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南インドで学んだ生きる喜びと幸せ

生命力あふれるインド

仏教やヨガの発祥の地であり、神秘的なイメージがあるインドは、一度は訪れてみたい土地として多くの日本人があこがれを抱いています。
しかしその神秘的なイメージとは対称的に、町や道路はゴミであふれ、異臭漂い、小さな子どもを抱えたり、障害のある身体を晒すようにして物乞いをする人たちも数多くいます。
それでもなお多くの日本人がインドに興味を示すのは、その猥雑な町の様子、人々の生活の中に、人間、動物、すべての生けとし生けるものの生命のダイナミズムのようなものを感じ取ることができるからなのだと思います。

インドはある意味、人間や動物が最も自然にその生きる姿を表現している場所といえるのかもしれません。

私の訪れた南インドは、タージマハール、ベナレス、ブッタガヤなど有名観光地のある北インドとは違い、日本人旅行者はあまり足を運ぶことがないところです。
けれども一年中温暖で、いろんな農作物や果物等たくさんの自然の恵みを受けて暮らす南インドは人々の気質は穏やかで、治安も北インドと比べるとよく、インド各地を旅している日本人旅行者は、
「南インドに来るとのんびりしていてホッとするね」
と口をそろえて語っていました。

昨今はIT産業が隆盛で、車も増え、経済発展の著しいインドですが、近代的ビルの建ち並ぶビル街のすぐ横では裸で寝転ぶ老人や子どもがいて、日本の “文化的生活” に慣れた日本人の目には、見るもの聞くものすべてが新鮮なものとして映ります。

インドはすごいな・・・、インドは変わってるな・・・、なんでインドってこんなんなんだろう・・・、
はじめの頃は、あくまでもものの見方の主体を日本に置き、 “インドの変わっているところ” にばかり目がいってました。
けれども日がたつにつれ、少しずつ体の中からわき上がる思いは変わっていきました。
インドの人々の自然な暮らしぶりに触れ、これが本来の人間としての生き方なのだということを体で感じるようになり、 “今の日本はここままでいいんだろうか” “日本をなんとかしなくては” という自分の生まれ育った日本を憂う気持ちを強く持つようになってきたのです。

もっとも強く感じたのは、子どもも大人も、インド人の誰しもが持っている強さ、逞しさ、明るさ、そして輝くような生命力です。
不十分な道具で土木作業をする労働者、きたない道ばたに座り込んで粗末な食事を美味しそうに食べる町の人たち、道に転がっている石ころや木ぎれを使い全身で喜びを表現しながら遊ぶ子どもたち、その場その場の与えられた条件の下、懸命に、しかし淡々とその生をまっとうし生きている姿に強く心打たれました。

振り返ってみて私たちの暮らす日本はどうでしょうか。
高度に発達した資本主義経済の元、私たちの暮らしはかってないほど快適で利便性の富んだものとなり、格差社会と言われてはいるものの、生活の基本となる衣食住で不自由をする人はほとんどいません。
しかしながらその生活の中で私たちは幸せを感じ生きているといえるのでしょうか。
先日首都圏に住む知り合いからメールをもらいました。
彼女からのメールには、
『現在の東京の悪波動といったらありません。都心にはなるべく行かないようにしていますが、乗り換えのために渋谷や新宿駅を通りますと、まるでゾンビがたくさん歩いているようです』
と書かれていました。

 

たぶん多くの日本人が同じように感じているのでしょう。
今の日本は経済的に豊かになったけども昔の方がよかった・・・、モノが豊かになっただけでは幸せにはなれない・・・、いろんなところでこういった言葉を耳にし、巷では昭和の文化を振り返ったノスタルジックな映画や音楽が流行っています。
ではどうすれば昔の、まだ貧しかった頃の私たちが当たり前のように享受していた “幸せ”というものを取り戻すことができるのでしょうか。
その問いかけに対してはなかなか結論を導くことができず、熱いお湯でゆで上がってしまったカエルがお湯の中から逃げ出すことができないのと同じように、ただ不満と不安を持ちながらも今の暮らしを続けているというのが現状ではないかと思います。

問題点は分かっていてもそれを解決できない、このところに私たちの社会システムが抱える病巣の深さを感じます。
モノは私たちが生きていくために必要なものですが、それはあくまでも手段に過ぎません。
その手段であるモノが目的となり、モノにふりまわされ、右肩上がりに経済が成長しないと幸せになれないと思い込まされていること自体が、悪しき宗教ともいえる資本主義に洗脳されている、または経済至上主義という麻薬によって判断力を麻痺させられてしまった状態といえるのでしょう。

本来の幸せ、生きる喜び、これを取り戻すには何をすべきなのでしょう。
それはひとつには “生きる姿勢” というものに大きな問題と解決策があるように感じます。

生きる姿勢とは、ひとつは、強い、逞しい、明るいといった心の持ち方です。
そしてもうひとつは実際に目に見える私たちの体の姿勢の問題です。
偉大な哲学者であり教育者でもあった故森信三先生は、
『教育の基本は立腰(りつよう)にあり』
と唱え、腰骨を立て背筋を伸ばして正しい姿勢で日々過ごすことが、正しい生き方の根幹であることを語りつつづけておられました。

インドの人たちを見ていて感じるのは、その姿勢の素晴らしさです。
仕事をしている時、遊んでいる時、日常生活のいかなる場面でも、力の抜けただらけた姿を見ることはほとんどありませんでした。
これは他の東南アジアやアフリカの国々でも同様だと思いますが、インドでは大きな荷物を運ぶ際、その荷物を頭の上に載せる習慣があります。

これができるのは、インド人が普段から背筋を伸ばし、身体の中心軸に力を持ち、その感覚を常に意識した生活をしているからに他なりません。

もし日本人が同じように頭の上にものを載せるとどうなるでしょう。
たぶん一瞬はそのままの状態を保つことができても、荷物を落とさず歩くことは至難の業で、よほど身体能力の発達した若者でも難しいでしょう。
コンビニの前や電車、バスの中で平気で床に腰を下ろす日本の若者たち、その姿はまるで糸のゆるみきった操り人形のようです。
先に都会にいる日本人の姿を『ゾンビがたくさん歩いている・・・』と書かれた文をご紹介しましたが、ゾンビでもあるいは幽霊でも、その姿に共通しているのは、前屈みのゆるみきった体と、とろんとした覇気のない目つきです。
今の日本人は正しい姿勢を保つ力が弱まっていると同時に、生きる力、生命力そのものが弱まってきているように感じます。

森信三先生は、著書の中で立腰の大切さは説いても、どうすれば腰骨を立て背筋を伸ばす状態を維持できるのかというその方法論については、ほとんど言及されなかったようです。
このことについて長年疑問に思っていたのですが、最近気がついたのは、森先生が立腰の大切さを説かれた、たぶん昭和の中頃は、まだ日本人の基礎的な身体能力が高く、立腰ということを意識しさえすれば姿勢を正すことができたのだと思われます。

食は命の原点

日本人は戦後数十年の間に大きく体格が変化してきました。
身長は高く、足は長くなり、堅いものを食べなくなった影響で咀嚼器であるあごは細くなり、顔も体もすっかり細面になってしまいました。
変化したのは体格だけではありません。
昔の日本人の写真を見ると、下腹に帯を締め、背筋を伸ばし、臍下丹田(せいかたんでん)とよばれる下腹の部分に力がみなぎり、腰を土台として身体を使っていたことがよく分かります。
昔の日本人は大人も子どもも、今のインドの人たちと同じように、本当の意味での高い身体能力を有していたのです。

立腰教員

第二次世界大戦終戦後まもなく、亡くなった弟を背負い、裸足で焼き場までやってきた少年
~ 長崎 ~

ではなぜその日本人の体格、姿勢が変わってしまったのか。
その最も大きな原因は食生活の変化にあると思われます。

南インドに行く前は、食習慣の異なるインドに行くと食べ物が口に合わず、少しはダイエットができるかななどと考えていたのですが、実際に南インドに行ってみて一番強く感じたのはその食べ物の美味しさです。
南インドの食べ物はおおざっぱに言って、スパイスの効いたカレー味のものが多く、料理のバリエーションはそう豊かではありません。
けれどもどの料理もみな “生きている” という感覚があり、味がいいだけではなく、食べていて体が喜び、イキイキと力がみなぎってくるのがハッキリと分かるのです。

南インドでは多くの日本人の旅行者の方たちと出会い、年配の方の中には日本食が恋しいと言われる方もおられましたが、ほとんどの方、特に若い人たちは南インド料理の美味しさとパワーを絶賛していました。
私もインド(とスリランカ)に滞在した一ヶ月の間、日本食を食べたいと思ったことは一度もありません。
逆に日本に戻ると、またあの生気のない料理を食べなければならないのかと思い、意気消沈していたぐらいです。

インドでは生活リズムが変わって寝不足になったり、夜通し蚊に悩まされたり、送風機の風に当たりすぎて体調を崩しかけたりしたことが何度もありましたが、いずれの時も知らず知らずのうちに体調が元に戻り、体の持つ自然治癒力が日本にいる時よりも高まっているのを感じました。
これはひとえに南インドの食べ物が持つパワーのお陰であろうと確信をしています。

私は南インドの食文化が日本の食文化と比べて優れていると言っているのではありません。
日本は豊かな食文化を持ち、世界最高の健康食とまで称えられていることは周知の事実です。
ただ今現在私たちの食卓に並ぶ食品は見た目は豪華でも、 “生きる糧” として考えると、理想からはほど遠い状態になっていて、このことを問題として考えているのです。

今の日本の食生活は “亡国の食生活” です。
日本が今のままの食生活を続けていると、たとえ経済的繁栄は維持できたとしても、そこに暮らす人々みんなが明るく元気で笑顔を絶やさない、本当の意味での豊かな幸せを享受することは決してできないであろうと思われます。
「なにを大げさなことを・・・」と思う方もいらっしゃるかも知れませんが、これは私が頭で考えたことではなく、南インドの空気を吸い、料理を食べ、その時に体の奥底からわき上がってきた感覚ですので、大きな間違いはないと感じています。

今の日本の食生活を改め、本来日本人が持っていた生きる姿勢、身体感覚を取り戻すために必要なことをいくつか考えてみました。

  1. 食糧自給率を高める
    昨今の世界的な穀物価格の高騰、天災等のリスクから逃れるという意味もありますが、
    本来食べ物とは “身土不二” 、住んでいるその土地で、その時季に収穫したものを食べるということが原則です。
  2. 日本の伝統食を復活させる
    現在の私たちの食生活は美食に偏りすぎ、動物性タンパク質の明らかなる摂りすぎです。
    穀物、特にお米を主食としてより多く食べるようにし、味噌、醤油、漬け物等の良質の植物性発酵食品を昔のようにしっかりと摂る必要があります。
    その他ジャンクフード、ファストフードの氾濫等、今の日本の食生活は問題点山積です。
  3. 命を与えてくれる食品を
    ここでいう食品の命とは、西洋栄養学でいうところの栄養素のことではありません。
    農薬、化学肥料、様々な添加物を大量に含んだ日本の食品(食材)は、本来食品が持って いるはずの “生命エネルギー” がきわめて低くなっています。
    最近のニュースで、日本の土壌は酵素が少なく、そこから採れる野菜もまた酵素が少ない  のだということを言っていました。
    本当に私たちがよりよく生きる上で必要な栄養、パワー、命を与えてくれる食品とは何なの  か、このことを今一度深く考える必要があります。
    それと同時にそういった食品を作るための農業、土壌改良が求められます

栃木県の那須高原で田舎暮らしをスタートさせて5年目。最近、私の食生活に、ある特徴があることがわかった。
不思議と、家にいる時は食事の量が少なくても満足感が得られるのに、外食の場合だと、満腹になるまで食べても物足りなさを感じるということだ。
これは、家の畑でとれた野菜類が、新鮮で生命力たっぷりなせいだと私は推測する。
だから少量で満足できるのだ。
ということは、食事というのはつまるところ、生命力の摂取のための行為と考えられないだろうか?

高木美保(タレント、エッセイスト)

2004年12月にスマトラ沖で大きな地震があり、私の訪れた南インドの村でも津波による大きな被害を受けました。
世界中で20万人を超える方が命を落とし、日本人も40名の方が亡くなりましたが、その被害を受けて命を落とした方たちの死体の中で、日本人のものはすぐに見分けがついたそうです。
それはなぜか、日本人の死体はその食べ物の影響で、いつまでたっても腐らなかったのです。

このような現在の日本の食生活は一日も早く見直すことが必要です。

“教育” という観点から考えると、知育、徳育という、私たちの豊かな頭脳や心を育てるための底辺には、その前提として、生きるための正しい姿勢、立腰という本来的な体育教育が求められます。
これは速く走ったり遠くに飛ぶといった筋力トレーニングではなく、生活するための基礎となる内的な体作りともいえます。
そしてその体を作るためには、命ある食を摂る正しい食育が底辺を支える土台として絶対に必要となってくるのです。

幼児教育・食育ピラミッド

私たちはみな幸せを手に入れるための権利を持っています。
そしてそれを得るために何か新しいものを求める必要はありません。
ただ少しだけ自分の立っている足下を見つめ直し、本当に大切なものは何かということに心傾ければいいのです。

『幸せは得るものではなく気づくものである』という言葉があります。
ほんの少しの間、『便利で快適になり、モノが豊かになることが幸せである』という考え方を頭の横に置き、昔の日本の、今よりも少しだけ不便で貧しかった頃の暮らしを思い出してみてください。
その頃にあって今の私たちにないもの、自然とともに暮らす人間らしい生活の中に、本当に幸せに生きるためのヒントがあるのではないでしょうか。

貧しいけれど自然とともに豊かに暮らす南インドの人たちから、そんなことを気づかせてもらいました。

生きる姿勢が感動を伝える

南インドでは孤児たちが暮らすいくつかの孤児院(ホーム)をまわり、明るく輝くような笑顔を持つたくさんの孤児たちと接してきました。
『経済が貧しい国ほど子どもたちの笑顔が素晴らしい』とよく言われますが、それは真実かも知れません。
豊かな自然とともに暮らすインドの孤児たちは、きわめて質素で規則正しい生活の中、全身を光り輝かせるようにしてその生きる喜びを表現していました。

孤児たちは一般家庭の子どもたちが持つような自転車、パソコン、人形などといったおもちゃを持っていません。
遊ぶ道具はコマであったり、ボールであったり石ころであったり、あるいは公園にあるブランコなどの遊具、それだけです。
だからといって彼らから卑屈な影のような部分を感じることはまったくありませんでした。

私たちが子どもの頃がそうでした。
毎日日が暮れるまで外で遊び、遠くの山に探検に行ったり、かくれんぼをしたり。
遊び道具といえばビー玉、メンコ、銀玉鉄砲、そんな簡単なものばかりでしたが、それらがまるで宝物ででもあるかのように大切にしたものです。

インドに暮らす人たちがみなそれぞれの生き様でのびのびと生を謳歌しているように、インドの孤児たちもまた、本来の子どもが持つ自由闊達な伸びやかさで日々楽しくおおらかに生きています。

インド最南端にあるホームを訪れた二日目の夜、キリスト教教育に基ずく指導が行われているそのホームの夜の礼拝が終わった後、広い礼拝堂の中で歓迎のセレモニーを受けました。
首にきれいなジャスミンの花で作ったレイをかけてもらい、九組の子どもたちが音楽に合わせて踊る踊りを壇上の横の椅子に座って見せてもらいました。

ちっちゃな子から大きな子まで、男の子も女の子も、みなそれぞれ一生懸命に踊る様子を見ていると本当に胸が熱くなります。
この歓迎を受けた多くの人が涙を流すと聞かされましたが、そのことがよく理解できます。
私はこの歓迎会に参加できたことだけでもインドに来た価値があったと思いました。

子どもたちの踊りはどれもみな心がこもっているものの、特別に技術が秀でているわけではありません。
演出や衣装が奇抜だということもありません。
けれどもとにかく素晴らしい・・・、心に深く響いてくるものがあるのです。
その大きな理由のひとつは、踊りだけではなく、それを見ている子どもたちの姿勢が素晴らしいことにあるように思えます。
ここでいう姿勢とは、生きる姿勢であり、背筋を伸ばした体の姿勢であり、また壇上で踊る仲間を見守る優しさを持った心の姿勢でもあります。

子どもたちは硬い床の上に直接あぐらをかいて座り、途中でその姿勢を崩すことはありません。
かと言って軍隊のように体をこわばらせているのではなく、ごく自然体で背筋を伸ばした姿勢を保ち続けていて、それだけ高い身体能力を持っているということです。

その体の姿勢、仲間を見守る温かいまなざしの姿勢が言葉で表現できないような雰囲気となって私の心に伝わってきたのだと思います。

最近「致知」(2008.5号)という雑誌に書かれているこんな記事が目にとまりました。
日本将棋連盟会長である米長邦雄氏の言葉です。
若い棋士への将棋の指導について尋ねられて
僕はまず、その人の空気を見るんです。座り方とか将棋を見る目ですね。まず、背筋がぴんとしていて、きちっと正座をして、将棋盤に穴が開くんじゃないかというほどじっと将棋盤を見ている。これは間違いなく強くなります。
・・・ この三つの条件が揃っていれば、その時点で実力の差があっても場の空気が乱れないんですね。』
と語っておられました。
まさにこれですね、私がインドで子どもたちから感じたものは。

 

その同じ「致知」の中に、長野県上田市の前教育委員長である大塚貢氏が、荒廃しきった教育現場で食育に取り組み、米飯給食を取り入れ、子どもたちの変わっていく姿をこのように語っておられます。
『平成五年からは、週六日のうち五日間を米飯給食に切り替えました。米飯もただの白米ではなく、血液をきれいにし、血管を柔らかくしてくれるGABA(ギャバ)が含まれる発芽玄米を
10%以上加えたのです。
・・・ 七か月後あたりから学校全体が落ち着いてきましたね。
・・・ 七か月後には、吸い殻が一本もなくなりました。
・・・ 一年半から二年たつ頃には、非行・犯罪はゼロになり、同時に子どもたちの学習意欲も高まってきました。
・・・ 昼休みは図書館の百二十席はすぐに満席、座れない子は床に腰を下ろして読んでいるのですが、そこもいっぱいになると廊下にまであふれ出て・・・』

食事が、子どもたちの精神、生活態度に与える影響はきわめて大きなものがあります。
これは当然大人に対しても同様でしょう。
私たちはこのことをもっと深く理解する必要があります。

インド カニャクマリ ホーム

吾唯足るを知る

子どもたちから歓迎の踊りを受け、式が終わった後に子どもたちにカメラを向けるとみんな大喜びです。
日常のちょっとした行事が、子どもたちにとっては大はしゃぎするぐらい嬉しいことなのです。

暗かったので少しぶれてしまっていますが、この素晴らしい笑顔、お分かりいただけますでしょうか。
この子どもたちの笑顔をなんと言葉で表現すればいいでしょう。
かわいい、美しい、・・・どんな素敵な言葉を持ってしても、この輝くような笑顔の前では色あせてしまいます。

なぜ子どもたちはこんなにも素晴らしい輝くような笑顔ができるのでしょう。
孤児であるこの子たちの両親と会えたわけでもなく、お小遣いをもらったわけでもなく、ただ式が終わりカメラの前ではしゃいでいる、それだけです。

たったそれだけのことで全身輝くような喜びを表現できる、こんな素晴らしい、豊かで幸せなことが他にあるでしょうか。

ホームの子どもたちはほとんど私有物を持ちません。
学校の勉強道具、制服といったもの以外は小さなトランクケースに収まる私服ぐらいです。

そんな質素な暮らしをしているにも関わらず、なぜこんなにも素晴らしい笑顔が生まれてくるのでしょう。
このことの理由を、私はずっと深く考え続けてきました。

そして分かったこと、それは子どもたちは質素な暮らしをしているにも “関わらず” ではなく、 質素な暮らしをしている “からこそ” この輝くような生の喜びが表現できるのだということです。

私たちは生まれもった時からみな平等に “生命の輝き” というものを授かっています。
けれども大人になり、たくさんの知識を覚え、分別をわきまえてくるようになると、その生の根幹にある輝きというものが見えなくなってしまいます。
けれども豊かな自然とともに暮らし、質素な生活の中で日々暮らすインドの孤児たちと接していると、生命の本質は輝きであり、喜びであるという真理を、知らず知らずのうちに気づかせてもらうことができるようになりました。

吾唯足るを知る(われただたるをしる)という言葉を、これまでたくさんのお坊さんや偉い先生方から聞き、頭で分かっていたつもりでしたが、インドで楽しく生をまっとうする子どもたちを見て、その意味するところを体で深く理解できたように思います。

足るを知るということは、現状に満足するという意味ではなく、その生の根幹にある輝きを見つめるということが本義です。
そしてそれを見つめようとする時、身の回りにある様々なもの、地位、肩書き、知識、財産などによって目を曇らされることがあるのです。

生きる上で最も大切なもの、それは子どもでも大人でも、お金持ちでも貧しい人でも、だれしもがみんな心の奥深くに持っているものなのです。
私はそのことをインドの子どもたちから教えてもらいました。

生きているから価値がある

ホームを訪ねた外国人の私を、輝く天使のような子どもたちは全身で受け入れてくれました。
ホームの中でも学校の登下校の時でも、私はまさに引っ張りだこ、手を引いて自分のいるコテージ(宿舎)に案内してくれたり、いろんなことをおしゃべりしたり、教科書、遊ぶ様子を見せてくれたり・・・、ただ私がそこにいるだけで本当に嬉しそうにしてくれます。

言葉で十分コミュニケーションのとれない私は、ただ子どもたちの話にうなずいているだけです。
小さな子どもたちとは手をつなぎ、時にはだっこをしたり、抱えて木に登らせてあげたり、そんなことしかしてあげられることはないのです。

それでも満面の笑みで私を受け入れてくれる子どもたち・・・、
『ただ私がそこにいるだけで、この輝くような子どもたちに幸せを与えることができるんだ・・・』
そのことに気づかせてもらえたことは、私にとって癒しを超えた “救い” の体験でした。

私たちは小さな頃から勉強をし、少しでも立派な人間になって社会の役に立てるようにと教育を受けてきました。
このことは、『社会の役に立つからこそ生きている価値があるのだ』という考えを教え込まされてきたとも受け取ることができます。

けれどもそれは本当に正しいことなのでしょうか。
ホームでの私は言葉もまともに喋れないただの一人の外国人でした。
そんな何の役にも立たない、価値のない私を、子どもたちは全身の喜びでもって受け入れてくれたのです。
『酒井さん、あなたはそこにいるだけで価値があるんだよ。
   人間は価値があるから生きているんじゃないよ。
     生きている、そのこと自体が価値のあることなんだよ』
子どもたちは私に体でそのことを伝えてくれました。

このメッセージは、これまでの人生観を根底から覆すほど大きなものです。
しかし今の私にはこのメッセージを頭で理解することはできても、己の生き様で表現することはまだできません。

インドの子どもたちからもらったたくさんの喜びと幸せを、これからの長い人生をかけて生き方として昇華させていき、多くの人たちにその知恵を伝えていくこと、それが私に与えられた使命であり、子どもたちにできるたったひとつのご恩返しであると考えています。

インド トリチー ホーム