最後のドラマ

6月20日、三ヶ月ぶりに目にした外の景色は以前とは一変していました。
道路沿いの木陰に連ねていたジュース売りの露店はすべて店を仕舞い、すれ違うバイクの運転手はほとんど全員がマスクをしています。

これまでの生活は隔離されていたとはいえ自然豊かなところで、三ヶ月間一度もマスクをしたことがありません。
今はバイクだけではなく車の乗車中もマスク着用が常識のようで、やはり完全に浦島太郎の世界です。

飛行機は州都チェンナイまでプロペラ機に乗り、チェンナイで三時間ほど待機した後首都デリーに向かい、ここで丸一日時間待ちです。
今はインドも国内線が再開したとはいうもののまだ減便体制で、チェンナイ空港はこれまでのような賑やかさはありません。

これはチェンナイからデリー行きの便に乗り込むところ、マスクとフェイガードが必須です。

マスクとフェイガード

デリーの空港に着くと、床に直接寝ている人がたくさんいるので驚きました。
他州から来た人は一週間隔離と聞いたので、そのせいかもしれません。
けれど国際線乗り継ぎのために出口から出るのはノーチェックでした。
なぜなんでしょう?
ほとんどの人が大きなシートを用意しています。

デリー空港

明日は成田に向かうエアインディアに乗り、明後日22日の午前中には四ヶ月ぶりに日本の土を踏むことになります。

正直今の日本がどんな状態なのか、感覚的にまったく理解することができません。
この三四ヶ月で日本も世界も激変してしまい、今の自分にとっては“玉手箱”を開けるような気分です。

そしてそんな大きなイニシエーション(通過儀礼)を迎えるにふさわしい大きなドラマが、昨日突然降りかかって来ました。

隔離生活からの解放を翌日に控えた19日、「帰国を控え」に書いたように疲労困憊になりながらも準備を進めていました。
特に精神的な疲労が大きく、昨日はほとんど何も口にすることができませんでした。
やはりそれぐらいこの間の生活は負担だったようで、いざそれが終わるとなると、これまでのストレスが一気に出してきました。

そんなくたびれ果てた状態でスレッシュの家で彼ら家族とともに過ごしていた夕暮れ時、突然在チェンナイ日本領事館の方から電話がかかってきました。

沈んだ口調で話すその方から、
「出国許可書の発行が21日に間に合わないので、予約した飛行機をキャンセルしてください」
と思いがけない言葉が飛び出しました。

21日に間に合わない・・・キャンセル・・・
まったくもって信じられない言葉です。

出国許可書は日本の領事館が発行するのではなく、インド政府管轄のFRROというところが発行します。
そこのシステムの流れで20日土曜日に発行するのには間に合わず、日曜日を挟んだ22日月曜日になると言われるのです。

これがないとビザの切れた状態の今、インドから出国することができません。
特別機はこの日がダメなら次の日へと簡単に日付を変えることなどできず、キャンセルして戻ってくる代金は国内線で一割ちょっと、国際線はまったく戻ってくることがありません。

領事館の方はFRROとの間に入り、ただ申し訳なさそうにされるのですが、自分としてもただそれを素直に聞き入れるわけにはいきません。

心臓が脈打ち声が上ずってきているのを感じながら、無駄とは分かっていながらも、なんとかという気持ちで領事館の方に食い下がりました。
スレッシュの家族たちが何事かと見守る中で・・・。

しばらくし、諦め切れない気持ちの中で電話を切り、半ば放心状態でスレッシュたちに事情を話しました。

彼らは「大丈夫、なんとかなる」と言ってくれ、クリスチャンなので「ジーザスが・・・」と様々な言葉で慰めてくれます。
また慰めるだけではなく何とか対処しようとあちこちに電話をしたりメールを送ったりしてくれました。
よく分からないのですが、管轄の役所とともに人権保護団体みたいなところにもメールを入れているようです。

自分も少しずつ時間が経って落ち着いてくると、一生懸命してくれたにも関わらず、電話でいろいろ問い詰めてしまった領事館の方に申し訳ないという気持ちが湧いてきて、その方宛にお詫びのメールを打ち始めました。

そのメールが書き終わる直前にその方からメールが届き、明日の朝一番にFRROの事務所に申請書類が回ってきていたら、明日中の処理が間に合うと書かれていました。

その確率がどの程度あるのか分かりませんが、一縷の望みをつないでくださったようです。

周りで心配してくれるスレッシュファミリーの言葉に励まされ、気持ちは少しずつ解きほぐれていきました。

落ち着いて考えてみると、これまでの人生いろいろありました。
今困っているのは自分だけではありません。
お金が返ってこないと言っても、それはエアインディアの売り上げになり、無駄になるわけではありません。

航空会社は世界中どこも悲惨な状態です。
いつも思うここインドの貧しい出稼ぎ労働者たち、彼らが徒歩で数百キロの道のりを故郷を目指すことを考えると、自分の悩みなど取るに足らないものです。

電話をもらってから時間にして一時間半ぐらいでしょうか、その頃には、
「21日のエアインディアに乗れても乗れなくても自分は100%幸せです」
心からそう思えるようになりました。
そう思えるよう自分を強いたのです。

また自らこんな試練を引き寄せてしまった・・・
インド隔離生活の最後の最後にまたとんでもない贈り物をいただきました。

夜は長く暮らした最後の部屋の片付けです。
なついてくれたワンちゃんも部屋の外の廊下でずっと見守ってくれました。

やはり気が高ぶっていると寝られません。
3時半にベッドから出て、床を履いたり拭き掃除をして時を過ごします。

今はまだ本当に出国できるかどうか分かりませんが、国内線が午後1時20分発の便なので、取りあえず飛行場まで行って様子を見ることにしました。

トゥートゥクリの飛行場まで150キロ、スレッシュと息子のタンビが車で送ってくれることになり、奥さんはお弁当を作ってくださり、スギルタン夫妻を含め全員でお見送りです。

この間家族同様に接してくださり、そして最後の最後にまた親身になって動いてくれて、感謝の言葉を表現する術がありません。
これまでの日常当たり前に接してくださったことが、今になって身にしみます。

昨夜はいつも食事を提供してくれたスギルタン夫妻にあらたまってお礼を述べました。
やはり気が高ぶっているのでしょう、言葉よりも先に涙がこぼれました。

車で走ること二時間ちょっと、飛行場のすぐ手前で車を止め、そこで朝食のチャパティを食べた後、タンビがノートパソコンを開いて昨日と同じような申請フォームに文字を打ち始めました。
いろいろ緊急のための手段があり、彼がすべてやってくれるので自分はただ質問に答えるだけです。

その間も領事館の方から何度も電話やメールがあり、ID、パスワードを伝えてその方ご自身もフォームにログインして作業をしてくださっています。

また車を止めている場所に、飛行機のチケットを予約してくれた親友のスシルが、やはり150キロほど離れているマドライから心配で駆けつけてくれました。
そして彼も申請作業を手伝ってくれて、時間との勝負でみな汗だくです。

ちなみにスシルは、スレッシュの娘でタンビの姉であるジーナの旦那さんの従兄弟です。

今回は特別な緊急処理ということで、自筆の理由書も添えることになりました。
それもスレッシュが案を考え、タンビが手書きし、自分はその末尾に署名を加え、それをカメラで写して添付ファイルとしてメール送信です。

今はコロナチェックのため飛行場には早目に行かなければなりません。
大急ぎで一時間ちょっと前に飛行場に着き、まだ出国許可書は正式に出ていないものの、たぶん間に合うはずだということで皆んなと別れを告げ、搭乗手続きをしました。

その後も処理を続けてくれたようで、空港内の待合所で書類が受理されたという連絡をもらい、直後にメール添付された出国許可書が無事届きました。

トゥートゥクリ飛行場

これは本当に素晴らしい贈り物です。

その贈り物は出国許可書ではなく、親身になって汗だくになりながら献身的に申請作業をしてくれた彼らはインド人たちの思いと行為です。
なんでこんなにも優しく接してくれるのか、有り難い以上に不思議でたまりません。

こんなに深い行為を日本人ではなくインド人たちからもらうとは・・・、やはり言葉にならないですね。
自分も他人にこれだけのことができる人間にならなければと思います。

それにしても大逆転で出国許可書を間に合わすことができるとは、まさに夢のようです。
日系企業に勤め、よく事情を知っているスシルから見ると、領事館の日本人が何度も自分のケイタイから直接電話をかけてきたり、FRROがこんなにも迅速に動くのは奇跡のようだと語り、こんなLINEを送ってくれました。

スシルのLINE

昨夜はいったんすべてを受け入れたつもりでしたが、それでもやはり心は動き、正直「生きた心地がしない」といった心境でした。

その思いを手放し、懸命に心を律することに努め思ったことは、通常の引き寄せのように、
「無事許可書を手にし、日本に向かっている自分の姿」
ではなく、
「どんな結果でもそれを喜んで受け入れ、平静な心を保っている自分の姿」
です。

この二つの違いがお分かりでしょうか?
これがこれから心の時代を迎えるにあたり、最も重要な点だと信じます。

今は疲労が蓄積していて十分に頭が回りません。
せっかく素晴らしい体験をしたにも関わらず、今はそれを適切な言葉で表現することができません。

また帰国して時が経てば、熟成した思いでそれに相応しい行動が取れるのだと思います。

インド人たちの優しい思い、欲を手放し満ち足りていることを知る大切さ、今回も素晴らしい学びの多いインドの日々だったと感じながら旅を終えられることに、ただただ感謝です。

コメント

  1. 金子賀子 より:

    やっと日本に帰れますね。いつもホームページをハラハラドキドキしながら読んでます。
    私には到底出来ない経験なので、興味深々です。今回の経験はホントに貴重ですね。しっかり「今」を味わってください。きっと、これからを生きる栄養になると思います。
    広島まで、まだまだ遠いですが、気を引き締めて無事に帰って来てくださいね。

    • yogananda より:

      金子さん、ありがとうございます。
      今デリーの飛行場で乗り継ぎの時間待ちをしています。
      待ち時間24時間はあまりにも長く体力勝負です。

      このたびの経験は本当に貴重でした。
      今後はこれを生かしていくのが課題であり楽しみです。(^。^)