですべての貴重品が目の前から消えてしまった時、たったひと間の土間のようなところで家族数人が暮らし、それでも明るく生き、おもてなしの心で自分を暖かく迎えてくれてあの家族、あのひと時を思い出し、
『今この瞬間に生きている、そこにこそ最高の幸せがある』
そう心の底から思うことができ、この上ない至福感を覚え、直後に奇跡が起こり、すべての問題が解決しました。

生きる喜び 生きる喜び

あの時、自らが
『最低の危機的状況の中で生きる喜びの本質を感じ取りたい』
そう願って創り出した現実を完璧に味わい尽くし、卒業証書をもらえたからこそ、奇跡という形でそこから脱せたのだと思います。

またそれを経験したいということは、自分に、同じ苦しみを体験している人たちにそれを伝える義務があると感じ、ここに書いています。

 

人間は自らが創造主でありエブリシンググレートです。
ですから現在の身の回りのことはすべて自分が創造したものであり、それを変えるには自己イメージを変え、明るく望ましい現実を想像、創造することが必要だと、多くのスピリチュアル関係の本で説かれています。

けれどここでひとつ注意しなければならないのは、その想像、創造が、現状を否定するものであってはならないということです。

今の苦しい現状が、自らの悪想念によって創り出したものであるのなら、それは改める必要があるかもしれません。
けれどそうではなく、その逆境から何かを感じ取りたいと願って創り出したのであれば、それを否定した上に真に新たなものを創り出すことはできません。

究極的には、
『今この瞬間、生きていることがいかに幸せか』
そのことを感じ、味わい尽くした上で新たなものを創造していくことが大切です。

 

今日このことを書いたのは、アメリカ大リーグで活躍するダルビッシュ選手の記事を読んだことがキッカケです。
それをご紹介いたします。

 カブスのダルビッシュ有投手が5日、自身のツイッターを更新。新型コロナウイルスの感染拡大で世界中で自粛ムードが続く中「食べ物ない、いつ死ぬかわからない。それに比べたら自粛で家にいるぐらい楽な気がしてくる」と切実な思いをつづった。

 日本、そして世界中で自粛を要請する動きが続く中、ダルビッシュは「コロナで自粛ばかりで疲れますよね。色々な不安もある」と、現状の思いを口にした。そして「でも第三次世界大戦で今住んでるエリアにバンバン爆弾落ちてきていることを想像してほしい。食べ物ない、いつ死ぬかわからない。それに比べたら自粛で家にいるぐらい楽な気がしてくる」と、新型コロナによる危機的状況の中でも自粛の大切さを伝えた。

 過去には戦争などで多くの人々が亡くなった悲しい歴史があるだけに「目を瞑ってそれをマジで想像して、目を開けたらめっちゃ安心する。戦争で今死ぬかもしれない状況になるぐらいなら喜んで家にいます笑」と綴っていた。

(Full-Count編集部)

 

明石家さんまの娘のイマルさん、
きてる だけで マルもうけ

本当にその通り、素晴らしいですね。

今だからこそその喜びを心の底から感じ、そのキッカケを与えてくれた武漢肺炎にしっかりと感謝してください。

そしてその武漢肺炎から、一日も早くその役割を終えたことを示す卒業証書を受け取りましょう。
(^_^)v