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ホームで感じたこと<2>


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海外から日本に戻ってくると、
これまで日本で当たり前のように思っていたことに違和感を覚えることがよくあります。
特にこれがインドのように日本の文化と大きくかけ離れたところだとなおさらで、
これは毎回必ず感じることです。

あまり文句ばかり言ってはいけないのですが、
昨日の日曜日、NHKテレビを視ていて、
そのリアリティーと整合性のなさにとても驚いてしまいました。

ずいぶん以前には大河ドラマを喜んで視ていた時期がありますが、
いつの間にかあまりにも作り話の匂いが強すぎるように感じ、
自然と視るのをやめてしまいました。

今はテレビを持っていないので、
テレビ自体をほとんど視ないのですが、
昨夜は知り合いの家に遊びに行っていたので、
そこで大河ドラマ「真田丸」を初めて見ることができました。

セットはすべてきちんとした時代考証の元に作られているのでしょうが、
そのスタジオの中に作られたセットがあまりにもキレイすぎ、
まったく自然の息づかいというものが感じられません。

またそこに登場する功成り名を遂げた戦国時代の武将たちならば、
必ずや大地に根ざした強い生命感といったものを
全身から発していたであろうと思われるのですが、
出ている役者の体からはそういった空気感はまったく感じられず、
ただ口を動かして台詞を言っているだけといったふうで、
オーバーな表現ではなく、
まるで人形劇を視ているように感じました。

ただ役者の中では唯一主役の堺雅人だけが
全身から漲る活気のようなものが見て取れて、
やはり一流の芸を持った役者は存在感が違うのだということを知りました。

その後は午後9時から生誕三百年を迎えた
天才絵師 伊藤若冲(じゃくちゅう)の特集を視て、
その細密で、きるで生命が宿ったかのような鮮やかな絵の数々に、
日本の持つ基底文化の奥深さを感じ、心動かされました。



けれどその絵の素晴らしさに対し、
解説をするナレーションがまったくいただけません。
若い女性の暗く沈んだトーンで、語尾に締まりがなく、
その女性の下腹部や体幹にはまった力がこもっていないのが、
その声から容易に察することができました。

調べてみると、女優やファッションモデルをする二十歳の女性のようですが、
彼女の声と伊藤若冲の絵には共通する要素が何ひとつなく、
なぜ彼女をナレーションに選んだのかまったく理解することができません。

これはその女性を批判しているのではなく、
キャスティングが意味不明だと言っているのであって、
このことにもし違和感を感じなかったのであれば、
それはどこかの感覚が狂っているとしか思いようがありません。


いつも文明批判のようになってしまうのですが、
人間はどんな素晴らしい文明を築いたとしても、
自然の一造物であることに変わりありません。

自然、生命、これは人間存在の原点であり、
それを忘れ、その原点をテクノロジーでコントロールしようとしたならば、
必ずや大きなしっぺ返しを受けることになるでしょう。

素晴らしき文明の喜びを享受するためにも、
原点であり、その対極である自然や生命のあるがままの姿を
見つめ続けていかなければなりません。


今回はいつものようタミルナド州三ヶ所のホームを回ったのですが、
それとは別に、日本企業に勤め日本語の少しできるスシルに、
チェンナイの街中にある小さなホームにも少しだけ連れて行ってもらうことができました。

ごちゃごちゃとした街中にある建物は、
男の子がいる建物と女の子が暮らす建物が別々の棟として隣接しています。
スシルには女の子のいる棟に連れて行ってもらったのですが、
そこに入ると、上のフロアーからちっちゃな女の子たちの顔が
いくつものぞいているのが見えました。



最初は恥ずかしがってちらっとしか見てくれなかったのですが、
笑顔で手を振ったり手招きしたり、カメラを構えて撮るポーズをしていると、
少しずつ警戒心を解いてくれるようになりました。

先生の呼びかけでみんな下に下りてきて整列しても、
珍客の来訪にみんなとても嬉しそうにしてくれます。



ここのホームではこんな小さな女の子たちとしか会えませんでしたが、
彼女たちを見ていて、
二ヶ月前に行った広島のホームの子どもたちのことを思い出しました。

広島の山奥にあるホームは、
三歳児ぐらいから中高生まで数十名の子どもたちが暮らしていましたが、
中高生の大きな子は、近寄っても特に視線を合わせることもなく、
何か心の中の暗い影のようなものを感じさせられました。

それは日本の社会の問題でしょう。
施設で暮らさなければならないというのは、
今の日本の社会、学校生活に於いて、やはり辛い経験なのだと思います。

けれどそのホームにいた三歳から幼稚園児の子どもたちは、
このチェンナイのホームのちびっ子たちと同じように、
最初はちょっと警戒してニコニコして見てくれるだけでしたが、
一人の子と握手したのをキッカケに、
そこにいる全員の手が伸びてきて、
あっという間にみんなが抱っこして欲しいとせがむようになりました。

子どもの持つ本質は日本もインドも変わりません。
それはまだ社会に毒されていない幼い子どもたちを見ていて感じます。
けれどそこから年齢を重ね、社会や学校で様々なことを経験するようになると、
その影響を強く受けるようになり、
残念なことですが、日本のホームで暮らす大きな子どもたちからは、
インドのホームの子どもたちのような笑顔を見ることはできませんでした。



幼い頃の純真な心をいつまでも持てるような、
そんな社会にしていかなければなりません。


今回はインドのホームにサッカーボールを7個持って行きました。
同行してくださった飯田さんが、
元サンフレッチェ広島の総監督であった今西和男さんの高校時代の後輩なので、
そのご縁で、今西さんがFIFA公認の公式ボールを7個も寄贈してくださったのです。



サンフレッチェ広島は昨年日本一にもなった名門チームですので、
このことをできればインドの地元紙に記事にしてもらいたいと思い、
いろいろと問い合わせてみたのですが、
残念ながらサッカー(フットボール)はインドではマイナースポーツで、
どこも関心を持ってくれるところはありませんでした。

インドではホッケーのラケットのようなものでボールを飛ばすクリケットが
最も人気のあるスポーツです。
またバレーボールも子どもたちや大人がしているのをよく見かけますが、
熱帯のインドでは、広いフィールドを駆け回るサッカーは過酷すぎるようです。

サッカーボールを子どもたちに渡しても、
それを蹴るのではなく、キャッチボールをしたり、
バレーボールのように使ってしまい、
せっかくの公式ボールもその価値を発揮しづらいようでした。

けれど子どもたちがボール遊びが好きなのは日本と変わりありません。
日本からサッカーボール以外のボールもいくつか持っていきましたが、
インド製のボールは質があまりよくないので、
どのボールもとても人気でした。

それでも持っていったボールは数が知れているので、
インドでも店でいいのを見かけるたびに買い求めるようにしました。
値段は日本円で20円から50円といった程度です。

このスマイルマークのボールはインド製ですが、
空気式ではなく、すべてが堅めのスポンジ素材で作られていて、
とてもよかったです。



けれどどんなものでも子どもたちはとても喜んでくれて、
横で見ていて渡した方もとてもハッピーな気持ちになります。

これはボールではないのですが、
万華鏡をのぞいているところです。



この万華鏡はインド最南端コモリン岬の土産物屋で買ったもので、
ほとんどの子どもたちが万華鏡を見るのは初めてだったようで、
その不思議な色彩世界に魅了されていました。


たいしたものではありませんが、子どもたちに喜ぶものを与え、
初めてのことを経験させてあげるのは、
子どもたちにとっても自分にとっても喜びです。

けれどそれが本当にいいことなのかとうなのか、
いつも考えてしまいます。
たぶん考えて答えの見つかるものではないでしょうし、
答えそのものがないようにも思えます。



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