自分を知る方法

己を知る

エセ・コロナ禍が始まって二年半、この間日本社会は大きく変わってしまいました。
そしてその最も大きな被害を受けたのは、これから大人へと成長していこうとする子どもたちです。

三密回避、県外移動の自粛、様々な学校行事が中止となり、黙食、マスクの強制着用で人間的コミュニケーションが阻害され、こんな環境で育った子どもたちが将来どういった大人になっていくのだろうか・・・これは危険を通り越した国家存亡に値する危機的状態です。

こういった状況の中で近年学校に通うことのできない子どもたちが増え、その子どもたちを救う方法としてのフリースクールが注目されています。

広島県廿日市市には十年前から木のねっこというフリースクールがあり、二十名近くの元気な子どもたちが豊かな自然の中、自ら学びを求めて通ってきています。

フリースクール 木のねっこ

その木のねっこを取材した内容をこいわし広島のホームページにアップしましたので、よかったらご覧ください。
<フリースクール 木のねっこ – 市民メディアこいわし広島>

木のねっこの代表者である横山はるみさんは熱い情熱と志をお持ちの方で、取材をしていると言葉が次から次へと出てきます。
それをひとつひとつ書き記していると話についていけず、またメモすることに意識がいってしまうので、会話を録音し、その場ではメモを取らずにお話しを聴くことに専念しました。
今はスマホアプリを使って簡単高音質での録音が可能です。

 

本題はここからです。
家に戻ってその録音を聴くと声が鮮明に記録されています。
そして会話の途中で横山さんに質問する形で自分の声が挟み込まれていて、その自分の声がとても新鮮に響きます。

誰しも録音した自分の声を聴く時には違和感を憶えます。
それは聴覚には空気を伝わって聞こえる気導聴覚と身体を伝わって聞こえる骨導聴覚の二種類があり、他人が感じ取り、機械に録音される音は空気を伝わる音だけなので、それが自覚する自分の声との差を生じさせます。

広島で有名なあるアナウンサーは、自覚する声と放送で流れる声はまったく同じだと語っていました。
ある著名な宗教家の部屋に入れていただいた時、大きな音でご自分が講演された時の音声を流し、それを聴きながら仕事をしておられるのに驚きました。

自覚する声と外から聞く音声が同じだということ、自分の声を外から客観的に聴いて違和感なく受け止められるというのは、自分のことをよく知っている、あるいは自分を正しく受け止めることができているということに通じます。

 

今回たまたま自分の声を久し振りに聴くことができ、イメージする自分自身の声に若干の違和感がありました。
それを感じるポイントは、

  • ひとつひとつの音声を明瞭に発しているかどうか
  • 話すスピードは適切か
  • 語尾の発し方、自信、確信を持って言葉をしめているか
  • イントネーションはどうか、どこを強調しているのか
  • 相槌の打ち方、相手との間合いの取り方はどうか

こういったところで、録音された自分の声を聴きながら、自分というものの個性をあらためて感じ、反省・改善すべきポイントがいくつも見つかり、正直な感想として、とても嬉しい気持ちになりました。

以前は自分の声をじっくり聴こうなどという気持ちにはなれなかったのですが、昔と比べると少しは自己イメージと実像が近づいた印象で、わずかながら成長の足跡を感じました。

 

オーバーな表現ではなく、この録音された自分の声にしっかりと耳を傾ける、特に誰かと会話している声を聴くという作業は、自分自身や自分の対人関係での癖を正しく知るという意味で、本やセミナー参加に数千円を投じるよりもはるかに効果的です。
これは鏡を見なければ自分の身だしなみを正せないのと同じす。

さらには動画で自分自身を記録すると、目つき顔つき、動作や姿勢といった言語に現れない非言語でのコミュニケーション、いわゆるノンバーバルコミュニケーションのあり方がよく分かります。

ノンバーバルコミュニケーション

 

ノンバーバルコミュニケーションで検索して見つけたこのプレゼンテーション動画、とてもいいお話でした。

DEAFの「聴く力」でコミニュケーションはもっと豊かになる

コミュニケーションとは思い、情報を通じ合わせること、言葉や表情、動作といった言語、非言語の表現方法はそのための手段です。
その本質を上の尾中さんのお話の中から感じ取りました。
まだ二十代なのに、淡々と語る言葉には重みがあります。

 

言葉に重みを与えるには、その言葉を裏打ちする経験が必要です。
特にその経験が過酷であればあるほど、そしてそれを乗り越えようとする思いが強ければ強いほど、その口から語られる言葉は光り輝きます。

最近このAGTでのナイトバードの歌を何度も聴き、そのたびに胸を熱くしています。
歌というより自分自身への語り、ささやきといった感じです。

 

話が逸れてしまいましたが、やはり生き方はごまかせません。
その人の本質はその人の話し方や立ち居振る舞いに自然と現われてきます。

だからこそ、自分を簡単かつストレートに知る方法として、自分の声や姿を音や動画で知ることはとても大切です。

自分探し、自分を愛する、こんな言葉をよく耳にします。
それらはまさに自分の声や姿を正確に捉え、それをそのまま受け入れる、受け入れられるようにするということと同じではないでしょうか。

Let’s try!!

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