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音楽的快感

ラ・カンパネラ

6月に日本に戻ってからモバイルWi-Fiルーターが新しくなり、高速になった代わりに高速で使う分には容量の制限(3日で10GB)ができ、これまで五ヶ月間一度もその制限を超えたことはないものの、これを機会と長時間ネットを見続ける習慣を手放す努力をしています。

そのため最も減ったのがYouTubeで音楽を聴く時間です。
気に入った曲があるとその関連したものや異なる演奏家のものも聴きたくなり、興味が尽きるまで聴くと際限がありません。
ここ最近はYouTubeで観るのは主に社会、政治関係、それと息抜きで「寅さん」の動画もよく観ています。

それが先日何かのキッカケで大好きなクラシックピアノの“沼”にはまってしまい、毎日いろんな演奏家のいろんな曲を聴き、新たな名演奏を発掘する喜びを感じています。

それと少しの期間をおいてこのような音楽探究をしていくと、自分の中の以前とは異なる感覚を見つけることができ、それもまた大いに楽しみです。

 

今回はまって毎日聴いているのはリストの名曲ラ・カンパネラ、言わずと知れた超絶技巧を要する難曲です。
このCANACANAさんの演奏は技術と表現が素晴らしいと同時に、画面上から降ってくる音の粒、magicバージョンと言うのでしょうか、これが超絶的演奏を際立たせています。

これぞYouTubeならではの醍醐味です。
画面を食い入るように見つめながら音を聴いていると体が熱くなるのを感じ、これは音楽を通した精神と肉体両面での快感です。
聞き終わった後、思わず「スゴイ・・・」という言葉が口をつきます。

高校生の頃はディープパープルなどのハードなロックに夢中になり、スモーク・オン・ザ・ウオーターハイウエイ・スターなどで見せるリッチー・ブラックモアの速弾きに憧れていましたが、その時に感じた興奮とよく似ていて、興奮量はそれをさらに上回っています。

当時はリッチーの速弾きはスゴイ!と思っていたのに、今聴くとラ・カンパネラとは比較にならないほどシンプルですね・・・。

名曲ラ・カンパネラはYouTube上でいろんな名演奏家のものを聴くことができ、その中でもCANACANAさんの演奏の魅力は確実な技巧に裏打ちされたダイナミズムとメリハリのきいた力強さだと感じます。

それと当たり前かもしれませんが、音の特徴が指の動きに出ていますね。
その潔い指の捌(さば)きは凜々しくもリズミカルに踊っているようで、生きのいい江戸前寿司の職人さんの手捌きのようです。

彼女の力強さはライオンやチーターといった肉食獣的しなやかさを持った強靱さで、その意味では同じ女性ピアニストであるマルタ・アルゲリッチを彷彿させます。
アルゲリッチのこのバッハは名演です。

アルゲリッチのどこかの動画で、その力強さを讃え「男みたい」と評したコメントを見かけました。
たしかに表面的には女性より男性の方が力強いでしょう。
けれど動物としての本能的なところにまで遡れば、本質的には女性の方がいかなる逆境にも負けない生命に対する力強さを持っているのではないでしょうか。
そのことをアルゲリッチ、CANACANAさんの演奏を聴いていて感じます。

 

これまでラ・カンパネラで最も好んで聴いていたのは小山実稚恵の演奏です。

1985年、あのブーニンが優勝したショパンコンクールで日本人として唯一人本選まで残り、女性らしい優美で柔らかな表現力で多くの人を魅了しました。

このラ・カンパネラは何年頃の演奏かは分かりませんが、彼女の持ち味である優しい表現に透明感のある鋭いキレが加わり、もう鬼に金棒といった状態です。

このたびCANACANAさんの演奏と出合いあらためて小山実稚恵の演奏を聴いてみて、彼女の流麗な指使いはまるで水が流れるかのようで、ラ・カンパネラがまるで少し練習すれば誰にでも弾ける練習曲のように聞こえてしまいます。
本当に上手い人はその上手さを目立たせないのですね。

CANACANAさんの演奏が動物的大胆さとするならば、小山実稚恵のそれは植物的繊細さとでも言えるかもしれません。
主観的感想ですが。

 

もし小山実稚恵の演奏画面にCANACANAさんのようなmagicバージョンを施したらどうなるでしょうか。
きっとそれはそれでスゴイとは思いますが、たぶんドラマチックな演出という面では、メリハリのきいたCANACANAさんのものには敵わないと思います。

これはいい悪い、上手い下手ではなく、演奏スタイルと表現方法の違いです。

 

YouTubeに自分のチャンネルを持って演奏を披露している日本人クラシックピアニストは数多くおられますが、現在チャンネル登録者数70万人を超えるCANACANAさんが技術と表現力といった点で最も人を引きつける魅力があるように感じます。

その素晴らしい演奏の中でもやはりダイナミックな曲が、聴いていてハートが波打つ興奮を覚えます。

この革命のエチュードもmagicバージョンです。

 

けれどこれも好みの問題ですが、CANACANAさんのアップしている演奏がすべて最も素晴らしいとは思いません。

革命のエチュードと同じくベートーヴェンが作った三大ピアノソナタのひとつである悲愴は、極めてシンプルで美しい主旋律が特徴で、これは演奏者によって表現に大きな差が現れ、この曲は、自分は辻井伸行の演奏に最も心打たれます。

彼の演奏がいいと思ったら、もう他の誰のものとも比較できません。
光を失った彼のピアノの響きは、彼にしか表現できない深い精神性、聴くものを包み込む温もりにあふれています。

もうこれは演奏や表現という以前に、一音一音の音そのものが違うのですから⋯、極端に言うならば、ピアノとトランペットのどちらがいいかを決めるようなものです。

 

『塩は命の源』であり、生命にとって塩は欠くことのできない食材です。
その塩は世界各地多種多様なものがあり、どれが最もいいと決めることはできません。
「明石の鯛は明石の塩で締めろ」と言われるように、それに似合ったものがあり、音楽の好みもそれと同じだと思います。

演奏家と聴き手、その関係から得られる感動は、様々な条件によって大きく変ってきます。

音楽の楽しみ喜びは、まさに人生の楽しみと喜びです。