アメイジング・グレイス | ||||
最近日本でも天使のような美しい歌声のヘイリー(Hayley Westenra)が人気を博しています。 私も何年か前にたまたま彼女の歌うアメイジング・グレイスをYouTubeで見つけ、 それを繰り返し聴くようになって以来すっかり彼女のファンになり、 私のパソコンの中の「マイ ビデオ」フォルダの中には「Hayley Westenra」というフォルダがあり、 YouTubeで「Hayley Westenra」と検索すると出てくる数百もの動画の中から 特に厳選したものがいくつか納められています。 その厳選されたものの中でも、最近新たに加わった、今は亡き本田美奈子の映像とともに 歌うアメイジング・グレイスは私の大切な動画のひとつです。 アメイジング グレイス ヘイリー 本田美奈子 この曲を、自分のパソコンで、たぶん数十回は繰り返し聴いてきたと思うのですが、 今日は数ヶ月ぶりに訪ねた TOWER RECORD でこの曲の入ったCDをヘッドフォンで試聴し、 パソコンで聴くのとは違う透明感と力強さに圧倒されてしまいました。
CDの高い質感の音で彼女の歌声を聴くと、 彼女の持つ魅力がストレートに耳に伝わってきて、 試聴機の前で立ったまま聴いていたのですが、 体の中が熱く熱を帯びてくるのがハッキリと分かりました。 彼女の持つ歌声の魅力を表現するのにまず浮かんでくるのは、 美しい、透明、そして可憐という言葉です。 可憐という言葉は、どちらかとういうと弱々しい印象を与えます。 けれども彼女の歌声は可憐でかわいらしいにも関わらず、 実に力強く、その力強さは生命エネルギーと表現しても差し支えないほど強靱なものです。 今まで彼女の歌声をパソコンを通してしか聴いたことのなかった私は、 今日CDの音を聴き、初めてそのことに気がつきました。 なぜこの若さ(21歳!)で、こんなかわいらしい声で、きゃしゃでスマートな体で、・・・ こんなにもものすごい生命エネルギーを歌声にのせて表現することができるのでしょうか? たぶん生で歌声を聴くとより一層すごいことでしょう。 このエネルギーの源は彼女の細い肉体という物理的な条件を超えた より内的、精神的なところからわき出てくるものと思われます。 音楽以前に、これだけのエネルギーを表現することのできる彼女の生き様、思想、人間性、 そういったものすべてを含めた彼女の存在とはいったい何なのでしょうか、 どういった秘密があるのでしょうか、 そのことを知りたいという思いをとても強く持ちました。 ヘイリーってすごい! 歌って、音楽って、そして命ってものすごいんだ!! また例によって涙腺の弱い私は胸が熱くなり、涙があやうくこぼれそうになりました。 人目あるその場ではなんとかウルウルするだけで堪えることができたのですが、 家に帰って自分のCDプレーヤーで聴き返したときはもうポロポロでしたね ・・・ 。 日本にも彼女のように透明で美しく伸びやかな歌声を持った歌手は何人もいます。 けれどもその中でもなぜヘイリーはこんなにも強さ、生命というものを感じさせるのでしょうか? 彼女の歌声を何度も繰り返し聴きながら考えてみました。 しかし分かりません ・・・ 。 私はまったく音楽に対して専門的な知識を持ち合わせていないのですが、 音や音楽にとても興味があるからなのか、 いろんな素晴らしい音楽を耳にすると、その印象が瞬間的に、 ほとんどコンマ何秒といった感じで頭の中に言葉や論理で浮かんできます。 そしてそんなことをこのホームページに書かせてもらっているのですが、 このヘイリーの歌声の魅力はなぜか言葉で十分に表現することができません。 しかし今回は言葉ではなく、 ヘイリーの歌声からひとつのイメージがすぐに頭に浮かんできました。 美しく、透明で、伸びやかで、かわいく、そして力強く生命感あふれた ・・・ 、 私的な体験ですが、これはインドで私が出会った孤児院の子どもたちとまったく同じ世界です。 ヘイリーは容姿の美しい女性です。 ですので、孤児たちの中でも光り輝く女の子たちの美しい笑顔がすぐに目に浮かびました。 椰子の実が生い茂る南インドに暮らす浅黒い肌をしたインド人孤児たちと 金髪のヘイリーとでは外見から受ける印象はまったく異なります。 けれど内的な世界は、私にとってまったく同じ、共通した世界です。 <ホームでの子どもたち> こうして書いていて思います。 彼女の歌声に涙したのは、 もしかしたら心の奥底で懐かしいインドの子どもたちを思い出していたのかもしれません。 私たちの最も根底にある生命の輝きは、インドのホームだけではなく、 こうして家でCDを聴いていても感じ取ることができます。 場所や条件は関係ないですね。 ようはその人の心ひとつです。 インドを離れる最後の日(3月10日)、奇跡的な再会で魂のつながりを感じた、 あの時の体験を再びさせてもらったようです。 たぶんこれからヘイリーのこのCDを聴くと、 インドの孤児たちのことが頭に浮かんでくることでしょう。 私にとってかけがいのない宝物となりました。 CDのの中では、一曲目のアメイジング・グレイスのみ 過去に録音された本田美奈子の歌声にかぶせるように ヘイリーの歌声が入ったデュエットの形となっています。 元々アイドル出身だった本田美奈子は晩年トレーニングを積んでミュージカルに挑戦し、 アーチストとして立派に成長していったのはよく知られているところです。 アメイジング・グレイスという名曲はヘイリーの歌声にピッタリと合った、 まさにヘイリーの十八番とでもいえる曲ですが、 そんな中、本田美奈子も鬼気迫るような気迫でもって、 ヘイリーとまったく互するように歌い上げていることに驚きを感じます。 YouTube の動画に映るマイクを持つ本田美奈子の姿は、 十代の頃、アイドルとして人気絶頂だった頃のみずみずしい若さはまったくありません。 いつ頃に録音されたものかは分かりませんが、 かなりやつれた彼女の姿からは、病魔との闘い、そしてそれを乗り越えた者のみが持つ 強さと輝きのようなものが見て取れます。 女王美空ひばりは病魔との闘いから奇跡の復活を遂げ、 武道館で不死鳥の衣装を着て「愛燦々」を歌い上げるも、 再び苦しみ、本来の彼女のキーよりも高い「乱れ髪」で苦しい心情を絞り出すように歌い上げ、 そして最後、平成の幕開けとともにすべてを乗り越えた平安の心で 「川の流れのように」を歌い、彼女の人生、ひとつの時代の幕を閉じました。 あの美空ひばりが最後に到達した諦観の境地に、 まだ若い本田美奈子も行き着いていたのではないか ・・・ 、 彼女の歌声の持つ気迫から、そんなことを感じました。 陳腐な表現で申し訳ないですが、 このアメイジング・グレイスは、まさに西洋の女神と東洋の菩薩のコラボレーションですね。 アメイジング・グレイス以外は、 時代、ハナミズキ、雪の華、白い色は恋人の色などすべて日本の有名曲のカバーです。 最近では徳永英明のヴォーカリストシリーズが大ヒットしたカバーアルバムとして有名で、 徳永英明はすべての曲をオリジナルと違う彼の持つ魅力で歌っていますが、 カバー曲というのは無意識のうちについオリジナル曲との比較をしてしまうものです。 けれどもこのヘイリーのカバー曲は、もうオリジナル曲との比較という世界を超え、 すべてヘイリーでしか構築しえないオンリーワンの世界を築き上げています。 これは同じ歌でも歌謡曲とオペラとではまったく比較することができないのと同じことです。 オリジナル曲との優劣、勝ち負けは本来ないのですが、 ヘイリーの歌はまさに段違い平行棒(?)、 孫子の兵法「戦わずして勝つ」という言葉を思い起こさせるぐらい、 この若さにして完成されたひとつの歌の世界を持っています。 このCDを TOWER RECORD で耳にして、 熱くなった胸はその後数時間治まることがありませんでした。 そのまま街で片付けようと思っていた用事もほったらかしで家に帰ってしまったのですが、 熱い感動を受けた胸は実に平安で、 そんな時はわだかまりのあるすべてのことをも許そうと思えるほど心は寛容になっています。 これはすべての平和、幸せの元ですね。 そして音楽、芸術というものはそれだけの力を持ち得るということです。 今こそ、世界はその力を求めています。 2008.7.13 Sunday |