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ハミングは愛を伝える

かくばりゆきえ ハミング

6月初旬から始めたソウルシンク瞑想は、80日ほど経った今も心地よい感覚とともに日々続けています。
その中で、八呼吸ほどハミングをするパートがあり、「うーん」という蜂の羽音のような音とともに、鼻の奥から頭部に振動を感じています。

ソウルシンク瞑想におけるハミングの効果は、

  1. 一酸化窒素の分泌と血流促進
  2. 脳と自律神経の深いリラックス
  3. 思考のノイズ(考えすぎ)を静める
  4. ベータ波からアルファ波への脳波のシフト

と言われており、たしかにハミングによって集中力が高まり、その集中した意識がより研ぎ澄まされてくるのを感じます。

 

そのソウルシンク瞑想を始めてから数日後、広島市民平和の集いというイベントで、ハミング歌手のかくばりゆきえ(ユッキー)さんと出会いました。
<公式サイト – かくばりゆきえ>

広島市民平和の集い かくばりゆきえ

ユッキーはハミングを通して世界平和を実現したいと願い、毎年10月10日を世界同時ハミングデーと定め、広島でイベントを開催しています。

ユッキーは千葉県在住ですが、広島はお父様の故郷であり、世界初の被爆都市である大好きな広島から平和のメッセージを発信したいとの思いで、毎月広島に通って活動を続けていて、今年2026年10月10日も28,500人収容可能なエディオンピースウイング広島を会場として行なわれます。

この巨大なサッカースタジアムを個人で借りてイベントをしたのはユッキーが初めてとのこと、しかも千葉から広島に通ってきて・・・、その志の高さと行動力には敬服するしかありません。

これからはワンネスの時代、同じ思いを持つ多くの人をつないでいくこと、それが世界を大きく変えていく鍵だと考えます。
その手段となるハミングとは何なのか、これまでまったく考えたことのないテーマでしたが、今感じていることを個人的な思いを含めて書いてみます。

 

歌は世界をつなぐ

歌で互いの心をつなぐということでまず思い浮かぶのが、大東亜戦争当時、日本軍とイギリス軍がともに互いの陣地から「埴生の宿」を口ずさんで心をひとつにしたという物語「ビルマの竪琴」です。

ビルマの竪琴

下の動画は「ビルマの竪琴」ではなく、「火垂るの墓」のワンシーンに「埴生の宿」を挿入したものです。
ここで清太と節子の二人が身を寄せている防空壕は兵庫県西宮市の夙川で、ここは母が生まれ育ったところであり、自分の本籍地です。
そんなこともあり、これは涙なくして見られません。

なぜこの英語の歌詞の「埴生の宿」がこんなにも日本の戦時中の風景とマッチし心震わせるのか。
これが音楽の持つ力なのでしょう。
素晴らしい音楽は国境を越えてしまいます。

 

インドでも、施設の子どもたちから日本の歌を歌って欲しいとよく言われます。
そんな時はいつも童謡を歌い、ある時「椰子の実」を歌ったところ、

~ 名も知らぬ 遠き島より 流れよる 椰子の実ひとつ ♪~

というその歌詞と目の前にいる子どもたちの境遇が重なって胸が詰まったことがあります。

世界中、どんな国でも歌が嫌いという民族はほとんどないと思います。
その歌が互いに知っている歌、一緒に口ずさめる歌、また親しみが持てるメロディーであれば、心をひとつにできるでしょう。
その意味で言葉の壁を越えたハミングは、さらに多くの人の心に自然と溶け込んでいけるものだと感じます。

10月10日のイベントでは、ネットを通して世界56カ国とつながる予定です。
それができるのは、ハミングの持つ普遍性があればこそです。

 

波動の時代

「新たなる生命の時代」で述べているように、この時空の基本法則は、共生循環フラクタル、この三つです。
共生の基本は陰と陽二つのバランスであり、それは量子力学的事実と合致します。

量子という物質の最小単位は、粒子性と波動性、二つの性質を併せ持っていて、これは陰陽の関係です。
陰陽は、常にバランスの取れた安定した関係になることができず、その不安定な状態ゆえに循環し続けています。
この法則については「陰と陽」の中で詳しく書いています。

その関係性を端的に示したものが二重らせんであり、これは遺伝子DNAの構造であって文明法則史学が説く生命を持つ歴史の流れです。

文明総図 文明法則史学

文明法則史学の解析によると、今は陽から陰、西洋から東洋へと文明の覇権が移る大転換期です。
これはほとんどすべての価値観が移り変わることを意味し、男性性から女性性、物質から精神、そして物質の象徴である粒子から、目に見えないもの、精神の象徴である波動へと価値の重点が変わってきています。

音という空気の振動、波動を介する歌は、これまでの時代も大きな文化を築いてきましたが、これからの波動の時代、さらに大きな役割を担うであろうと考えられます。

そしてハミングとは、その歌から歌詞という形あるものを取り去ったより波動性の高いものであり、平和という精神性を伝えるにはこれほど優れた手段はないと感じます。

 

ハミングはなぜ鼻歌なのか

ハミングは別名鼻歌と呼ばれます。
音は空気の振動、その空気を介する器官は口と鼻で、言葉を発しないハミングは口を閉じて鼻で音を発するので、鼻歌と呼ばれるのは当然です。
そして実際にハミングをすると、鼻腔から脳のあたりに振動を感じます。

 

けれど音というのは様々であり、「腹に響く音」というのがあるように、お腹から発する音もあるはずです。

人体の中心をなす骨格は分かりやすい陰陽の形をしています。
頭部にある頭蓋骨は丸く極大を表し、背骨を通って下端にある細長く尖った極小の仙骨へと至ります。
その一本の道筋は、下方が低音と共鳴し、上に昇るにつれ少しずつ周波数が上がって頭部に至る形となっています。

共鳴する人体中心の骨格

腹に響く音というのは低音で、たとえば武道などで気合いを入れるための「押忍!」という挨拶、かけ声のようなものです。

実際に口ずさんでみれば分かるのですが、高い音でハミングしながら少しずつ音域を下げていくと、自然とハミングに何らかの言葉が乗ってしまいます。
これは高音は陰性で非言語、低音は陽性で形ある言語的性質を持つためです。

人体と音の関係

つまりハミングは精神を賦活するものであり、その波動を下げ、物質レベルに落としたものが身体に活を入れる「押忍!」という挨拶だと考えられます。
(※ 下げる、落とすというのは、優劣ではない性質の問題です)

 

ヨガの世界では、オームという聖言(マントラ)が宇宙根源のエネルギーであり、この聖言によって宇宙が生まれたと言われています。
(オームは、オウム、Om、AUMとも表されます)

オームとは、陰性の象徴であるオーという口を開く音、そして陽性の象徴であるムという口を閉じる音が合わさったもので、これは陰陽と同義です。

ビッグバンという巨大な膨張(陰性)エネルギーによって生まれ、今も膨張を続けるこの宇宙空間は陰性優位であり、だからこそ陰陽の序列は陰が先で陽が後です。

オームとは音であり振動です。
陰性のオーという振動でもってこの宇宙、時空間は生まれ、そこからムという陽性の音で物質を固形化し創り出します。

 

インド亜大陸の最南端のカニャクマリは聖地として崇められています。
弘法大師空海は、室戸岬の洞窟で修行をし悟りを開いたと言われているように、大きな陸地の突端は高い大地のエネルギーが宿っています。

そのカニャクマリの岬のすぐ先にヴィヴェーカナンダロックと呼ばれる岩石の島があり、ヒンズーの聖者ヴィヴェーカナンダはそこで悟りを開き、ヴィヴェーカナンダを奉る聖堂が建てられています。

ヴィヴェーカナンダロック

聖堂では通奏低音のような重くゆったりとした響きのオームが流れていて、厳かで清浄な空気が漂っています。
こんな感じです。

そこで受ける感覚はハミングととてもよく似ています。
ハミングが外に向かって軽やかに思いを広げるのに対し、オームという響きは自らの内にミクロコスモス(小宇宙)を築き上げていく、そんな感覚です。

一般的にハミングとは非言語化されたものであって頭部が響くもの、だから頭部にある口ではない呼吸器官の鼻、その鼻を振動させるから鼻歌と呼ばれるのでしょう。

 

ハミングは癒やしの理

ハミングと「押忍!」との対比は先ほど説明したものに留まりません。
押忍が人体中心軸下端に力を込めるのに対し、ハミングは中心軸上端、そこに軽やかな振動を与えます。

押忍が自分の身体の奥に向かって活を入れる収縮の理を持つのに対し、ハミングは漂うように周りに広げていく拡張の理を持っています。
押忍は瞬間的に力を湧きたたせるのに対し、ハミングは持続性を持って癒やしと安らぎを与えます。

ハミングと「押忍!」は、見事なまでに対比的であり相補性を持つ陰陽の関係です。

ハミング♪と押忍!

 

鼻は生命と直結している

人間は外部から受ける情報のすべてを直接大脳皮質に送っているわけではありません。
人間の持つ情報処理能力には限界があり、目や耳など様々な器官から受け取った情報はRAS(網様体賦活系)と呼ばれる器官を通り、そこでふるいにかけられ、その一部だけが大脳皮質に情報として届けられます。

けれど嗅覚だけは例外で、脳内で感情を司る大脳辺縁系に直接伝わります。
これはにおいが目の前の食べ物が毒か毒でないのか、腐敗しているのかしていないのか、そういった生きるために極めて重要な判断をする必要不可欠な器官であるためと考えられます。

大脳辺縁系には感情を生む扁桃体の他に記憶を司る海馬が含まれていて、香りを嗅いだ瞬間に理屈抜きで好き嫌いを感じたり、過去の記憶が鮮明に呼び起こされたりするのはそのためです。

その生命維持に直結している嗅覚を持つ鼻、そこに振動を与えるハミングは、感情の最も深い部分、生命により近いところにアプローチするのかもしれません。

 

ハミングは愛を伝える

愛(あい)とは何か。
言霊的には、“あ”は口を大きく開けて開放を意味し、“い”は命の象徴で、つまり愛とは“命の開放”を意味します。

愛とは与えられた命を使わせていただくこと、伝え広げていくことです。
広島でのユッキーの活動を見ると、どのようなチャンスをも活かすために様々な会やステージに立ち、その行動は着実に成果として現われています。

愛は一方通行では成り立ちません。
量子は観測する前は重ね合わせの状態で波動としての性質を持ち、観測して初めて粒子としての形をとるように、ハミングという振動で伝えた愛は、それを受け取る人がいて初めて形となります。

ユッキーの周りにはたくさんの支援する方がおられます。
そしてみな彼女が発する無償の愛に共鳴するように、献身的なサポートをしておられます。

愛を送る人と受け取る人、これが愛の結実した形であり、そのためにはユッキーのような高い志と不屈の行動力、それが何よりも大切であるということを彼女から学ばせてもらっています。

 

これからは波動の時代です。
オームによって誕生したこの宇宙が、長い長い時を経て、また新たな波動に包まれようとしているのではないか、かくばりゆきえさんのハミングを聴きながらそんな思いを持ちました。

愛とは伝えるもの、送るもの、そして自らがつかみ取るものです。

 

<追記>

このページをアップしてからまた新たに感じるところがあり、思うことを個人的体験を交えて書いてみます。

非言語から超言語へ

今から四十年ちょっと前、大学の図書館でナチスドイツのアウシュビッツでのホロコーストを描いた映画「夜と霧」と、同じくドイツによる無差別空爆の悲惨さを描いたピカソの絵画「ゲルニカ」をモチーフとした映画「ゲルニカ」を観ました。

夜と霧

暗いトーンで描かれたどちらの映画も戦争の悲劇を伝えるには十分なもので、まさに衝撃の内容でした。

キッズゲルニカ

ゲルニカは反戦、抵抗のシンボルとして有名で、その思いを後世に伝えていくために、ゲルニカと同サイズのキャンバスに平和をテーマとした絵を子どもたちに描いてもらうキッズゲルニカという運動が世界的に広がっています。

2026年10月10日のイベントでは、会場に日本各地から集まったキッズゲルニカの作品が展示されます。

キッズゲルニカ

二本の映画を観た後の暗澹たる思いでの帰り道、途中の梅田で偶然ピカソの展示会があり、ピカソの原画を初めて目にすることができました。

それまではピカソの抽象画の価値をまったく理解することができませんでしたが、直前に観たゲルニカの印象と重なり、

「人の思いや記憶というのはおぼろげであり、あいまいで抽象的なものの中にこそ、各自が自由に思い描ける具体性が詰まっている」

そんな思いが浮かび、目の前のピカソの絵がとても生々しいものに感じられました。

ピカソ

ピカソを見た当時、週刊新潮の表紙は毎号谷内六郎の絵が使われていました。
谷内六郎の絵画がとても人気があったのは、写実的ではないおぼろげな描写であり、それゆえに多くの人がその中に幼い頃の記憶をだぶらせることができたからでしょう。

描くトーンは異なっても、求めるものは同じです。

 

パリのルーブル美術館には、ミロのビーナスとサモトラケのニケという有名な二体の彫像があります。

二体の彫像ともに地中から発見され、ミロのビーナスは両腕が、サモトラケのニケは両腕とともに頭部が失われています。

これがもし完成直後の完全体であったらどう感じるでしょうか。
それはそれで見事な美しさではあるでしょうが、今の両腕や頭部を自由に想像することができる、そんな無限の可能性と神秘性を感じ取ることはできないでしょう。

想像(創造)の産物である芸術は、見る者の想像をかきたてることでより価値を高めます。

 

ユッキーのハミングを繰り返し聴いていると、大昔の幼い頃に聴いていたような、そんな懐かしい思いがわき上がります。
実際に同じメロディーやハミングを耳にしていたのではないでしょうが、おぼろげな世界であるがゆえ、ユッキーの優しいハミングの音色とともに、自分の体験した過去の思いを載せていくことができます。

日本人なら日本語の童謡を、外国の方ならそこに母親から聴いた母国語の子守歌を重ねて聴くことができるかもしれません。

ハミングは具体性を持たない非言語であるがゆえ波動の世界です。
量子の観測前は、位置を確定できない無限の可能性を持った存在確率の世界です。
そこに言語という具体的要素を入れた瞬間に粒子となり、広がりが収束し確定します。

波動と粒子

歌詞という言葉を持たないハミングは、言葉という具体性を越えた無限の可能性を持っています。
ルーブル美術館の二体の彫像の腕と同様に、そこに言葉がないがゆえに無限のメッセージを感じ取ることができます。

ハミングは非言語であると同時に、言語を超えた『超言語』と言えるでしょう。

 

秘すれば花

言語を超えた世界は存在確率でしか示されない無限の広がりをもっているがゆえ、それをどう受け取るかが大切です。

そのためにハミングはユッキーのような軽やかで包み込むような音色で歌うことによって、聴いている人の心に優しく溶け込むことができ、言葉を手放し自己の主張を抑えることによって、聴き手に自由な思いの広がりを与えることができます。

ハミングは激しくシャウトしたり大きな抑揚をつけて歌うものではありません。
これは相手を察して思いやる、旧来の日本の文化そのものであり、能の世阿弥の説いた『秘すれば花』にも通じます。

秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず、となり

世阿弥

人類はこれまでの西洋、自己主張の世界から、東洋、特に日本の『和を以て貴しと為す』という調和の世界へと価値の主流を移行させるべき時を迎えています。

ハミングの言葉を手放し穏やかなメロディーから伝わるものは、無表情の能面を用いて喜怒哀楽すべての感情を表現する能の世界と通じます。

ある人はそれを聴いて喜びを喚起させ、またある人は悲しみを癒やすかもしれません。

能面

強く主張しないからこそ 相手の心に強く響く

一歩退くことによって 相手の心に気づきを与える

ないものがあるもの あるものがないもの

競争から共創へ

自分の思いではなく 相手との関わりの中にこそ真実がある

 

ユッキーの心地よいハミングの波動とともに、いろんな思いが心の中に浮かびます。

Piece から Peace

Humming For Peace

ハミングから生まれた調和の輪は、一人一人の心の中で平和への思いとなって結実します。

あなたは大切な1Piece: Humming for PEACE かくばりゆきえ

2件のコメント

素晴らしすぎる記事に大感動しています。。。今一気に拝読しました。

酒井さん、本当に素晴らしい見解、知識共有をありがとうございます。

ハミングシンガーとして専門家として本当に本当に感動しており、宝物の記事です。

このような素敵な宝物ありがとうございます。
10月10日、世界同時ハミングデーも、毎年がんばります。一緒に作って下さってありがとうございます。

ユッキーによってハミングの世界を知りました。

ハミングの軽やかで美しい響きとともに、世界中の人々の思いがひとつに溶け込んでいくのを感じます。

ハミングはワンネスの象徴です。
競争から共創、言語の垣根を越えた非言語のワンネスの世界はハミングから始まります。

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