我が魂の遍歴と新しい時代の理
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絶対

東洋の相対に対して、西洋は絶対というものを重んじます。
絶対、これはキリスト教、ユダヤ教、イスラム教等の一神教の概念に通じます。
また一神教(宗教)と対極の関係にある科学万能主義も、絶対という価値観においては共通しています。

私たち人類は、この地球上において巨大な力を有するようになり、人類の文明の発達は、私たちを生かしてくれている周りの自然環境を抜きにしては考えられなくなりました。
インターネットから発信された情報は、一瞬にして世界中を駆け巡り、電波メディアも刻々と移りゆく世界中の状況をリアルタイムに伝えています。
経済、食料、エネルギー、私たちが生きていくために必要なほとんどすべての資源や情報は、国境を越え、世界の国同士が深く依存し合っています。

人類がまだ未発達の時期、そしてある価値観の元に急速に伸びようとしている時には、絶対という強力な求心力(陽性)を持った概念は大きな力を発揮し、ひとつの方向に向って猛烈な勢いで進んでいくことができました。
けれども今のように巨大化、ボーダレス化し、翳りの見えはじめた文明の元に暮らす人類は、人と自然、自国と周りの国々等、自分たちと周りとの関わりを抜きにしては、その存在意義を問うことすらできないようになってきています。

ひとつのものを重んずる絶対は、ひとつの極に偏る危険性を秘めています。
科学文明の発達の代償として環境を破壊し、物質的豊かさを享受する代わりに心が荒み、自らの価値観を守るが故に多くの人々が血を流し、大きな時代が終わろうとしている今この時、物事を絶対視することによって生じた弊害が大きく露呈してきています。

相対がよくて絶対が悪いというのではありません。
ひとつの時代が終焉を迎える時、それまで主流だった価値観はマイナス面を表に現し、それをクリアーしなければ、新たな時代に入ることができないのです。

今は西から東、絶対から相対へという時代の波を受け、強い求心力を持った絶対という価値観から、周りとの共生関係、バランス感覚というものを重んじる相対的価値観へと確実に移ろいつつあります。

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