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2017年8月7日 ・・・ 生命の継承

広島で最も暑い日、8月6日、
広島の上空に世界初の原子爆弾が投下されたあの日から、
昨日で72年になりました。

ハチロクの前後は多くの人たちが日本各地、海外から集まり、
平和公園を中心とした場所で、それぞれの祈りを捧げます。

今年も様々なイベントがあり、
多くの人ともに平和や生きている意味を見つめ直すことができました。





広島に暮らしていると、平和は水や空気のように身近なものであり、
あまりにも身近すぎて、普段はそれを特に意識することはないのですが、
年に一度の原爆記念日は、
広島市民にとって心を律し、生きている尊さを再確認する貴重な機会です。


今日は8月7日、
知り合いがアフリカの学校建設支援のためのバザーをしているので、
そこに家で眠っている物品を届けるため自転車を走らせました。

いつも通っている京橋川沿いの道を走りながら、
ちょうどその場所、京橋川に架かる柳橋のたもとで、
今から七年前の8月7日に生命を落としかけたことを思い出しました。



七年前に広島県北部で大きな水害があり、
その流木が広島市内まで流れてきていて、
柳橋の橋桁にかっている流木を撤去しようとトイレ掃除仲間とともに川に入り、
橋桁に向かって泳いでいる途中、
なぜか前にも後ろにもまったく進むことができなくなり、
大声で助けを求め、消防車、救急車、新聞記者らが駆けつける大騒ぎとなりました。

幸い知り合いに岸まで引っ張ってもらい、
水を飲むこともなくまったくの無傷で一命を取り留めましたが、
七年前のその年は12月にも寸前のところで車にはねられかけ、
二回も生命の危機に遭いました。

そうなった理由は以前も書きましたが、
学生時代、末期の胃がんであった父親の生命を助けたいがため、
当時熱心に信仰していた天理教の神様に、
自分は一生神の道に進むということ、
それとともに、己の余命の半分を神に捧げるという誓いを立て、
その誓いが生きていた証なのだと信じています。

七年前のあの年に生命を亡くしていたら、
誓いを立てた若かりし頃の年齢から計算して、
寿命八十歳ということになります。

自分は本当は七年前に死ぬ運命であったのだと思います。
それを何らかの理由で生かされているのであり、
それを感じ、考えながら生きていくことは、
自分自身に課せられた使命です。

ですから8月7日は自分にとって、
ある意味命日であり、第二の誕生日とも言える日です。

何らかの理由で与えられているこの生命、
その生命をどのように使うのか、
“使命”、それをあらためて問い直すべき日なのです。


生命とはどこから来て、どこから生まれたのか、
その考え方は、一人一人信じる宗教、宗派によって異なるかもしれません。

けれど誰にでも間違いなく言えるのは、
この肉体の生命は、両親、そのまた両親と、
はるか昔からご先祖様たちによって継承されているものだということです。

生命を与えてくださったご先祖様、
日本ではお盆やお彼岸、また命日にお墓参りをして
手を合わせる習慣がありますが、
もっと簡単に、もっと日常的にご先祖様の遺徳に感謝する方法を、
ある会で教えてもらいました。

目を閉じ、自分の後ろに自分を生んでくれた両親を思い浮かべ、
その両親の後ろにそまた両親であるおじいちゃん、おばあちゃんを思い浮かべます。
そしてそのまたおじいちゃん、おばあちゃんの後ろに ・・・ といった具合に、
ずっとずっとはるか前の世代のご先祖様たちのことまで思い浮かべ、
その人たちに感謝するとともに、
今の自分まで尊い生命を継承してくださったことを感じるのです。

自分はこれを習慣にするため、お風呂の湯船の中で行っています。
限りなくつながっている生命の継承、生命のバトンを感じると、
ちっぽけな自分のこの生命がいかに尊いものであり、
多くの人たちの期待を背負って生まれてきたものかを身に染みて感じます。


自分に与えられた使命、
この尊い生命をどのように使うのか、
その生命を与えてくださった両親、ご先祖様のことを思いながら、
日々心の中で感じています。

2017.8.7 Monday  
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