オーディオの旅・伊万里
2月18日(土)、昨夜からチラチラと雪が降るとても寒い朝です。
午前8時前、我家から自転車で20分ほどのところにある
ローゼンクランツの貝崎静雄さんの自宅兼店舗に行きました。

今日はこれから私も使っているローゼンクランツの最新スピーカーRK-AL12/Gen2と
アンプを納品しに佐賀県伊万里市に向かうので、それに同行させていただきます。

広島五日市インターから山陽道を入ってすぐ、
沿道の木々は見事な樹氷を形作っています。



途中雪が降ったり止んだり、
高速で走る車のフロントガラスには、
雪の粒が美しい弧を描くようにして目の前をかすめ去って行きます。



こんな雪粒の動く様子も、
音楽のリズムや流れを大切にする貝崎さんには、
とても大切な研究テーマです。

『自然にあるすべてのものが学びの材料』、
オーディオは、そのことを音や音楽として如実に表してくれます。

外の空気は冷たくても、暖房の効いた車の中は快適です。
しかも貝崎さんの愛車であるフランス車プジョー407SWは、
最高の音響環境が作られていて、
流れてくる音は普通のカーステレオの音とは異次元のものです。



フロントドアにスピーカーがあり、その上に木彫りのフクロウが乗っていますが、
これも音の響きに大きな影響を与えるのです。

普通カーステレオのいい音というと、
ドンドンバンバンと膨らんだ迫力ある重低音の響きを思い浮かべますが、
貝崎さんがチューニングしたこのプジョーのステレオの音は、
流麗な音楽の響きや流れを再現するとてもリアルなもので、
演奏家の感情表現が聴き手の目の前に迫ってきます。

その音楽と自然な挙動で路面の上を滑るように走るプジョーの乗り心地は、
とてもマッチしています。


広島を出発して4時間、
目的地の手前にある金立SAで鹿児島のTさんと合流しました。

Tさんも大のオーディオマニアでありローゼンクランツの長年のユーザーです。
十年ほど前、貝崎さんとともに鹿児島のTさん宅を訪ねたことがあり、
お会いするのはその時以来二度目です。

笑顔の素敵な店員さんのたくさんいるSAのレストランで食事をし、
二台の車で伊万里に向かいます。
SAからは貝崎さんはTさんのルノー・ルーテシアを運転し、
Tさんは貝崎さんのプジョーのハンドルを握ります。
お二人とも車には相当の思い入れがあるのです。

私はTさんとともにプジョーに乗り、
伊万里までの一時間余り、楽しい会話を楽しみました。
同年代のTさんは博識で趣味も共通していてとても楽しい一時でした。


午後2時過ぎ、目的地である伊万里の瀬兵窯に着きました。
伊万里は伊万里焼で有名な陶器の町です。
  <伊万里焼窯元 鍋島焼 大川内山 瀬兵窯公式サイト>



ここに今回ローゼンクランツのスピーカーとアンプを注文し、
オーディオの音を劇的に改善する瀬兵音鏡の制作者である
オーディオマニア高麗(旧姓 吉永)誠さんがおられます。



高麗さんが仕事をしておられるデザイン室、
その前に止めたプジョーとルノーです。



デザイン室の中は焼きものの粘土や松ヤニの和風な匂いがしていて、
なんだかとても懐かしい気分です。



これが陶芸家の高麗誠さん、写真は瀬兵窯のホームページからお借りしました。



高麗さんが作られた見事な唐子人形です。



「やっぱり作った本人と似るんだな〜」とみんなで大笑いしました。
口は悪いですが、裏表のないストレートさがいい関係を保つ秘訣です。

貝崎さんがステレオをセッティングしておられる間、
高麗さんがTさんのルノーを運転してみたいと言われるので、
私も助手席に乗せてもらい一緒に外に出ました。
Tさんのルノーは日産マーチなみの車体ですが、
2リットル172馬力のスポーツタイプです。

瀬兵窯から少し坂道を上り、
国の史跡指定にもなっている石畳の美しい大川内鍋島窯跡を通ります。



写真を撮り忘れたので、これはネットから拝借したイメージですが、
こんな風情のある土地だからこそ、きれいな陶芸作品が生まれるのでしょう。

大川内鍋島窯跡を過ぎ、瀬兵窯から5分も走っていないのに、
道路や道の周りは雪景色へと変わりました。



伝統工芸の技術を守り抜いている高麗さんもとても深い世界をお持ちの方で、
一種神がかりとも言える神秘的なお話の数々にとても興味をひかれました。


デザイン室に戻ると、貝崎さんはスピーカースタンドを組み立てておられる最中です。
音がよく鳴るよう慎重に組み上げておられます。



以前はいろんな荷物が置かれていたという少し高くなっている舞台のような板の間は、
ステレオを設置するためにきれいに片付けられていて、
そこにアンプとCDプレーヤーを直置きします。



アンプは元は中国製の4万円ほどの真空管プリメインなのですが、
貝崎さんが配線の取り回し等に手を入れたモディファイしたモデルで、
販売価格105,000円です。



このアンプが中国製らしからぬ素晴しい音を出し、
とても評判がいいのだそうです。

CDプレーヤーは高麗さん手持ちのパイオニアDV-747A、
11年前発売のDVDオーディオも聴くことのできるものです。



ピンケーブルはベルデンの長いもの、
スピーカーケーブルはローゼンクランツの弟ブランド ミュージックスピリッツの
スイングを切ってつないで改造したものです。


まずは上の写真にあるアート・テイタムとベン・ウエブスターのジャズから聴き始めました。
とても開放感があり骨太の音が広い空間全体に朗々と響いきます。

貝崎さんはほとんど瞬時にスピーカーを置く最適のポイントを見つけ出されますが、
そのセッティングも功を奏しているのでしょう、
よく響く床全体もスピーカーから出る音を後押しし、大きな音場空間を作り出しています。

この迫力はとても小さなフルレンジスピーカー一発から出ているとは思えません。
けれどもこの音像が必要以上に膨らまず、
鮮度の高い音の響きはフルレンジならではのものです。
この音は、動きの鈍い大口径ウーファーの低音を理想の音だと考えておられる方には
違和感かあるかもしれません。

高麗さんは、「音の立ち上がりと、それが少しずつ消えていく様がきれいだ」
と言われていましたが、
それは私がこのスピーカーを家で初めて聴いた時の印象と同じです。

カザルスのベートーヴェン、フラメンコ、私が持ってきたカーペンターズ、
いろんなディスクを取り替えながら試聴していきますが、
リアリズムあふれる音は何を聴いても圧巻です。


一時間ほど試聴した後、今度はアンプを別のものに取り替えます。
別のものと言っても元は中国製のまったく同じアンプで、
中の手の入れ具合が違うのです。



モディファイされた105,000円のアンプに更に手を加え、
ローゼンクランツの持てる技術をすべて注いで作り上げたものです。
ただし真空管を換えた以外中の部品はそのままです。

当初はこのアンプを157,500円で販売しようと考えていたのですが、
音が想像を遙かに超えてよく鳴るようになり、
100万円以上のアンプにも負けないものとなってしまったので、
販売価格を210,000円にしようか思案しているところだとのことです。

今回はそのことも含め、みんなに比較試聴することも大きな目的です。

アンプの配線を付け替えながら、
「こんどのアンプは前のものより三倍はいいからね〜」
と貝崎さんの解説が入ります。


音が出た瞬間、その迫力に圧倒されます。
素晴しいと感じていたリアリズムにさらに磨きがかかり、
イントロが流れ、人の歌声が聞こえた瞬間に体がブルッと震えてきました。

たぶんこの二つのアンプは、
周波数特性や歪み率、トランジェント(音の立ち上がり)といった物理的数値には
ほとんど差がないものと思われます。

けれど二つのアンプを比べると、高音が、低音がという以前に、
根本にある音の力がまるで違います。
音の鮮度がさらに上がり、空間表現力も向上し、
フラメンコの曲を聴くと、演奏している舞台の様子がよく分かります。
カザルスの音にも悲壮感が漂い、録音された時の緊迫感がこちらに伝わってきます。

貝崎さんはこのアンプを100万円以上のアンプと同等の実力と言われますが、
複雑な回路を持つ高級アンプにこの音の迫力と豪華さは演出できても、
ここまで鬼気迫るリアリズムを表出することは難しいでしょう。

今このアンプ、ステレオから流れている音は、
まるでよく研いだ大きな鉈(なた)で丸太を一気に断ち切るような、
そんな鮮烈さを持っています。



次々とディスクを変えて出てくる音に、みんなが興味津々です。




貝崎さんがネットで買われたというガンダム柄の湯飲みを出されました。
これは各部分の寸法が理想のカイザースケールで、
これを使えばいい音が作り出せるとのことです。

高麗さんが湯飲みを床の上の共振ポイントとなるところに置きました。



最適の場所に置いた湯飲みは床の響きを拡散する働きをして、
ステージイメージが一気に広がります。
そして面白いことに、同じ場所にこの湯飲みを逆さまに置くと、
音はその瞬間に縮こまってしまうのです。

高麗さんは、この湯飲みをより理想化してものをきっと作ってくださるでしょう。


けれどリアリズムあふれる音を鳴らすこのステレオが最高のものかというと
決してそうではありません。

伊万里に向かう貝崎さんの車の中で聴いたジャズのアルバムを聴きました。
最高のカーステレオで聴いたその音は、
円熟した技量を持つメンバーたちが余裕を持ってアンサンブルを楽しみ、
二本のギターが互いに会話をするかのように呼応し、
音楽にのってひとつの大きな流れを作り、
そのゆったりとした流れがとても心地いいものでした。

その最高の音、音楽が記憶の中に残っているので、
このステレオから出る音は、平板で流れるのないものに聞こえてしまいます。

音楽における瞬間の音そのものの質感は、
アンプやスピーカーといった各機器の実力に依存するところが大きいのですが、
音楽全体のリズムやハーモニー、流れといったものは、
ケーブル、インシュレータを含めたすべての機器の実力、
そしてその関係性に大きく影響を受けるのです。

ここでCDプレーヤーとアンプをつなぐピンケーブルを、
ベルデンからローゼンクランツのPIN-RGB/0.5に換えてみました。

これだけで音の流れは随分と流麗になり、リズム感も増してきます。
まだ貝崎さんの車のカーステレオの滑らかさには届きませんが、
音の持つ性質の奥深さを感じさせます。


最後の試みとして、スピーカースタンドにスパイクとスパイク受けを加えました。





これは見た目も美しく、スピーカースタンドと床材という木材同士の間に
異種材質である金属が入り込むことによって、
響きの透明感が増し、音の余韻がより一層美しくなりました。

限りなく向上する音を体感し、そこから様々な法則を感じ取るのはとても楽しく、
深い学びのあることです。


素晴しくモディファイされたアンプは鹿児島のTさんが購入され、
翌日自宅のシステムにつないでたっぷりと新たな世界を楽しまれたそうです。
そのTさんからいただいたメールの一部です。

例のアンプをセットしたところ、
いきなり次元の違う音世界が展開しています。
今晩眠れるやろか・・・。

あのアンプでオペラを聴きますと、
今まで普通の劇場で歌っていた歌手が、
まるでパリオペラ座かミラノスカラ座といった大舞台に立ったが如く表現力が上がります。

このアンプは真空管アンプにありがちな懐古的なところが外観にも音にも一切なく、
潔さを感じます。


とのことです。


夜は瀬兵窯の社長さんに伊万里牛の美味しい店に招待していただきました。
柔らかくて味わい深く、甘みを感じる最高の牛肉でした。



その後は四人で波佐見町にあるジャズ喫茶DOUGに行きました。



こういったジャズ喫茶に行くのは久し振りです。
マスターの立石さんは昼間は陶芸用の印鑑を作られていて、
夜だけ店をオープンしておられます。
こんな田舎街にあるジャズ喫茶は本当に希少です。

私はカウンターに座り、
往年のオーディオ銘機の話をマスターとさせていただきました。

少しスピーカーの位置がずれているということで、
貝崎さんがスピーカーの位置調整をしています。



22、3ミリずれているということで、
その位置に貝崎さんが手持ちのカードを置いています。

貝崎さんは最初の音を聴いただけで、
どこが理想の位置で、どれだけずれているかが分かるのです。
熟練の為せる技です。


その夜は伊万里のホテルに泊まり、
翌朝9時にホテルのロビーで待ち合わせをしました。

その時にTさんと会えるかと思っていたら、
Tさんは一刻も早くアンプの音が聴きたいらしく、
一足先に鹿児島に向かわれたとのことでした。
その気持ちよく分かります。


貝崎さんと二人で、次の目的地である北九州市に向かいます。
伊万里から北九州までは車で一時間ちょっとで行けるはずだったのですが、
なんと朝から九州道は雪のために通行止めです。

しかたなく渋滞する一般道を通りましたが、
北九州まで5時間あまりかかりました。

北九州の小倉にあるスーパーオートバックスに着きました。
ここにカーオーディオのパーツを納品し、
マニアの方たちに貝崎さんの車の音を聴いていただくのが目的です。



到着時刻が大幅に遅れたにも関わらず、
何人かの熱心なマニアの方たちが店で待っておられました。

約三時間、マニアの方たちに音を聴いていただき、
最後は店の中にあるデモスピーカーを貝崎さんが調整しました。

貝崎さんがスピーカーの音を聴き、
ウーファーやツイーターの理想的な向きを探り、
店員の方がその指示通りにユニットを付け替えます。

左右のスピーカーボックスを入れ替え、
ネジの締め具合も調整し、
そのたびごとに音は開放感を増してきます。

音が変わるというよりも、音の響きや力が増し、
よりストレートに持てる力量を発揮するようになるといった感じで、
騒々しい店内でも、このステレオの音だけが浮き上がって聞こえます。

野球やゴルフで真芯をとらえて打たれたボールは、
軽く当たっただけでも勢いよく遠くまで飛んで行きます。
音にもそれと同じ事があるのです。

それらをほとんど手を触れることなく、
音を聴くだけで判断してしまうのですから、
貝崎さんの技術たるやすさまじいものです。

これは名人芸を通り越した達人の技でしょう。
まったく知らない人が見たら、
なんともうさん臭いものに映るかもしれません。


日が沈みかけた頃、小倉の店を後にして広島に向かいます。
高速道路は順調に流れて、ビル街の明かりが輝くようにきれいです。

今回も音を通してたくさんのことを学びました。
外は零度に近い寒さですが、心の中はとてもホットになりました。 (^o^)v

2012.2.20 Monday  



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