SPレコードのリアリティー

二十数年オーディオを趣味としてやってきて、これまで様々なステレオの音を耳にしてきました。しかし先日生まれて初めて聴いたSPレコードの音はすごかった・・・。
あの実在感溢れる音は正に本物の迫力です。

ある寒い日曜日の朝早く、オーディオショップ・カイザーサウンドの貝崎さんよりお電話をいただき、「佐賀のお客さんのところへ商品を納入に行くけど一緒に行く?」とのこと。
その日は特に予定がなく、佐賀県にはこれまで足を運んだことがなかったので二つ返事でOKしました。

着いたところは佐賀県伊万里市、焼き物で有名な風情のある街です。連れて行っていただいたM氏邸のリスニングルームは40畳はあろうかという豪華なもの。世界の銘機がずらりと並び、こんな立派なステレオで音を聴くのは初めてです。もちろん出てきた音は音楽性豊かで気品のある豪華なもの。知的な紳士であるM氏のお人柄が音に出ているようで、何を聴いてもリッチな気分になってきます。

リスニングルームの一角に四角い大きな箱がありました。年代物のSPレコードプレーヤーで70年以上も昔のものだそうです。しかし手入が十分に行き届いていて塗装がピカピカに光り輝き、愛情込めて扱われているのが一見して分かります。

豪華な蓄音機

高級家具の様なSPレコードプレーヤー 
(左側)

右側はSPレコード収納ボックス

豪華な蓄音機

ホーンの先端部に針があり、その針の機械振動をホーンで空気振動に変えます。

針は一曲毎に交換します。

SPレコードを聴くのは生まれて初めてだったのですが、音を聴いて心底びっくりしました。その音のエネルギー感、実在感、生々しさは現代オーディオの比ではありません。音が聴き手に向かって突き刺さって来るのです。

そしてその音量の大きさは、これをステージの上に置けば大ホール全体に音を響かせることができそうなぐらいです。SPレコードの溝を針先で捉え、その振幅を金属のホーンで増幅するだけでなぜこの様な大きなエネルギーが取り出せるのか、全くもって不思議としか言いようがありません。

思わず立ち上がり、プレーヤーの周りを見回してしまいました。電気のコードが出ていないかどうかを調べるために・・・。

しかし音が大きく感じられるのは正面の当たりだけで、側面に廻ると途端に音量が下がって聴こえます。つまり実際に音が大きいのではなく、体に感じる音のエネルギー感が強烈なのです。

エルビス・プレスリー、ロカビリー、クラッシックと色々なジャンルの音楽を聴かせていただきましたが、どれも音楽の持つ本質エネルギーを余すことなく伝え、抜群のノリと臨場感です。

もちろん現代のオーディオ機器と比べると周波数レンジが狭く、歪も感じられ物理特性では欠点が多々あるのでしょう。しかしそんな欠点をものともしない音の実在感は音楽を聴く上で何よりの説得力となります。

M氏邸のステレオもその日はどんどん進化をしました。午後の一時に訪問して、14時間半後の翌日午前3時半まで、貝崎さんが十数本あるケーブル類の方向性を揃え長さを調整したり、スピーカーの位置を微妙に変えたり・・・。

しかしステレオの音がいかによくなり美しい音に進化していっても、その音楽の本質を伝える力といった面ではSPレコードの足元にも及びません。

その作業の途中、トロやイクラののっかっている美味しいお寿司をご馳走になりました。
M氏ご夫妻と貝崎さんと4人でいただきましたが、私一人で5人前の内3人前ほど食べてしまいました。M氏ご夫妻、ご馳走様でした!

SPレコードが一般の人の前から姿を消して数十年、その間オーディオはどの様に進化してきたのでしょうか。物理特性、数字ばかりが向上し、本質を見失ってしまったのではないのでしょうか。

現代オーディオの音を視覚的に表現すると解像度の高い写真の様です。実物と非常によく似ていますが、実物と見間違うことは決してありません。それに対してSPレコードの音は紗のカーテン越しに実物を見ている様です。多少輪郭はぼやけていますが、見ているものは実物に他ならないのです。

現代のオーディオは、録音スタジオのマイクロフォンからリスニングルームのスピーカーまで、音楽情報が電気という媒体を通してとてつもなく長い旅をしてきています。その間物理特性という数値の世界での姿かたちは劣化しなくても、その本質の音楽的感動を司る最も大切な部分が欠落してしまっています。

あえて誤解を恐れずに表現するならば、現代オーディオの音は『仏作って魂入れず』という状態になってしまっている様に感じました。電気振動という便利な媒体に頼るがばかりに、機械振動の持つ本質、役割りを忘れてしまっているのでしょう。

音は元々空気の振動であり、その空気の振動によってマイクロフォンの振動子を機械振動させ、そしてそれをマグネットを介して電気振動に変えています。

電気振動の便利さ、扱いやすさ、加工しやすさにあぐらをかき、その上位概念(?)である機械振動を軽視してきたところに現代オーディオに魂が抜けてしまった一因があるように感じます。

表面的な数字では表されない物の本質の大切さ、私の倍ほどの長い人生を生きてきたSPレコードから教えてもらいました。




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