この時空(宇宙)にあるものはすべてが共生関係であり、「心と体」という言葉があるように、人間の精神と肉体もまた、陰と陽の深い共生関係を保っています。
人間の生命維持活動において最も重要な役割のひとつである食物からの栄養摂取は、口から肛門に至る一本の管で司られています。
それに対して精神活動を司る脳は、脊椎(背骨)という首筋の頸椎からお尻の仙骨、尾骨に至る、やはり一本のラインで支えられています。
脳と腸は、ともに長い管が折り重なってひとつの働きをなすというフラクタル構造です。
そして脳は体の中心軸の上端に位置し、硬い頭蓋骨の中に収められ、腸は人体中心軸の下端に位置し、柔らかい皮膚の下にあるという対極の関係です。
思考というものは、一般的に脳の働きがすべてだととらえられていますが、脳と腸がフラクタルな関係であるがゆえ、腸もまた脳と同じく思考に大きな影響を与えています。
幸せホルモンと呼ばれる神経伝達物質のひとつセレトニンは、その95%が腸内で作られ、腸内フローラ(腸内微生物)の状態が、感情、気質のみならず、行動傾向をも左右するということが最近の研究で明らかになっています。
そして日本語にはそのことを示すたくさんの言葉があります。
腹をくくる、腹をすえる、腹を決める、腹に収める、腹黒い、腹を探る、腹を割って話す、・・・
これらの言葉を見て分かるように、腹(腸)は思考の深い部分を司っているのです。
人間の五感のうち、視覚、聴覚、味覚、嗅覚の四感を司る器官は頭部に集中し、その頭部の内側にある脳は、まずは外部からの刺激に対して直感的に反応し、その後、体の中心軸を通って腸に至り、より深い思考が熟成されます。
そしてその熟成された思考が再び頭部へと戻り、自らの行動へとつながります。
これが肉体における『思考の循環サイクル』であり、脳と腸との理想の共生関係です。
ですから腸の働きや体の中心軸(体幹)を保持する力が弱まり、脳と腸との連携がうまく取れなくなると、思考が浅くなり、物事の判断に狂いが生じます。
このことは、怒りの感情表現によく表れています。
以前は怒りの感情を“腹が立つ”と表現していました。
これは頭部(脳)から入った刺激が、人体中心軸の下端である腸まで落ちてきている状態です。
この中心軸に滞りが生じ、脳からの刺激が胸で止るようになってしまうと“(胸が)むかつく”ようになり、さらにはそれが首で止まると“(頭が)キレる”となり、衝動的でとんでもない行動を起すことにつながります。
また不快な感情を“腹に収める”ことができなければ、むかついたりキレたりというように、感情をコントロールすることができなくなってしまいます。
物事を深く考え、正しい判断力を持つためには、お腹、腸を鍛え健やかに保つこと、そして脳と腸との連携をよくするため、体幹の力を高め姿勢を正して背筋を伸ばすことが大切です。
偉大な教育者である森信三先生は、『教育の基本は立腰(りつよう)にあり』という名言を遺されました。
立腰とは腰骨を立てること、常に姿勢を正すということです。
元来日本人は農耕民族であり、田畑を耕すための強い足腰を持っていました。
それが近代化とともに生活が便利になり、肉体労働をする機会が減り、腸を健全に保つための味噌、醤油、漬物、納豆といった良質の植物性発酵食品の摂取量も大きく減ってきています。
そのため現代人は足腰、腸が弱く、背中を丸め、うつろな表情で歩く人の姿が目立っています。
これが“腹の座っていない人間”を増やし、刹那的で“キレる若者”、異常犯罪を生み出す大きな要因となっています。
1945年の長崎、亡くなった弟を背負い、焼き場に立つ少年、
昔の日本人は、このように背筋が伸び、凜とした姿勢を保っていました。
これから価値観が大きく変る時代の大転換期を迎えるにあたって必要なのが、そこに暮らす人々の精神と肉体の土台をしっかりと保つことであり、それが理想的な脳と腸の共生関係、思考の循環サイクルを築き上げるということです。
その元となるのが身体作りという意味での体育、そしてさらにその土台となる食生活の見直しもまた重要です。
身体の姿勢と生きる姿勢はフラクタル
開発途上国の子どもたちは、貧しくても強靱な肉体を持ち、それゆえにいつも明るい笑顔を讃えています。
食べることは生きることと直結しています。
口からものを入れることと、五感を通して物事を受け止めることは同じ理合い、フラクタルです。
ですから食べ物をよく噛まず飲み込むように食べる人は、物事すべてを短略的にとらえる傾向があり、その逆に、しっかりと食べ物を咀嚼する人は、物事を深く考えて行動できる人です。
精神と肉体、そして肉体を維持するための食べ方もまた精神と直結し、共生・循環の理合いはどこまでも深くつながり、重なり合ったフラクタル構造です。
咀嚼と思考はフラクタル
咀嚼(そしゃく)とは、食べ物を噛み砕くこと
食べることは生きること。
咀嚼の仕方にその人の生き方、考え方が現れます。
私たち人間は脳だけを価値あるものと考えている。
脳によってつくられた『知』は再現性があるために自然科学を発展させ、確かに私たちの生活を豊かに便利にした。
しかしそれは人間が犯した大きな誤りであって、『知のみを価値あるもの』という考え方が人間の滅亡を導いている。
アレキシス・カレル
(1912年 ノーベル生理学・医学賞受賞)
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