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7月15日 心の内


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ナガラコイルから乗ったSRMの夜行バスは快適でした。
ゆったりとしたシートは座席を深く倒すことができ、
エアコン(インドではACと言います)もよく効いていました。

何よりよかったのはその振動を抑えた乗り心地です。
インドの路面は日本のように整備されておらず、
路面がうねったり穴が開いているところがたくさんあります。
またスピードブレーカーという意図的に作られた路面の盛り上がりも数多くあり、
走っているとたびたび体を大きく上下させられるような振動に見舞われます。

けれど昨夜乗ったバスのサスペンションは実に快適で、
それらの振動を滑らかに吸収し、制御していました。
たぶん空気を使ったエアーサスペンションだと思われますが、
これは日本車と比較しても最上のレベルでしょう。

優れたサスペンションは、
路面の荒れたインドに於いて日本以上に大きな価値を発揮します。


午前7時、予定より一時間遅れでマライマライナガールという
ホームのある町のバス停に着きました。
バス停にはスレッシュが車に乗って迎えに来てくれていました。

このチェンナイのホームで、
翌々日朝までのインド最後の二日間を過ごします。

ホームに着くと子どもたちが掃除をしている時間でした。
写真を撮るため、ラジにも熊手(?)を持ってもらいました。



この掃除跡もきれいですね。
ここ南インド一帯は硬い赤土の土壌なので、跡がつきやすいのだと思われます。



この掃除をしている子はラッティカラメリーというとっても可愛い女の子で、
自分のそばに寄ってきては、
にこやかな微笑みを浮かべながら手を握ってくれました。

ホームの子たちはそんなにたくさんの服を持っているわけではありませんが、
インドらしくどれもみな華やかで、ドレスと呼ぶにふさわしいデザインです。

素敵なドレス、きれいに整えられた髪、リボン、
そんな可愛い女の子が毎朝一生懸命掃除をする様子は、
日本人的感覚からすると少し不思議な感じがします。

けれどもそれはもちろん素晴らしいことに間違いありません。
ホームの目的は、子どもたちに自立した生活能力を育てるところにもあります。


この飛行場のある州都チェンナイのホームは、
インドに来て最初の一週間を過ごし、
そしてまた最後の二日間もここで過ごすことになりました。

本当は、最後はもう少し早くここに来たいと思っていました。
けれどその分カニャクマリのホームに長くいることができ、
あのホームの子どもたちと深い交流を持て、それはそれで楽しい日々でした。

けれどなぜもう少し早くここに来たかったのかというと、理由はただひとつです。
このチェンナイのホームの子どもたちと早く再会したかったから。
そしてその再会したいという気持ちの半分は、
特に自分によくなついてくれて、
無邪気で可愛いダッチャニーという八歳の女の子に会いたい、その思いです。


チェンナイのホームに着くと、
いろんなところから声がかかります。
サカ〜イという名前もしっかり覚えてくれていて、
子どもたちと別れた二十日ほど前と変わらぬ笑顔で接してくれます。

けれどその子どもたちの中にダチャニーの姿がありません。
その代り子どもたちの言葉の中にダッチャニーの名前が何度も出てきます。
ダッチャニーは村に帰った、家に行った、・・・ そんなことを話しています。

その言葉を聞いてとてもショックを受けました。
このホームに再び来ることを願っていたその思いの半分、
いや半分以上が一瞬にして消え去ってしまったかのようです。

なぜ村に帰ったのか分かりません。
そしてまたいつ戻ってくるのかは分かりませんが、
自分はたった二日間しかここにいることができないので、
たぶん彼女とはもう会うことができないでしょう。
それはとても大きな失望です。

ホームの子どもたちはみな明るく純朴な笑顔を持っていて、
とても可愛い素敵な男の子や女の子たちばかりです。
それでもあのダッチャニーの持つ無邪気な人なつっこさ、
純真な子どもらしさは抜きんでた存在でした。

ここにこれまでアップしたダッチャニーの写真を再び載せてみます。













このホームページに載せた分だけでもまだまだありますが、
これぐらいにしておきます。
この子が可愛いダッチャニーです。


彼女と会えないのは大きなショックですが、
そのことを顔や態度に表しては子どもたちに失礼です。
ホームの子どもたちはみな明るく可愛いのですから。



今朝は子どもたちと一緒に朝食を食べました。
朝食はやっぱり子どもたちと食べるのが一番です。
心も体も元気になります。



クッキーはね、こうしてコーヒーにつけると美味しいのよ♪



インドではカッピーなたいな発音です。
とっても甘いミルクコーヒーです。

男の子たちは食事を終えて後片付けです。
キッチンで受け取った食事の容器は、
食べ終わったら再びキッチンへと返します。



さあ、次はいよいよ学校です♪



学校のすぐ近くまでバスは行き、そこで子どもたちと別れます。



バスは再びホームへと戻り、二つに分かれた残りの子どもたちが乗り込んできます。



わ〜い♪ 子どもたちはいつものように大騒ぎです。



後ろのシートはいつも女の子たちが座っています。



髪を整える時間のなかった女の子は、バスの中でヘアーメイキングしてもらっています。
これはお姉さんが妹の髪を結っているところです。



本当なら、子どもたちがバスを下りたらそれでお別れなのですが、
今朝は特別に子どもたちと一緒に学校まで行くことにしました。

子どもたちの片言英語はよく分からないのですが、
ある子どもの発した言葉の中に、
“ダッチャニーが学校に来ている” と聞こえるものがあったので、
もしかしたら ・・・ という思いを持ち、学校に行くことにしたのです。





これはアイスクリームなんかを運ぶ車でしょうか、きれいですね。



学校に行くと子どもたちが大騒ぎするので、
いつものように少し恐縮しながら入っていきました。

学校の中に入ると、すぐに偉い先生がいる部屋があります。
今日もにこやかに迎えてくださり有り難い限りです。







期待をして行った学校ですが、
残念ながらそこにダッチャニーの姿はありませんでした。

バスを下りた時、学校からホームまで歩いて帰るとラジに伝えたのですが、
ラジは学校の外で待ってくれているようです。
男の子がそのことを伝えに来てくれました。

けどみんな歓迎してくれてありがとう♪
感謝しています。




子どもが誰もいないバスに乗り、
ラジと二人でガタガタ道を揺られながらホームへと向かいます。

そこで何気なく外を見ていた時、奇跡が起こりました!!
な、なんと、バスのすぐ横をあのダッチャニーが歩いているのです!!

その瞬間、『神様が贈り物をくれた!!』、
本当に真剣に心からそう思いました。

すぐにバスを止めてもらい外に出て、
ダッチャニーと叫んで彼女を思いっ切り抱きしめました。
彼女には思いの丈を下手な英語で話したのですが、
たぶん彼女はそのほとんどを理解できなかったと思います。

ダッチャニーは田舎のおじいさん、おばあさんと一緒でした。
三人をバスに乗せて再びバスは走り出します。



ダッチャニーにポケットに入っていたキャンディーとビスケットを渡しました。
彼女は “ノー・プレゼント” と言ってそれを受け取ろうとしなかったのですが、
横のおじいさんに促され、それをポケットにしまってくれました。

彼女と出会い、もう胸が張り裂けんばかりです。
これはどういう感情なんでしょう、
愛おしい(いとおしい)、この言葉が最もしっくりきます。


ホームに着き、 “ダッチャニーが来た” とすぐにスレッシュに告げに行きました。
ホームの入り口近く、いつも子どもたちがバスを待つところでみんなで話をしました。

スレッシュが、向い側のおじいさん、おばあさんと懸命に何かを話しています。
その横でダッチャニーはうつむいたままで、
ほとんど顔を上に上げることはありません。



時折スレッシュが英語で説明をしてくれます。
ものすごく小さな頃からホームに来ているダッチャニーですが、
最近突然家が恋しくなり、田舎に戻ってそこから学校に通うことになったのだそうです。

ダッチャニーのお姉さんと弟もこのホームで生活していますが、
お姉さんは学校の最終学年だということもあり、
彼女一人が家に帰るのだそうです。

ダッチャニーはお父さんがいないそうで、
田舎ではおじいさん、おばあさん、そしてお母さんたちと暮らすことになるのでしょう。
お母さんがどのような仕事をしているかは聞いていませんが、
たぶん低賃金の仕事に従事し、貧しい暮らしなのだと思います。

  インドには厳格に身分を区分するカースト制度があり、
  それによって個人の就くべき職業が規定され、
  貧しい暮らしの家庭はなかなかそこから脱することができません。
  スレッシュは「職業カーストはこれかもなくならないだろう」と言っていました。

このホームのことを以前孤児院と表現したことがありましたが、
それは本当は間違いです。
このホームに子どもたちが来る最大の理由は経済的問題です。
家が貧しく、また兄弟が多くて学校に行かせることができない、
まともに食事をさせることができない、
そういった家庭の子どもたちが数多くホームに入ってくるのです。

以前は孤児院と表現されていたであろうこの施設も、
今は日本と同じく『児童養護施設』と言い表すのが適切であろうと考えます。


スレッシュは “彼女はホームシックだ” と言っていましたが、
あんなに天真爛漫で明るいダッチャニーがホームシックであるとは驚きです。
そしてとてもショックです。
学校の先生もまたそのことを聞いて驚かれたそうです。

彼女がうつむいて寂しそうにしている姿を見ると、
再び胸の感情が高ぶってきて、限界を突破してしまいました。
ただただ彼女を見つめているだけで、
目から自然と涙がこぼれ落ちてきてしまいます。
もう昨日から涙腺が崩壊しています。

この愛しいダッチャニーがホームからいなくなってしまう。
そして今とても寂しそうにしている。
あんなに完璧にまで明るい彼女でも、
その胸の奥には親の愛情を求める寂しさが潜んでいたんだということ。

それは取りも直さず他のホームの子どもたちにも当てはまることです。
いつも明るいホームの子どもたち、
けれどどんな子どもでもきっと何らかの寂しさを抱えているはずです。
幼い子どもが親元を離れて暮らし、寂しくないわけがありません。

けれどその寂しさは、子どもたちを外から見ているだけでは推し量ることはできません。
子どもたちの心の内、それは誰も知ることのできない深い世界を持っています。
そのことをダッチャニーは彼女の体を通して伝えてくれました。


おじいさんとスレッシュがいろいろと話をし、
ノートの一ページに転校を願いでる文言を書きました。
そしてこれからそれを学校まで持っていきます。

おじいさんおばあさんとともに歩いて学校へと向かうダッチャニーを見て、
自分も一緒について行きたいと思ったのですが、
スレッシュから “彼女たちはもう一度ホームに帰って来る” と言われ断念しました。

スレッシュは三時間ほどしたら戻ってくるだろうと言っていたのですが、
結局三人が再びホームに戻ってくることはありませんでした。

学校から帰ってきた子どもたちに聞くと、
三人は学校から直接田舎へと戻っていったそうです。
ダッチャニーの田舎はホームから50キロも離れた村にあります。


このダッチャニーとの別れは、
自分の胸に強烈なインパクトを与えました。

なぜここチェンナイのホームで愛くるしい彼女と出会い、
そしてたった二日間しかない再訪の時に、
たぶん彼女がホームを訪れる最後であろうその瞬間に
立ち会わなければならなかったのか、
これはどうしても偶然の出来事とは思えません。

己の魂が何らかの意図を持ってこの体験を導き、
その時生じる感情から何かを感じ、学びたいと願い、
この出会いと別れを演出したとしか思えないのです。

今はもちろんそれが何であるかは分かりません。
それはこれからの人生を歩んでいく中で、
少しずつ明らかにしていかなければならないことです。

これからのダッチャニーの幸せを心から願います。
そして彼女が教えてくれた
たぶん子どもたち全員が抱えているであろう、
外からは容易に知ることのできない “心の内” を、
理解できないまでも、感じ取ることができるよう努力します。


今日は貯蔵庫(ストックルーム)の中の棚卸しを見学しました。



豆や野菜、穀物、そして調味料やお菓子のような食料品から、
石けんや歯磨き粉といった日用品まで、消耗品類全般が一通り揃っています。





この棚卸しを入り口付近で出たり入ったりしながら見ていたら、
ガチョウに脚を噛まれてしまいました。 w(≧◇≦)w



みなさんはガチョウに噛み付かれたことがありますか?
ガチョウのくちばしは硬いので結構痛いですよ。

部屋に戻って休もうとしたら、
部屋のシャワーやトイレの水が出ないことに気がつきました。

ホームの水道は、ホーム内にある大きな井戸から汲み上げられていて、
そのそばにある部屋の水道の止水栓をラジが開けてくれました。




外で何かがあると、部屋でじっとはしていられません。
この素晴らしきインド、何でも見て体験しないともったいないのです。

キッチンに行くと、子どもが二人座っています。
二人ともキッチンスタッフの娘さんですが、
なんで学校に行かないのでしょう。





二人はアンシィー・モルとコンチェナーという名前です。
いつものように軽い調子で話しかけていると、
最初は少し恥ずかしがっていましたが、
だんだんと打ち解けてくれました。



隣のイングリッシュ・ミデイアム(学校)との境界付近に、
可愛い子犬がいると教えてくれたので、
一緒にそれを見に行きました。

ほら♪ こんなに可愛いでしょ♪
まだ生まれたてのようで、ミャーミャー鳴いています。



土のくぼみの中に合計三匹の子犬がいるのが見えました。



後でスレッシュにそのことを話すと、
子どもたちから七匹いると聞いているそうなので、まだ他にもいるのでしょう。

ゆがいている豆を食べさせてくれました。
カタライという豆、日本にはない味です。




キッチンで楽しい時を過ごしているうちに、
子どもたちが学校から帰ってくる時間になりました。
いつものようにラジの運転するバスが子どもたちを迎えに行きます。



最初に乗せた子どもたちをホームの入り口のところで下ろします。
子どもたちからはブラザーも一緒に下りろと言われるのですが、
次のバスに乗る子どもたちを迎えに行くために、
ラジと一緒に再びバスで向かいます。



二回目のバスも子どもたちでいっぱいです。
ホームまではものすごいガタガタ道で、立っていると体が大きく揺さぶられます。



ホームに着きました♪
最初のバスで帰った子はもう着替えています。





今日もおやつをいただきます。
これもプディングだったかな?
甘いものにはほとんど興味がないのでよく覚えていません。



けれどインドのスイーツはどれもなかなかの味です。
インドのスイーツの甘みは日本のものと少し違います。
これは言葉で表現しにくいですが、
ココナッツや牛乳を濃縮したギーで甘みを付けたものが多いからだと思います。
とても香ばしくてフルーティーな甘みです。

聖書を読んでいるところの写真を撮ってね♪



気さくで楽しいラジは子どもたちから人気があります。



子どもたちの名前をなかなか覚えることができません。
けれどこの子の名前は覚えました。 ギータです。



インドには、最古の聖典といわれるバガバツトギータというのがあり、
そのギータだから覚えられるのです。

この子めちゃくちゃ可愛いです♪ 朝ほうきで掃除をしていた子です。
顔にパウダーを塗っています。
バックの花が髪飾りみたいに見えますね♪



彼女の名前はラッティカラメーリー、これは覚えていません。
メモしているから分かるのです。

ジャスミンの髪飾りは子どもたちもよく付けています。
自分たちで花を摘んできて作ります。



いつも写真を撮っていると、
それをプリントしたものが欲しいと言われることがあります。
当然のことでしょう。

その要望が多いので、
みんなで撮った写真をスレッシュがプリントしてくれることになりました。
ですから記念撮影です。 ^^☆



この子はサンダルの鼻緒を直しています。
インドのホームでは、こんなちびっ子でも自分でできることは自分でします。



ほら、花を枝にたくさん刺すときれいでしょ♪



それちょっと貸してね、今度は私一人で撮ってもらうから♪



こっちも写真を撮って〜♪
子どもたちはジーザスが大好きです。
よく写真に撮って欲しいと頼まれます。




そろそろ夕方の礼拝が始まろうとしている頃、
スレッシュが呼んでいるとラジから声がかかりました。
外に出てみると、車に乗って家族全員が出かける様子で、
その車に乗って一緒に行こうとのことです。
今日は結婚式があるのです。

三年前にインドに来た時もたくさんの結婚式に参列しましたが、
インド(ここタミルナド州だけかも?)の結婚式は、
誰でも自由に参加でき、食事もすることができるようになっています。

途中で髪を飾るジャスミンの花飾りを買いました。
こういった花飾りを売っている店は至るところにあり、
腕を曲げ、その握り拳から肘までの長さのジャスミンの飾りが
15ルピー、約25円です。



車でチェンナイの街中に向けて20分ちょっと走り、目的の結婚式会場に着きました。
とても立派で大きな会場ですが、周りは車やバイクであふれいて、
乗ってきた車は道路の反対側の道端に駐車します。



会場に行くには、この車が激しく行き交う幹線道路を横断しなければなりません。
もちろん信号も横断歩道もありません。



今は夕方のラッシュアワーです。
激しい車の流れを読み、5分ほどかかってようやく反対側に渡ることができました。
これって脚の悪いお年寄りだと不可能でしょう。

会場入り口には大きな看板が数多く設置されています。
そしてそこに描かれているのは新郎新婦の顔ではなく、
街中で嫌と言うほどよく見かける政治家の顔です。



これは政略結婚というのでしょうか、
互いに対立する大きな政党の関係者がこの結婚式の新郎と新婦です。



会場を入ったところでは、隣のケララ州の民族音楽や踊りを披露しています。



会場内はどこもたくさんの人でごった返していて、
ジュースやアイスクリーム、フルーツなどが無料で振る舞われています。



三階の式場では、インドの結婚式独特の大撮影大会が行われています。
舞台の端から順番に参列者が進んでいき、
新郎新婦を囲んで記念写真やビデオを撮っていきます。



カメラマンたちが横一列に並んで写真を撮ります。
ビデオも舞台を写すものの他、会場内を撮影するものなど三台ほどありました。



手持ちのカメラを渡し、カメラマンに写真を撮ってもらいました。



肩に掛けている布は撮影直前に手渡されたもので、
後で返却するのかと思っていたのですが、引き出物のひとつでした。



会場は生バンドによる演奏が流れています。
バンドの後ろにある家具やエアコン等はすべてお祝いの品で、
とてもリッチな結婚式です。



マンゴージュースをいただきました。
インドのフルーツジュースは最高です♪ 鮮度が違いますから。



二階は食事をする大会場となっていますが、
人が多すぎてなかなか中へ入ることができません。



左側の機械から霧のような水蒸気が出ています。
日本にもありますね、冷気を送るのです。



食事会場ではみんなが席について食事をしています。
ものすごい熱気です。



待っている間、外で振る舞われているものをいただくことにしました。



これはフルーツミックス、リンゴ、パパイヤ、パイナップルが盛りつけられています。
とても美味しいので、二回お代わりさせてもらいました。



その他アイスクリームも食べたのですが、
それも芳醇な甘みでとても美味でした。

スレッシュの奥さんと娘のジーナの髪の毛に、
さきほど買ったジャスミンの花が飾られています。
二人ともワンセット15ルピーずつの花飾りです。



食事会場内は、前の人たちの食事が終わると一斉に次の人たちが席に着き、
テーブルクロスとなる長いトイレットペーパーのような敷紙が取り替えられ、
お皿となる新しいバナナの葉が置かれ、
配られたペットボトルの水を使ってその葉っぱを洗います。

その後は次々とメニューとなるものが葉っぱの上に乗せられていきます。



これをもうちょっと、これはいらない、・・・
どんなものでも自分の好きなだけ食べることができるバイキング形式です。



けれどいくら待っても人がなかなか減らないので、
また下まで下りて、しばらくケララの音楽と踊りを鑑賞しました。
なかなかのパフォーマンスです。



三階の式場では延々と写真撮影大会が続いています。



結婚式は “マリッジ・ファンクション” と言いますが、
これではまるで “ピクチャー・ムービー・アンド・イーティング・フォンクション”
(写真・ビデオ・食事式)だねとスレッシュに言いました。

いつまで待っていても食事ができないので、会場に入って順番を待つことにしました。
インドの結婚式では、
前の人たちの食事が終わってから次の人たちが会場に入る様式と、
この様に、次に食べる人が食事中の人の後ろで立って待つ形式の二つがあります。
後ろで次の人が立って待っていると思うと、
落ち着いて食事ができない気がしますが ・・・ 。



いよいよ順番が来て席に着きました。



インドの食事はいつもほとんど同じ形式、同じメニューです。
この後にご飯類がきて、これがインディアン・フルコースです。



この食事会場は、数えると二百人分以上の席があります。
それが十回転以上するとのことですので、
優に二千人以上の食事を提供することになります。
ものすごい数ですね。

食事が終わって会場を出ると、激しいスコールが来ていました。
その雨量の凄まじさは写真からもお分かりでしょう。



会場内の床は雨で濡れ、下はゴミと雨水でグチャグチャになっています。
いいタイミングで写真を撮るのを忘れました。
これなどはかなりキレイになった後の写真です。



散乱するゴミの中には、式場で配られた新郎新婦のことについて書かれた
新聞みたいなものも多数混じっています。
さすがインド、すべてがノープロブレムです。



南国のスコールは短時間で過ぎ去ります。
小降りになった頃、息子のタンビが道路反対側の車に走って行き、
会場前まで車を持ってきてくれました。


インドの結婚式、たしかに日本人にしてみればとても面白いものです。
けれど今日の心はそんなところにありません。
悲しいダッチャニーとの別れを受け、
今は彼女のことを思うだけで胸が燃えるように熱くなってきます。

帰りの車の中で、スレッシュからエンジョイできたかと聞かれたのですが、
その言葉に、素直にイエスと答えることができませんでした。

お金があるところには潤沢なお金があり、
こんな華美な結婚式を催すことができる、それがインド、
そして貧しさゆえに子どもたちをホームに預けなければならない、
それもまたインドの現実です。


お金があるから幸せだとは限りません。
また貧乏であるがゆえ不幸だとも限りません。

そもそも幸不幸は誰かが一定の基準で計れるものではなく、
その人自身の心が決めるものです。

そしてそれは本人にしか分からないものであり、
あの天真爛漫で明るいダッチャニーの悲しみの心と接し、
人の心の奥底にあるもの、その存在を知りました。

それが何であるか分かったわけではありません。
ただそういった人知れず秘めた思いが誰にでもある、
そのことをダッチャニーは自分に教えてくれたのです。


無知の知、またひとつ自分の愚かさを知ることにより、
ほんの少しだけ成長できた気がします。

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