研ぎ澄まされた音の響き
「親愛なる母上様」の加藤りつこさんから
「左手だけでピアノを演奏する智内威雄さんをご存じですか」と尋ねられ、
智内さんの演奏するバッハのDVDを観させていただきました。

左手のピアニスト 智内威雄

障害を持ち、片手でピアノを演奏するピアニストがいるということは、
以前から何度か雑誌の記事で読んだことはあったのですが、
その演奏を耳にするのは初めてのことです。

たしか以前読んだその記事には、
左手だけで演奏をするその音楽に賞賛の言葉が並んでいたのですが、
ピアノという音域、表現力の幅のある楽器を片手だけで操るというのは
当然のことながらきわめて至難の業です。

その演奏がいくら素晴らしいとはいっても、
それはきっと “左手だけにしては・・・” という限定された条件下での評価なのだろうと
自分なりに解釈していました。


DVDに収録されている曲はバッハが作曲し、
それをブラームスが左手だけでピアノ演奏できるよう編曲した「ジャコンヌ」という曲です。

最初のクレジットの後、スタインウエイの鍵盤がアップになり、
その上に静かに左手が伸び、厳かなバッハの旋律が奏でられます。
左手だけで演奏されるその音は、
当然ながら両手で弾かれるそれよりも音の数は少ないものです。
しかしそれが物足りなさにつながるのではなく、
ひとつひとつの音がより深い意味と、重みを持ち、
強烈な力となって聴いている私の耳に飛び込んできました。

本来のバッハの曲にあった多彩な音が “ムダなもの” では絶対にないのでしょうが、
ブラームスが編曲したこのシンプルな音のつながりが、
あえて “ムダをすべて排した” と表現したくなってしまうほど
智内さんの奏でるピアノの音は重厚で奥深く、
まさに “研ぎ澄まされた音の響き” と表現するにふさわしい名演です。

音楽におけるひとつひとつの音符には、
作曲者、演奏家の深い思いが込められているのだということを、
こんなに強く感じたのは初めてのことです。

智内威雄さんは幼いころからピアノを学び、音楽家の道を歩み、
海外に留学し、数々のコンクールや演奏会を体験している時に
ジストニアといいう病に冒され、右手の自由を失いました。
その後どのような葛藤があったのかは分かりませんが、
現在は「左手のピアニスト」として各地で演奏会をしておられます。

左手のピアニスト 智内威雄 公式サイト

DVDサンプル映像 Bach - Brahms : Chaconne

このDVDを家で何度も繰り返し聴いていますが、
最初に聴いたのは加藤さんのお宅、パソコンの画面、
そのディスプレイに付属しているおもちゃのようなスピーカーからでした。
それでも一聴しただけで、
智内さんのその並々ならぬ音の響きを感じ取ることができました。

音は絶対に嘘はつけません。
智内さんのピアノの技量、そしてその葛藤を精神的な糧として音楽の表現力を
向上させてきたその生き様が見事に彼の音楽の中に息づいています。
人間の死生観の最も深い部分を現しているバッハの楽曲を、
若い日本人男性が、しかも左手だけで描き出しているというのはまさに驚きです。

他の楽曲はどの様に演奏されるのでしょうか。
いつの日かきっと生の演奏を耳にする機会があると思います。
その日を今から楽しみにしています。


智内さんは各地で演奏活動をするようになる前、
加藤さんのお宅でホームコンサートをしたり、
しばらくホームステイをされていたそうで、
今もとても懇意にされています。

このDVDが収録されたのは、奈良の学園前にある学園前ホールです。
学園前にこんな立派なホールができているとは知らなかったのですが、
学園前は私が中学生の頃から暮らした懐かしい思いでの場所です。

学園前は私にとって思い出の場所であるだけでなく、
なんと加藤さんもこの学園前にしばらく暮らしておられたとのこと、驚きました。
しかも同じ学区です。

加藤さんの息子さん加藤貴光くんが阪神淡路大震災で被災されたのが、
西宮の夙川、ここは私の母の実家のあったところで、
私の本籍地でもあります。

不思議な縁のつながりに、目に見えない導きのようなものを感じます。
それに奥野勝利さんや智内威雄さんたち素晴らしい音楽家が関わってくださり、
こんな素敵なことはありません。

もう何十年と、音、音楽の深遠なる世界をさまよい続けてきましたが、
『観音様』の言葉の通り、音は人間が、
人間の内面奥深くの魂、あるいは霊と交流する最も尊い手段なのだと感じます。
そしてその思いは日々深まりつつあり、今は確信と呼べるまでに到りました。

素晴らしい音、音楽は、人を変える大きな力を持ち、
限りない幸福へと導いてくれるでしょう。

2008.12.22 Monday



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