インド滞在二ヶ月

4月22日、今日でインドに来てちょうど二ヶ月になります。
インド最南端タミルナド州の首都チェンナイの飛行場に着いたのが2月22日、現在インドの武漢肺炎感染者が20080名なのに対し、二ヶ月前の当時はわずか3名でした。

あの頃すでに中国は武漢を中心に感染が広がり、公称感染者数が76000名以上、死者も2000名を超えていて、日本も親中政策の影響で世界の中で危険国扱いされるギリギリの状態といったところで、アメリカやヨーロッパはまだ感染が広がる前の状態でした。

この二ヶ月で世界は一変しました。
あの頃がはるか昔のように感じられます。

自分がインドに入国した二ヶ月前の入国手続きは、通常のものに加え、武漢のある湖北省に最近訪問したか、健康状態に問題ないか、そういった武漢肺炎に関するチェックシートを書かされそれを提出するのと、額に器具を当てて体温を測る検査が加わったのみでした。

ビザ(入国査証)は日本で取得せずに現地チェンナイ空港で手続きをするアライバルビザで、特に問題なく簡単に入国することができました。

その数日後、アライバルビザの発行が停止となり、また日本人向けのビザそのものが発行停止、そして発行済みのものも無効化へと急速に進んでいきました。

幸いギリギリ入国を許可された「入国済みのビザ」は今でも有効ですが、その期限も本日4月22日で期限切れを迎えました。

インド アライバルビザ

期限が切れても更新はおろか外出することすらできません。
これは致し方ないことであり、自分以外に困っている外国人がインド国内に万単位でいるはずです。

そこで調べてみると、5月3日までは自動延長されるということです。
インドではその日にロックダウンが解除される予定で、それ以降国際線が就航するまではさらなる期間延長が自動でなるのか申請をするのか、再度調べてみようと思います。

ビザ期限延長

ビザの期間が自動で延長になるというのは通常考えられないことです。
今は平時ではないからそうなるのですが、そのことを心配してくれたスギルタンに、
「今は第三次世界大戦のようなものだから」
と話したら、神妙な顔つきで、
「correct」(その通り)
と答えていました。

世界や日本での混乱をよそに、ここでの暮らしは平和そのものです。

朝は7時40分にスマホのアラームをセットし、髭を剃ってゲストハウスの向かいにあるスギルタン邸に向かい、朝食をよばれます。
少し前は朝食後にスギルタンの家の窓やトイレや食器棚などを一時間程度掃除していましたが、今はそれもやり尽くしました。
日本人はきれい好きで掃除、片付け上手と認識してくれているようです。

1時過ぎに昼食、4時過ぎにティッフィンという軽食があり、いつも家の一階からスギルタンが「サカイサ〜ン」と呼びかけてくれます。

日が暮れる6時過ぎには蚊が出てくるので蚊取り線香に火をつけ、真っ暗になった7時頃にスレッシュの息子のタンビがノートを抱えてやってきて、彼に一時間ほど日本語を教えています。
彼はこれからインドと日本の学校に通って本格的に日本語を学習する予定です。

それが終わってスギルタン邸に行って夕食を摂り、すべての日課が終了です。

その間本を読んだりネットを見たり、英語を学習したり、またメールを打ったりホームページを更新したり、自由な時を過ごしています。

インドの夜は蒸し暑くて寝苦しく、朝までまとまって睡眠を取れることがありません。
今朝は午前3時半頃から一時間ほど二頭の犬が激しく吠えていました。
ですから朝寝や昼寝は必須で、水浴びをしたサラッとした体に乾いた外の風を浴びながらの午睡は最高の喜びです。

水浴びは日に四回ぐらい、特に昼間の水浴びは水が半分お湯のようになっていてこの上なく心地よく、心身ともにリフレッシュする気分です。

水浴びは痒みを抑える効果もあり、ひどい痒みに悩まされていた時は、夜中でも水浴びをし、痒み止めならぬ蚊除けのクリームを塗りまくりました。

蚊除けのクリームでも痒みを抑える効果があるようです。
さらには二週間ほど前、スレッシュにアレルギーを抑える薬をもらってから、狂おしいほどの痒みから解放され、夜がとても過ごしやすくなりました。

本当に、こんな快適な環境を与えていただき、ただただ感謝しかありません。
日本で厳しい自粛生活を送っている人や、ここインドで遠い数百キロ先の故郷への道のりを日々徒歩で目指している人たちのことを考えると、自分が今何をすべきなのか、そのことを深く考えざるえません。

今はインド最南端の地でロックダウン解除の時を待っていて、これが明けた後、ここから700キロ北にある州都チェンナイに向かう予定です。

インドでは、人口100万人のスラム街ダラヴィを抱える商都ムンバイ、そのマハラシュトラ州を中心に感染が広がっています。