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生き方のお師匠さん<3>

Sさんと親しくお付き合いいただいたのは10年間ほどです。
その間いろんなことを教わりましたが、
今振り返ってみれば、それはふたつの言葉で言い表すことができます。

  素直になりなさい。
  自分を愛しなさい。

このふたつの言葉をSさんから何百回、何千回と聞かされ続けました。
それだけ繰り返し言われ続けても身に付かない、実行できない、
そんな当時の自分があったのです。

素直になるということ、自分を愛するということ、
これは突き詰めれば同じことかもしれませんが、
あの頃の私は、このきわめて簡単な生き方の根本であり、
かつそれだからこそ難しいこのふたつのことが、
高い高い頂の上にあるお城のように感じました。

もがき苦しむように生きていたあの頃から今に至るまで、
どのようにしてこのふたつのことが自然と身に付いていったのか、
今となっては正直よく分からないのですが、
苦しみながら少しずつ身に付けていったとしか言いようがありません。


当時は日々最底辺の土木の仕事で汗を流し、
最初の頃は肉体的にもかなりきつかったのですが、
それ以上に罵声の飛びかう感情的な世界の中で、
精神的にとことん打ちのめされてしまいました。

そのお陰でずいぶん精神が鍛えられ、
肉体で思考するという感覚が体で分かるようになりました。
また今だから分かるのですが、
当時の私は心がまったくオープンではなく、
「守るべき自分」というものを強く持ちすぎていました。
いわゆる「自己ちゅー」というやつです。

私は自分が悪いと思わなかったら絶対に謝りません。
相手が元請けの社員や先輩でも、おかしなところがあれば平気で文句を言い、
反抗的な態度を取っていましたので、
よく怒鳴られたり殴られたりしました。

たとえ殴られてもそれで態度を変えることはないのですが、
私は体が大きいので、
一発殴られても、二発目が飛んでくることはありませんでした。
もし私が小柄でケンカの弱そうな人間なら、
たぶんボコボコにされていたと思います。


またあの頃はよく山に登りました。
休みの日は必ずといっていいほどリュックを背負い、
近場の山に登るのが楽しみである以上に心の救いでした。

今でも当時と変わらず山が好きですが、
「どうしても登らなければ」という気持ちがわき上がってこないので、
なかなか足が遠くなっています。

あの当時は山に登って自然と触れ合わなかったら、
たぶんまともな精神状態を保てなかったのだと思います。
Sさんからはよく
「あんたは山に瞑想しに行ってるんやね♪」と言われてました。

山の頂上から遠くに続く山並みを眺めていると、
心の奥から安堵感がわき上がってきて、
生きていることに対する絶対的な安心感のようなものに包まれるのです。

そしてそれを感じながら、また月曜日からの仕事で
「おっどりゃ〜、すっどりゃ〜」の世界に戻らなければならないのかと思うと、
心の中がズッシリと重苦しくなってきました。

それが当時の私にとってのハレ(非日常、山登り)とケ(日常、土木作業)の
世界です。


大きな苦しみを抱えていたから、
なんとかしようと解決策を模索し続けたのでしょう。
そのためのフィールドとして与えられた(または自分が創造した)のが、
私の場合は、最も苦手とする土木作業の現場であり、
自然との触れ合いでした。

素直になれない、自分を愛せない当時の私にとって、
「すべては自分が創造したもの」という考え方は、
知識としては知ってはいるものの、到底体で受け入れられるものではありません。

自分に絶望し、過去の自分の歴史を恨み、
与えられた環境に不満ばかりを感じていました。

もちろんそんな思いは普段口にすることはないのですが、
とことん追い詰められるとついそんな言葉が本音としてこぼれ落ち、
それをSさんから指摘され、
そのたびに諭されるというようなことを繰り返していました。


もっと具体的に、
私が自分に素直になり、自分を愛するということを
身に付けた過程を書ければいいのですが、
本当にいろんなことを経験し、その中で自然にという表現しかできないのです。

その間、気功や呼吸法もやっていたし瞑想もやりました。
また偉い先生のお話もたくさん聞いたと思いますが、
やはり最も心の修養となったのは、
厳しい土木の現場での経験と自然との触れ合いです。

それと今ここまで書いていて思い浮かんだのですが、
私が健康法の中で最も大切であると考えている「体との対話」
この影響は大きかったですね。
こんなに自分の心と体を直接結びつけ、自分を慈しむ方法は他にありません。
これは是非是非やっていただきたいです。


素直になる、自分を愛する、
これは私にとって過去最も大きな人生の課題であったと同時に、
今を生きる多くの人たちが抱える苦しみを解決するために、
獲得しなければならない最大のテーマです。

自分が何かの課題を克服すると、
次は同じ課題を抱えた人が自分の所に引き寄せられ、
その解決へのアドバイスをすることによって、
自分の中にそのテーマがより深く入ってくるということがよくあります。
これはひとつの循環という宇宙の法則です。

私のところにはほぼ毎日のようにいろんな方からメッセージが届きますが、
その多くの方が何らかの悩みを抱え、
その原因のほとんどすべては、やはり、自分に素直になる、自分を愛する、
このふたつのことに起因します。

けれどもそうなってしまうのは致し方のないことでしょう。
今の社会は、自分に素直にならない、自分を愛さない、
つまり社会から与えられた規範を絶対ととらえ、自分に常に不満を持つ、
これが原動力となり発展していくという基本原理を持っているのですから ・・・。

素直になる、自分を愛するということは新たなる自己発見であり、
これからの大転換期における社会をよりいい方向に導く原動力ともなるのです。


私がもがき苦しんでいた頃からもう十数年が経ちました。
あの頃と今とではまったくと言っていいほど世の中の流れが変わりました。
時代のスピードは加速度を増し、
聖なるものも邪なるものもどんどん表に出てきています。

あの当時私が苦しんでつかんだものも、
今だったらもっと簡単に手にすることができるでしょう。
「思い」さえあれば、その種はより早く実りを得ることができるようになっています。

私も歳を重ね、自分が苦しんでいた頃に出会った
あの当時の「人生のお師匠さん」とほぼ同じ年齢になってきました。
現在の私の力量は、
あの当時のSさんとは比べることのできないほど微々たるものですが、
できる範囲で、自分が手にした経験と知恵を
人様のお役に立てさせてもらえればと考えています。

まずは一歩ずつ、ともに、です。

そうそう、そういえば、この “一歩ずつ” も “ともに” もSさんから教わったものでした。
感謝です♪

2011.2.28 Monday  
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