踊る音符
圧倒的な表現力を持つ音楽家の演奏を耳にすると、
いつもその奏でる音楽以前に、
その根本となる音そのものの持つ大きな力を感じずにはおれません。

昨年(2007年)暮れ、
ある会でまだうら若き野口美紀さんのオカリナ演奏を聴いた時もそうでした。
野口さんが吹く小さなオカリナから出る音の存在感の大きさに驚くと同時に、
以前聴いたモンゴルの人たちの歌声を思い出しました。

声の響きそのものに広大な大地の豊かさを感じさせるモンゴルの人たちの歌声に
匹敵する力を野口さんのオカリナの音色から感じ取ることができたのです。

一聴してすっかり惚れ込んでしまった私は、
すぐその場で野口さんと名刺交換をし、
この3月には積極人間の集いで演奏をしてもらいました。
当然ながら演奏は大好評で、いろんな演奏依頼があり、
知り合いのホームページに紹介記事が載ったりして、
野口さんの評価と知名度はぐんぐんとうなぎ登りで上昇中です。

そして今日(2008/05/25)、広島市内中心部にあるルーテル教会で
「被爆ピアノ平和コンサート」という催しがあり、
そこに野口さんが出演されるということでカメラを片手に聴きに行ってきました。
野口さんの演奏を聴くのは今回で三度目です。



彼女の演奏の素晴らしさは、最初の一音で分かります。
音そのものが生きていて、きれいに上を向いて聴き手の耳に入ってきます。
この音の持つ存在感、エネルギー感は、他のオカリナ奏者にはまったくないものです。

音が上を向くという表現がお分かりでしょうか。
太陽に向かって咲く夏の花ひまわりが、常に天上を仰ぐよう花開かせているように、
あるいは、力のある野球のピッチャーの投げるボールが、
打者の手元でぐ〜んと伸びてくるように、
彼女のオカリナの音は、常に明るく上向きなのです。

音はすべて方向性を持っています。
私たちは三次元という三つの方向性を持った世界で暮らし、
音に関しては、 “聴き手に迫ってくる音” 、 “広がりのある音” といった風に
前後、左右の表現はよく使いますが、
音の上下感覚に対してはあまり意識をすることがないようです。

けれども音楽を聴くためにこの音の上下感覚というのはとても大切なポイントです。
このことはオーディオ機器を調整していればよく分かります。
オーディオのラック(置き台)やインシュレーター(機器の脚)において、
金属でも木でも、その組成方向に従った正しい上下関係、
つまり組成、成長方向が下から上に向かうようにして設置すると、
音はイキイキと明るく響きますが、
これが逆になると途端に音は暗く沈んだものになります。

機器自体の設置でも同じです。
通常はCDプレーヤーなど音の入り口にあたる機器をラックの最上段に置きますが、
これも音の順序としてCDプレーヤー、アンプといった音の流れる順番に
下から上へと置く方が音は生きてくるのです。

野口さんの明るく上向きなオカリナの音色は、
音楽をイキイキと響かせ、聴き手を明るく元気にし、背筋までしゃんと伸びてくるような
そんな力を持っているのです。

野口さんの奏でる音楽は生きています。
私は彼女の演奏を文章にして紹介しようと思った瞬間に、
このタイトル『踊る音符』という言葉が頭に浮かびました。

音楽とは音を楽しむもの、彼女の奏でる音楽の中に、
ひとつひとつの音符が、まるで森に住むコビトたちが手をつなぎながら
楽しく踊っているような光景を感じるのです。

オカリナは大きいものから小さいものまで、種類や音色が様々あり、
この日は師匠でありパートナーでもある江村克己さんとともに
“デューオ” というグループとしていろんな曲をいろんなオカリナで演奏してくださいました。

デューオ 江村克己さん、風音美紀さん

デューオとして演奏する時は、
野口美紀さんは風音美紀(かざね みき)という名前で活動されています。

この日は金子みすゞの童謡曲、ふるさと、夏の思い出等日本の童謡、
アメージンググレース、アベマリアまで、たっぷりとオカリナの音色を堪能させてもらいました。

野口さんはオカリナだけではなく、アコーディオンも演奏されますが、
この演奏もまたとても素晴らしいものです。

アコーディオンを奏でる野口美紀さん

彼女は音大で専門的な音楽教育を受けたわけではなく、
会社勤めをしている時にオカリナ、アコーディオンを習い始め、
イベント会社のOLから一念発起し音楽の世界に身を投じたとのことです。

それでここまで深い彼女独自の音楽世界を構築し得たのですから、
彼女の努力なのか、能力、天分なのか、
なんらかの人にない素晴らしいものを持っていたのであろうと考えざる得ません。

彼女の奏でるアコーディオンの演奏もオカリナと同様、
明るく楽しく、音が輝くようにイキイキとしています。
そしてひとつひとつの音がなめらかに、流れるように連なっているところに
彼女のアコーディオンの大きな魅力があります。

もともと流れるような音のつながりはアコーディオン独特の魅力なのですが、
彼女の奏でるなめらかな音楽は、
うねりのようになって聴き手の耳を引きつける力を持っています。

アコーディオンはヨーロッパで生まれた楽器で、
アコーディオンの曲としては「パリの空の下」が最も有名です。

彼女の奏でる「パリの空の下」はたぶんヨーロッパの有名演奏家の弾くそれとは
かなり異なるのでしょうが、
聴いていて外国の曲だということで違和感を感じることはまったくありません。

それは本場ヨーロッパの空気にはない、
彼女独特の魅力ある世界を持っているからだと思います。

ヨーロッパ文化に疎い私には上手く言葉で表現することができないのですが、
ヨーロッパの音が透明で垢抜けたディアドロの人形のような輝きを持っているとするならば、

ディアドロ

彼女の音は、たぶんもっとより東洋的な、美術的工芸品である漆塗りのような
落ち着いたなめらかで潤いのある輝きを持っているように感じます。

漆塗りガラス器

コンサートでは昭和20年8月6日、広島に原子爆弾が投下された日、
中区千田町という爆心地からわずか1.8キロのところにあった被爆ピアノの音も
披露されました。

被爆ピアノとのアンサンブル

このピアノは現在調律師である矢川光則さんという方が所有され、
被爆ピアノコンサートという形で全国各地の多くの人の耳に平和の音色を届けています。

音楽に、音に、人の心を平和にする力があるのなら、
こんなに素晴らしいことはないですね。

2008.5.25 Sunday



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