ハガキ道
日々いろんな事が起き、いろんな人と出会い、
最近はお陰様でやるべきことがどんどん増え、
ホームページの更新もままならない状態です。

何事にも幅広く興味を持つタイプではありますが、
自らすすんでどこかに出かけたり、会に参加したり、名刺交換したり、
少しでも交友関係を広げようとこまめに努力することはありません。

それでもかなり広い人脈に恵まれているのは、
頻繁にメールやハガキを書き、
縁ある人とのご縁を大切にしているからだと思います。

そうできるようになったのは、
このホームページでも何度かお名前を出している
ハガキ道の坂田道信先生のお陰です。

ハガキ道の提唱者坂田先生との出会いがキッカケで、
それまでまったく筆無精だった自分から、
筆まめな自分へと大変身を遂げることができました。


坂田先生のことを知ったのは、
二十数年前の昭和の終わり頃、
当時勤めていた会社で広島から出張で来た上司から、
「この人の講演テープを聴いてみろ」と、
坂田先生講演テープを強制的に聴かされたのが初めです。

その上司としては、
坂田先生のようにこまめにハガキを書き、
仕事の営業面でプラスにして欲しいという思いがあったのでしょう。
けれどその時は、
なんだか甲高い声で話をする変な人だなあという印象しかありませんでした。

それが翌年に広島の人と出会い、
会社を辞めて広島に来ることになり、
坂田先生と公私にわたってとても深い関係になるのですから、
縁とは誠に不思議なものです。

今はもうめったにお会いする機会はなくなってしまいましたが、
広島に来た当初は月に二三回は会ってお話しさせていただき、
一緒にアメリカ旅行をした時には同じ部屋に泊まり、
翌年には坂田先生ご夫妻に仲人をしていただくまでになりました。

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坂田 道信 亀井民治

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ハガキを毎日30枚、50枚と書き続け、
たぶん日本でただ一人、個人で郵便番号を持つ坂田先生は、
心磨きの行としてのハガキ道でご自分の人生を切り開いていかれた希有な方です。

坂田先生が素敵なのは、
「私はハガキを書き続けることによって人生をいい方向に持っていくことができました。
 けどね、だからハガキを書かなければいけないっていうことはないんだよ。
 みんな私のハガキに相当する素晴らしいものを探してください。
 そしてそれを実践すればいいんだよ〜♪」
と、このような言い方をされるところです。

けれど実際は坂田先生と触れ合ったほとんどの方が、
こまめにハガキを書くようになるのです。

今はハガキに限らず、
メールやSNS等ネット系でもメッセージを伝える方法がたくさんありますが、
やはり個別のメッセージを相手に伝えるということは、
相手に喜びを与え、心の交流を深める大切な手段です。

そしてそのことを一度体感するとと、
自然とハガキやメール等でたくさんのメッセージを発信するようになるのです。


ハガキのいいところは、
相手にメッセージが伝わるまでタイムラグがあり、
このタイムラグが思いを熟成させ増大させます。

相手に感謝の意を伝えるのに、
その場で口頭でお礼を言うのは礼儀です。
それを受け、相手は当然喜ばれます。

けれどこれを少し後でメールで文字として送ったならば、
また別の喜びを相手に与えることができます。

そしてさらに時を経て、ハガキや手紙で感謝のメッセージを伝えたなら、
そこから与える喜びはなおさら大きなものとなるはずです。


ありがとう、・・・ 言葉に思いを乗せて伝える場合、
その場で直接的に口頭で伝えるよりも、
後で間接的に文字として伝える方が、
より相手の心に深く届きます。

ですからこれは必ず守らなければならない原則ですが、
感謝の言葉は間接的に文字として送るのは望ましいことですが、
怒りや相手を批判するメッセージは、
たとえそれが相手によかれと思うものであっても、
必ずその場で、口頭で伝えなければなりません。

ちょっと言いにくいことだから ・・・ と、
相手に改善を求めることを手紙で送ったならば、
どんな的を付いたことが書かれていようとも、
受け取った方は、少なからず心に傷を受けてしまいます。

いいことは間接的に文字で、
言いにくいことはその場で直接口頭で、
これは守らなければならない大原則です。


ハガキを受け取って嬉しいのは、
送り主が、相手のためにハガキを書く手間と時間をかけてくれるからです。
たとえ5分、10分でも、その時間を費やしてくれたその思いと行為が有り難いのです。

言葉という情報を伝えるには、電話の方がはるかに効率的です。
けれど効率的であるがゆえ、そこにはなかなか思いが乗りません。

電話で「ありがとう」と言われるよりも、
ポストを開けてハガキを見つけ、
そこに乗っている文字としての「ありがとう」という言葉を見つけた時の方が、
はるかに深い喜びが感じられます。

今は効率的な世の中であるがゆえ、
非効率的なものが価値を持つのです。


ハガキで相手に送るのは、
ありがとうという言葉ではなく、その言葉に乗せた思いです。
そしてほんの少しの手間と時間を費やして、
ありがとうというメッセージを伝えるという行為そのものです。

特に相手の心が弱っている時は、そのちょっとした行為がなにより嬉しいのです。

以前ある入院している知り合いに、
病院宛でハガキ絵を送ったことがことがあります。
その人は、長い間ベッドの枕元に送ったハガキをテープで貼り付けてくださっていました。

先日も奈良の知り合いのご老人から電話をいただきました。
今ちょっとした怪我で入院していて、
手帳を見て思いだしたので電話をくださったとのことでした。

ゴールデンウイーク明けまで病院におられるとのことでしたので、
その病院宛に、ハガキと百円で買ったラベンダーの香りがする匂い袋を二個
封筒に入れてお送りしました。

数日後にはそれが届いたようで、早速お礼の電話をいただきました。

人の思いとは不思議なもので、
直接会いに行く時に何千円もするお菓子を持って行くよりも、
こんなちょっとしたメッセージを送ったことの方が、
後々まで記憶に残り、感謝していただけるのです。


こまめにハガキを書くことは、人生をより豊かにしてくれます。
これは自らの体験として断言することができます。

けれどハガキ道は素晴しいがゆえ、
その素晴らしさに溺れ、自らを見失ってしまう危険性を秘めています。

これも以前このホームページに書いたことがあると思いますが、
身近にハガキ道を実践されている人の中には、
実に心ないメッセージを送ってくる人がいます。

心ないとは、ひどいという意味ではありません。
そこに心がないという意味です。

ハガキのよさは、相手に深く感謝の意を伝えることであり、
そこには当然いい言葉しか書きません。
それが写経をするように己の心に染み込み、
自然と感謝できる自分になるという功徳があるのですが、
あまりにも感謝の言葉を書きすぎてしまうと、
それがあたかもひとつの記号のようになり、
言葉に心が乗らなくなってしまうのです。
慣れとは恐ろしいものです。

人はみな超能力者です。
いただいた文面を一読すれば、
それが言葉だけのものなのか、
あるいは心の奥からにじみ出てきたものなのか、
瞬時に判断することが可能です。

心のこもらないハガキをいただいても、
まったく嬉しくないばかりではなく、
ハッキリ言って迷惑です。

表大なれば裏大なり、
素晴しいものほど魔が潜んでいます。
真(ま)は魔(ま)に通じるのです。


そんなことを考え、心がけていることが二つあります。
ひとつは、メッセージはその相手に向けたものを書くということです。
たまに名刺交換をしたセールルスマンの方から、
宛名さえ変えれば、誰に出してもおかしくないようなハガキが届くことがあります。
「先日は○○の会でご縁をいただき、ありがとうございます。
 皆様方の素晴しい情熱に接し、ますます・・・。
 これからもご指導の程、よろしくお願いいたします。」
こんなハガキをもらっても、負担になるだけで、まったく嬉しくありません。

ハガキは自己満足のために書くのではありません。
相手に喜んでいただくのが目的です。
そのためにも、たとえ短時間の名刺交換のお礼のハガキであったとしても、
文面には必ず相手その人に宛てたメッセージを書くようにしています。

それともうひとつ心がけているのは、
言葉に思いが乗らなくなることを防ぐため、
きれいで流ちょうな言葉よりも、
自分の思いに正直な言葉を選んで書くようにするということです。

小学生の書く作文は、文章は下手でも心の感じられるものが多くあります。
それと同様に、多少ぎこちない表現でも、
己の心を見つめ、それを的確に表している言葉を選ぶように心がけています。
それはそれを心がけることが、心を込める唯一の方法だと考えているからです。

2012.5.10 Thurseday


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