アンサンブルの妙
「ベストタイミング」「ベストタイミング<2>」で、CDに入った音楽は、
時間差をおいて別々に録ったマルチトラックレコーディングでは生きた音楽にならず、
一発録り、すべての歌と楽器を同時録音したものでないとアンサンブルの妙を
聴き取ることができないと書きました。

アンサンブル、少人数の合奏や合唱を意味する言葉ですが、
ここではもう少し幅広く、複数の、曲に携わる人同士の間合い、関係、コンビネーション、
そういった観点から「アンサンブルの妙」ということについて感じたことを書いてみます。


「ベストタイミング」でご紹介した石川さゆりの「二十世紀の名曲たち(6)」、

二十世紀の名曲たち(6)
二十世紀の名曲たち(6)

歌とバック演奏の息がピッタリ。
シンブルなアレンジ中、石川さゆりの歌の上手さが際立ちます。


先日たまたま素晴らしいアンサンブルのアルパムと出合いました。

テイチクアワー 一五一会
テイチクアワー 一五一会
オムニバス, 石川さゆり, 阿久悠, BEGIN, 岩崎宏美,
万里村ゆき子, 川中美幸, 水木かおる, 前川清, チェウニ

沖縄のグループBEGINが開発したアコースティックギターを少しシンプルにしたような楽器
一五一会、この一五一会をバックにBEGINと10人の歌手たちが
それぞれの代表曲を歌い上げます。

まさにこれぞアンサンブル、絶対に同時録音でしかなしえない世界です。
幸いすべての曲を、一部分ですが試聴することができるサイトがあります。
インターネット経由64Kbpsの音でも、十分に絶妙なるアンサンブルを味わうことができます。

    『テイチクアワー 〜 一五一会 〜』
         (島津亜矢・・・・・まいりました m(_ _)m )


クラッシックのアルバムは、ほとんどすべてが同時録音です。
演奏者がお互いいかに息を合わせていい音楽を作っているのか、
またそれを越え、演奏者同士の気持ちのやり取りはどうなっているのか、
そんなことまで分かってしまいます。

パガニーニ:VN協奏曲第1番
パガニーニ:VN協奏曲第1番
庄司紗矢香, パガニーニ, メータ(ズービン), イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団,
ショーソン, ワックスマン, ミルシテイン

’99年パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールに史上最年少、
そして日本人として初めて優勝した天才ヴァイオリニスト庄司紗矢香
彼女のこのデビューアルバムからは、胸の熱くなるアンサンブルを聴き取ることができます。

「宇宙の音」でも書いたように、音を発する振動体を手に持った場合、
それを持つ人間の身体自体の響きも音となって表れてきます。

どのような楽器でもそうですが、
特にヴァイオリンのような小さく身体に抱え込むような楽器の場合、
演奏者の肉体的特質が音となって表れやすいものです。

庄司紗矢香、当時まだ17歳だった彼女のヴァイオリンの音色は、
間違うことなく純粋な少女の音そのものです。
卓越した技巧に支えられたヴァイオリンの響きにはまた若干の硬さは残るものの、
どこまでも透明で美しく、輝くような命の喜びに溢れています。

ただひたむきに前を見つめ一心に音楽を奏でる彼女、
そしてそれを優しく包み込むようにサポートし、彼女のよさを最大に引き出そうとする
メータとイスラエル・フィル、この音楽を越えた心の交流が聴く者の胸を熱くするのです。

このアルバム、最初から最後まで一瞬もあきることがありません。
生きる喜び、人間の思いやり、そんなことが音となって伝わってくるようです。


それとはまったく逆のこともありました。

衝撃のショパン・コンクール・ライヴ 2
衝撃のショパン・コンクール・ライヴ 2
ブーニン(スタニスラフ), ショパン

’85年のショパンコンクールで優勝したブーニン
日本でもその時の模様がNHK特集で放送され、
日本中に「ブーニン旋風」が巻き起こりました。
私も買ったばかりのビデオに録画をし、百回近く繰り返し観て、
ブーニンの超絶的な指さばきに酔いしれたものです。

コンクールの翌年だったと思います。
ブーニンが初来日し、NHK交響楽団と演奏会を開きました。
曲目はたしかモーツアルトのピアノ協奏曲第23番だったと思います。(不確か)

その模様をテレビで観ました。
私個人の感想ですが・・・、ひどいものです。
まったくアンサンブルになっていません。

リハーサル風景から放送されていましたが、指揮棒を握るN響のT.Y氏、
彼のブーニンに対する「こんな若造が・・・」という敵意がビンビン伝わってきて、
ピアノとオーケストラの音色がひとつにならないのです。

こんなことがよくあるのでしょうか。
N響の汚点です。


ブーニンが優勝したショパンコンクールで日本人として唯一人本選(決勝)に進み、
見事第四位の栄冠に輝いた小山実稚恵
彼女の女性的で優美なピアノの音色もまた見事なものです。

ショパン名曲集
ショパン名曲集
小山実稚恵

本選に進出した6人の内、ブーニン、小山実稚恵を含む5人が
ピアノ協奏曲第1番を演奏しました。

軽快でリズミカルな最終楽章は、ブーニンの軽やかで流れるような指さばきに
さすがと思わせるところがありましたが、
叙情的で物悲しい第一楽章の表現力は、小山実稚恵の方が上手のように感じました。

’00年NHK大河ドラマ「葵 徳川三代」、このオープニングのテーマ曲で
ピアノを演奏していたのが小山実稚恵です。

初めてこの曲を耳にした時、曲、ピアノの素晴らしさ、そしてそれを演奏しているのが
小山実稚恵だと知り、驚き、喜んだものです。

そしてそれ以上に強く胸を打たれたのが曲づくりです。
この曲は明らかに小山実稚恵がピアノ演奏をするということを前提に作られています。

徐々に盛り上がりをみせるドラマチックな展開、流麗なメロディーライン、
作曲者岩代太郎が小山実稚恵の魅力を存分に引き出しています。

「葵 徳川三代」、ドラマ自体はほとんど見ることがありませんでしたが、
この熱い感動を味わいたくて、冒頭の音楽だけはよく聴いたものです。


日本を代表するシャンソン歌手越路吹雪、私も彼女の歌声に魅了された一人です。

ベスト・コレクション
ベスト・コレクション
越路吹雪, 岩谷時子, 内藤法美

彼女の魅力とはなんでしょうか。
失礼な言い方ですが、容姿が人並みはずれて美しいわけではなく、
声も際立った美声というわけではありません。

ただ淡々と歌い上げる彼女の歌声には、
何か底知れぬ思い、情念といったものを感じます。

それを上手く引き出しているのが、彼女のほとんどの曲のアレンジを手がけている
夫である内藤法美(つねみ)です。
彼の存在を抜きにして越路吹雪の魅力を語ることはできないでしょう。

彼女の曲を意識して聴いてみてください。
どの曲も本当にアレンジが素晴らしい。
ステージに立つ歌手の周りをバックダンサーが軽やかに踊るように、
バックの演奏が彼女をそっと前の方に後押ししているのです。

夜、部屋を真っ暗にし、一人彼女の曲を聴いていると、
歌と演奏の掛け合いの中に夫婦の愛が感じられ、知らず涙がこぼれてきます。

ただ惜しむらくは、私の知る限り彼女の曲のほとんどがマルチトラックレコーディング
であるということです。
もし素晴らしい演奏者とともに同時録音したならば、
もっと彼女の魅力を引き出すことができたでしょうに、残念です。


いろいろと私なりにアンサンブルについて感じたことを書いてみました。
読み返してみると、ここまで4回も『引き出す』という言葉を使っています。

「アンサンブルの妙」とは、どちらかが相手の、あるいはお互いがお互い同士の
いいところを引き出すというところにあるのかもしれません。

「引き出す」、いい言葉ですね。
引き出すとは英語で educate 、「教育」を意味する education の語源です。

音楽だけでなく、生活すべてにおいて、お互いのいいところを引き出し、伸ばし、育み、
いいアンサンブルを奏でたいものです。




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