愛と奇跡の人 小野春子
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2008年8月28日<2>


これは普段の生活の中でも言えることですよ。
消費者が偉くならなければダメだってこと、何も改善していくことはできません。
今の子どもたちのキレる、イライラする、怒りっぽい、登校拒否、今の世の中が狂ってるんだったら、何がそうさせるのか、自分自身がもっと賢くならなければなりません。
ただ依存して、薬を飲めば楽になる・・・。
世の中見てご覧なさい。美味しいものやご馳走が山ほどあります。
ひとさじの砂糖がふたさじになり、みさじ、よさじになり、・・・
時には口の中に直接入れてしまいます。
美食を求めだしたらどんどんそっちに行って、添加物を少なくしたり味を薄くすると、
「こんなもの食べられるかー!」でしょ。
私からすると、どうしてこんなものが食べられるのって言いたくなるものを、平気で美味しい美味しいと言って食べている。
それがみなさんの体を蝕んでいっているということに気がついていない。
添加物ひとつでさえ、人間の体を蝕んでいく、これは心を蝕むよりもっと恐ろしいんです。
この「病歴一覧表」に書いてくださったように、私は7つから8つの病院を転々としました。
そしてその病院すべてで死を宣告されてきました。
ひとつだけ「元気になって帰れるよ」と言ってくださった病院がありました。
それは京都の病院で、全部漢方薬です。
患者さん一人のために漢方薬を煎じて飲ませてくださるんです。
錠剤とかじゃないんです。今でもそうです。
その他ではすべて死を宣告されてきたんです。
どこもそうです。
ここからは出られない、いつ死んでも不思議はない、難病のデパートだと。
だからがんが発見された時、もうすでに膠原病は持っていたということ。
ただ今から三十年も前ですから、それを数値上でデータとしてそのことを言える先生が少なかったということです。
だからどんどんとその後も足が立たなくなり、話ができなくなり、目が薄くなっていきます。
杖をついてやっと歩けるような状態、それでも病名が分からない。
そこで先生は考えて、厚生省の専門医を呼ばれて、私を一日がかりで診察してくださったんです。
私一人のために厚生省から県に赴任してこられたんですよ。
それまでに天満屋(デパート)で二度倒れました。
側頭動脈炎といいましてね、血管が切れるんじゃないんです。
血管が浮上して、怒張を起こして、そして意識をなくして倒れるんです。
天満屋で二度倒れ、それを機に厚生省から来てくださったんです。

小野春子さんのお声は会場全体に朗々と響きます。

私が向原から広島市に行くことができなかったら、先生が家まで行くからとまで言われました。
そして全身性血管炎と診断され、すぐに他の大きな病院に預けられたんです。
そこで完全型ベーチェット、次の病院で皮膚筋炎、筋肉結節筋炎、強皮症合併。
胃にも無数の洞穴、大腸、小腸にも穴ができ、
肺は間質性肺炎、酸素がないと呼吸ができませんし、間質性肺炎は一生涯治らない病とされています。
心臓もです。心臓も心膜剥離、水が溜まります。
エッ、心臓に水が溜まるって・・・、聞かれたことありますか?
呼吸困難になりますよね。痛みもあります。
心臓に水が溜まって心臓がプカプカ浮いたような状態、MRIで撮っていただくと、1センチぐらい心臓と膜の間に隙間があって、そこに水がピシーッと入ってます。
肺もそうです。肺も剥離。
ボロ切れのように膜が垂れ下がっています。
そのうち消化器の粘膜すべてが剥離して、穴だらけ、下血、吐血。
もう腎臓も機能不全で透析寸前。
透析するかしないか、・・・絶対にしない。シェーグレン合併。
がんばったんですよ。

そこからまた病院を転々として、すべての病院で死の宣告。
で最後はもうね、どういったらいいか、希望退院です。
「先生、私帰ります。どうせ死ぬのなら自分のお部屋で、自分のベットで死にたい。
 だから帰ります」って。
先生は死ぬ人間を絶対に帰さんとおつしゃる。
でも私は帰ります。強行しました。
「長い間お世話になりました。ありがとうございます。
 元気になりましたらまた参りますので、よろしくお願いします」
・・・まさかと思われたでしょう先生も、死を目の前にして帰るなんて。
その三日前に荷物を全部運んでいただき、病室に来られた主治医の先生と、その後看護婦詰め所に行き、看護婦のみなさんに退院の挨拶をしました。
そして日曜日の朝、娘に車で連れて帰ってもらいました。

日曜日の朝7時頃、先生がいらしても、看護婦さんがいらしてもベットはもぬけの殻、
お布団がキチーンとたたんであって、コップひとつありません。
そしてお家に帰ったんです。
さあベッドに座りました。
二十数年間の病院生活、死を宣告され、本当に死んでいいのか、あるいは生きたいと思うのか、自分で問答します。
でも自分の人生、他の人の人生じゃありません。
だからもう一度生きようと思って、なにが自分をこういうふうにさせたのか。
まあ末期のがんと言われた時もそうですよ。
私は先生にありがとうございます。・・・なぜこういう言葉が出たかというと、いわゆる自分のライフスタイルを見つめ直しなさいという神のお告げなんです。
みなさんそうでしょ?
病気になった時、これだけ元気な家族に囲まれて、なぜ自分一人病気にならなきゃいけないのか。
「なんで私がこんな目に遭うのよ〜」と、家族をわずらわさせる方、結構多いんですよ。

私は難病の方をはじめがん、神経症の方たちにたくさんお会いしています。
でもそこですよ。病気は向こうからやってくるんじゃない、自分が作る。
病気っていうのは、いわゆる自分に与えられた『反省しなさい』というサイン、
その時こそ自らを正して反省する、自分の生き方、ライフスタイルをビチーツと変えるんですよ。
何を変えなきゃいけないか、何が病気を作ったか、いらないものはタッタッタッタッと捨てていきます。
私もあれだこれだと思いつくものを書いていきました。
もう書ききれないぐらいいっぱい出てきます。
睡眠不足がありますね。ハードで力一杯仕事をしてきました。
だから強力グロンサンを飲まなきゃいられなくなったんですよ。
そして食事もなっていません。
サッサッサーと食べる。ことに私は一人でしたから、ほとんどが外食。
そうしたらラーメンだうどんだ、そういったものにたどり着いて行くじゃないですか。
そこには本来の大切な生きるための栄養はまったくありません。
偏った食事、ハードな仕事、睡眠不足、・・・いーっぱい、限りなくあります。

これをひとつずつ改善していくこと、そのために選び出されたのが、みなさん持っていらっしゃる資料の「3点セット」なんです。
@ ニンジンのジュースは、星野仁彦先生自らが病気になられて、ゲルソン療法から学ばれて、
  現在も実践しているもの。
A それから青いジュースは、これは甲田式療法といいますね。
B そしてこの根菜類のジュースは、私の考案です。15種類のいろんなものが入っています。
これらを今までずーっと続けてきて8年、どーですか?今あの時の血液が4,5年前に二十代の血液だと言われました。
サラサラ、白血球なんてほとんど無かったんですよ。
それでダメになりそうでした。リンパ球もそうです。
でも今は血液満タン、最高の数値です。
ヘモグロビンというのがありますね、あれなんか100%を超えているんです。
「先生、超えたらいけませんかね?もれますかね?血管から・・・」(笑)
するとすぐに「イヤー、大丈夫、大丈夫!」っておっしゃる。
でもこれ、白血球が満タンで、もう少し増えてくると、かえって病気になるかも分からない。
そうしたらドッドッドッドッ下がってくるんですよ。適当に。
女性でしたら9000ですかね。それが今8500。
赤血球もそうです。満タン。
そういうふうに血液を変えるのがこの青いミキサー食、それと疲れを知らなくなります。
まったく。
骨のスカスカ(骨粗鬆症)もあっと言う間にカルシウム120%、骨密度119%となる。
本当に実行してみてください。
夜勤をなさる方とか、ハードな仕事をしていらっしゃる方、そういう方がこの青いジュースを召し上がると疲れ知らずとおっしゃいます。
睡眠薬を用いてる方でしたらぐっすり寝られます。

ふたつの大きな大学病院、地方の総合病院で
「小野さん、この栄養をどういうふうに摂取しておられますか?」とおっしゃる。
食材の種類からいうと35〜40種類あります。
サンプルが欲しいと言われ、それじゃ実際にお持ちしましょうと、このコップ半分ぐらいの容れ物に3点セットを容れて持って行き、すべての栄養分析をしていただきました。
そして私の血液を採って合わせて調べられる。
『最高の栄養食』だっておっしゃいました。

実際そうです。この3点セットだけで体がものすごく楽です。
だから今こうして立っていられます。
「病歴一覧表」にもありますが、頸椎が、4、5、6圧迫骨折ですからね。
胸椎も二箇所、肋骨は7本骨折、腰椎は全部5本が圧迫骨折、骨盤にめり込み、そのため骨盤はゆがんでいます。
ベットを立てて、そこに座ったままで、三人の先生と三人の看護婦さんの前で、グシャグシャグシャグシャ、ビシャ、あっと言う間に崩れていったんです。
お医者さんでも骨が折れる音を聞かれたことはないそうです。
骨折で運ばれてくる人は、転けたりいろんなことをして傷害を受けてこられるわけ。
はじめて目の前で骨折するのを見て、聞いて、すごい音だってビックリしてらっしゃいました。
まず頸椎から折れます。頭が重いから。
そしたらその重さで胸椎がやられるんです。
そして胸椎が折れたら自然と少し前屈みになりますから、それで肋骨がポキポキポキと左4本と右3本折れていくんです。
その重さで今度は腰椎ですね。あっと言う間でした。

整形外科に入院していた時は、首に大きなコルセットをはめて、胸椎のところは、胸から腋の下まで金属の入ったコルセット、腰もそうです。
横にも下にも全然動きません。
退院と同時に取り外しました。

これは何かっていうと、特別に私がすごいんじゃないんです。
みなさんもそういった潜在能力や隠れた才能、あるいは力を持っていらっしゃる。
それをなぜ発揮しようと思われないのかということなんです。
今日はみなさん、元気な方ばかりいらしてるんだと思います。
でも私のところには末期がんの方たちがたくさん来られるんですよ。
でも私がそういう方と2時間もお話をすると、抱えられて来た人が立ち上がって、
トットットットッ歩いて一人で帰られるんです。
連れてこられた方が唖然としてビックリしてらっしゃるんですよ。
昔から学校で言うじゃないですか、健全な精神と健全な肉体、あれどう言いますかね?
言ってみてください。
「健全な精神は健全な肉体に宿る」、そう、肉体があって精神があるでしょ。
私から言わせれば反対なんです。
自分の精神が健全であれば、よりしっかりした体はできるんです。
人間は生身ですから、蚊が刺したってそこから血が出て、ふくらんでくるじゃないですか。
そうでしょ?生身の人間はちょっと当たればすぐ傷が付きます。
そこでですよ。だからいちいち体の病気を気にしていたらどうしょうもない。
それを何で支えるか。
自分の意志と努力、信念です。
みなさんそれを持ってらっしゃるはず。
医者に頼るなとは言いません。
医者に頼るのも大切なことです。
でもその前に自分がなぜ病気になったか。
そしてどのように自分のライフスタイルを変えていったらいいのか。
そしてもうひとつ。肉体をリードしていくのは自分の精神です。
たいていの人は「あなたは治りません。手術不可能です」と言われたら落ち込んでご飯も食べられません。

先日私のところに遠方の方から電話が入りました。
「助けてください」
「エッ、どうしたの?」
その人とも何度もやり取りをしてるんです。
そしてこの3点をやりはじめて、二ヶ月で見えない目が見え、立てない足が立って、元気いっぱいで外に出てらしたんです。
3点をはじめると一時的にやせてくるんです。
なぜかというと、脂肪を体外に出します。
そして血液をサラサラにしますから、いらない脂肪も全部排除してしまいます。
一度は体重がダーッと落ちます。
私は今50キロですが、一時は38キロまで下がりました。ダーッと。
そしてまた上がってくるんです。
3点でやせ、3点で再び上がってくるんです。
血液が作り替えられたように、筋肉も作り替えられるんです。

その方のところにお友達が三、四人来たそうです。
「あなた随分やせてるわね。あなた一体何食べてるの?」
その方はこれ(3点セット)だって言いました。
「そんなもの食べてるからやせるのよ。太んなきゃダメじゃない」って、ね。
その方達は体格のいいでっぷりと太った女性ばかり四人。
「今から買い物をしてきてあげるから、それを食べなさい」
さあ夕方スーパーから買い込んできたのは肉のかたまりに卵が20個、それから牛乳が4、5本です。
それを毎日毎日食べさせられた。
で、3点はもう食べられません。監視されてるから。
それに自分も太りたいと思ってます。
お友達に
「なんてそんなみすぼらしいかっこうして、やせてからー!
 そんなんじゃ元気になるわけないじゃない!」
こんな風に言われてごらんなさい、ああそうかな、もうちょっと太りたいな、そう思いますよ、人間だから。
それで三ヶ月音信不通、私はちょっと心配してたんです。
その人がやりだしたら一方的で言うことを聞かない人だから。

で私が心配で電話をかけてみたんです。向こうからはかけにくいでしょうから。
そしたら「すみませーん」て、ああやっぱりねと・・・。
実はお友達がこうこうこうで・・・、今は少し太ったんです。
けど歩けません。目がかすんで見えません。全身に痛みがきます。
さあどうですか、三ヶ月ですよ。太るには太ったけど、・・・。
「でもあなた太りたかったんでしょ?」て言ったら「そりゃもちろん!」
けど私は言ったじゃないですか、一度やせても、またキチッと新しい細胞が作り替えられますって。
50歳の方ですからね、まだ若いです。私は今78歳です。
それでどうしますかって聞きました。
私はやり直すんだったら一時間でも早いほうがいい。
やり直すかどうか・・・、そしたらその人、一生懸命やるって言いました。
あの時に二ヶ月、見えない目が見え、立てない足が立って、お仕事もできるようになっていたのに・・・。
でもそれをやめたのは私じゃない、あなた自身じゃない。
それを本当に反省するなら即実行しなさい。
今は再びやってらっしゃいます。
元通りになるかどうかは分かりませんよ。
いったんそういうふうになると、なかなか思うようにはなりませんからね。
毎晩、二日三日おきぐらいにアドバイスしています。
一緒に祈ります。
もしできるなら、行って差し上げたいなと思っています。
まだお会いしたことがないんですよ。
東京や東北で講演した時には、彼女来ていませんでしたから。
お友達から聞かれて、私と電話連絡するようになったんです。

私がここで何をお話ししたいか、この中にも病気を持っている方がいるかも分かりません。
でも言えるのは、私は病気を持っているから死ぬ、私は健康だから死なないということはないんです。
人間は生まれること、病気を持つこと、年を取ること、そして四つ目には必ず死ぬということです。
私は死にませんよーって言ってる人でもコロッと死んじゃうかもしれません。
ほんと、あるんですよね。交通事故だってあるし、脳溢血だって、怪我をして死ぬ場合だってあります。
だから今から残された自分の人生、それが長いか短いかは関係ない、その人生を、
『今まで生きてきた人生の何倍も生きる喜びがある』、こう思える人生にしたいと思いませんか?どうですか?(拍手)
私はあるところで「命のデザイン」というテーマで講演させていただいたことがあるんです。
命のデザイン、よく考えてみてください。
あなたがたのこれまでの、赤ちゃんの頃からの歩み方、これもデザインになりますよね?
だけどさらに今これからですよ、自分が生きていく、そのあり方をコンテストに出して、人に見せられるようなデザインにしてみてはどうですか?
そのためにはいろんな注意点がありますから、それをお話しします。



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