リンゴの木を植えよう

ネットで武漢肺炎の情報を見ていると、不安になることばかりです。
ここインドから日本のテレビを見ることはできませんが、たぶんネット以上に不安要素が満載だろうと思います。
それはその方が視聴者の関心を引き、視聴率を稼げるからです。

日々高まる感染者数の報に接しても、それで何か得をするわけではありません。
けれどそれでも見てしまいます。
それはその中に何か安心できる要素を期待するからであり、また逆に、不安だからこそさらに不安を高めるものに目がいってしまいます。
いわゆる「怖いもの見たさ」というものです。

不安な時は安心を求めますが、それが手に入らないと分かったら、その不安は不満や怒りへと形を変えていきます。

今SNSやネットニュースのコメント欄を見てみると、この怒りが極限まで達した人たちが盛んに意見を書き込んでいます。
その対象は、隠蔽によって感染を世界中に広げた中国共産党であったり、後手後手のまずい対応をした日本政府であったり、または不用意にクラスターを発生させた人間に対してであったりで、どれもみな正論です。

ただ正論ではありますが、そこから何か建設的なものが生まれるかと言えば、そうではないように感じます。
不正、不適なものを正すことには意義があり、それは適正な範囲では義憤と言えるでしょう。
けれどその裏にあるものが社会正義ではなく単なる個人の怒りであった場合、それはとめどない誹謗、中傷の荒らしとなってしまいます。

不安から生じた怒りが今のようにいくらでも発言の機会のある環境を得てしまうと、怒りの発露に脳が快感を覚え、快楽物質ドーパミンを生み、一種の正義中毒のようになり歯止めが効かなくなってしまうのです。

怒りによって平和は生まれません。

マザーテレサの言葉、
『私は反戦運動には参加しないけれど、平和運動には参加します』

この言葉の意味をよく噛みしめていただきたいと願います。

腸の弱った現代人は、怒りを収めるのが苦手です。
そのことは「新たなる生命の時代」「精神と肉体」に書いています。

怒りの感情

腸の力が弱って働きが悪くなると、怒りの感情を腹に収めることができず、脳の快楽に負け、怒りの発露が制御できなくなってしまいます。

だからこそ、これまで繰り返し言ってきたように、腸、お腹を鍛えることが極めて大切です。

そのために腹式呼吸をし、生味噌、醤油、漬物、納豆などの良質の植物性発酵食品を積極的に摂ってください。
またその食べ物をしっかりと咀嚼することも極めて大切です。

味噌、醤油、塩、そういった大切なものはできるだけいいものを使ってください。
健康を維持するための大切なポイントです。

腸を鍛えることは、怒りという感情をコントロールし、心の健康を保つと同時に体の健康にも当然大きな影響を与えます。

この心と体、相和(共生)するものをともに健やかに保つことができるのが、東洋の知恵の素晴らしいところです。

共生するものは心と体だけではなく、すべてです。

それは原子と太陽系という極小と極大の世界がフラクタル(自己相似形)であることを見ても明らかです。

原子モデル 太陽系

腸の健やかさは心と体とともに、ウイルスの世界の武漢肺炎にも大きな影響を与えている可能性があります。

武漢肺炎の感染者は東京を中心に全国に広がっていますが、唯一感染者がいないのが岩手県であり、その原因が発酵文化にあるという考え方が、今日届いた「広島なずなの会メーリングリスト」に書かれていました。
その部分を抜粋します。

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なぜ岩手県はコロナウィルスに
そんなに強いのだろう?

「首都圏からの往来が少なく、
人と密になる場所も無いから」
まことしやかに語られるメディア の理由に、
僕の頭は???となる。
本当にそうだろうか? 
思考停止になっていないだろうか?

まず、岩手県が他の都道府県と圧倒的に違うこと。
それは雪深い東北だからこそ育まれた発酵文化だろう。
手前みその赤味噌、醤油は勿論、
ミズを中心とした山菜系、
イカの塩辛やニシンの切り込みなどの海鮮系、
ハタハタのしょっつるや納豆、納豆菌で大豆を発酵させた後、
麹で更にもう一度発酵させて二重納豆なんてのもある。

米、果物、ホップなどの農産物が豊富なお陰で、
お酒も天国。日本酒、ワイン、ビール、シードルなど
多種多様なものが家庭の食卓に並ぶ。
最近は、ヨーグルトも仲間入り。
放牧して育てた牛の牛乳から造り、
複数の乳酸菌で発酵させるという。

今、現在で調べてみると、
青森(22)、宮城(65)、秋田(16)、山形(45)、福島(40)、岩手(0)と、
東北6県の合計でも188人。
これは日本全国の感染者数の僅か2%でしかない。

そして最も驚くべきは、
感染してからも強いこと。
現在まで、東北地方の死亡者数はゼロだ。
発酵王国の東北、やはり世界の行く末は
発酵菌が鍵を握っているのかもしれない。
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これは刮目すべき考え方だと感じます。

発酵食品を大量に摂る、
すると腸が健やかになり免疫力が高まる、
だから武漢肺炎にも打ち勝つことができる。

実に明解な流れです。

これは是非とも検証すべきです。

「東洋の知恵」にも書いたように、物の見方が西洋医学の医師や研究者の意見だけに偏ると、どうしても近視眼的で対処療法的なものとなり、幅の広い見方が欠如してしまいます。

その欠如した中に、今まさに時代の流れで求められている東洋の知恵が加わり、二つひとつで陰と陽、生命ある完全な形となります。

マスコミやネットメディアには、今の状況を大きく打開する可能性のあるこういった知恵を幅広くて伝えてもらいたいと切に願います。

これを「是非とも検証すべき」と述べる具体的理由は。

ひとつは、東洋の知恵は身近で簡単であり、またお金がほとんどかからないものなので、簡単に実践、検証することができるからです。

二つ目は、西洋医学の薬のように副作用やデメリットがないからです。
日本人が古来から親しんできた発酵文化を取り戻すことによって、何か障害が起こるということは考えられません。
咀嚼も同様で、早食い習慣のある人がよく噛むようになり、それで病気が悪化するということはありえません。

三つ目は、東洋の知恵は根本に作用するものであり、それが武漢肺炎に対処するために行ったものであったとしても、心と体全般、他のものにも幅広くいい影響を与える可能性があるからです。

四つ目は、腸内細菌が免疫力と密接に結びついていることはよく知られていて、このように、東洋の知恵は誰にでも簡単に理解できる仕組みの上にあり、人に納得してもらいやすいからです。

「良質の植物性発酵食品をしっかり摂りましょう。
 日本の発酵文化を取り戻しましょう。
 これが武漢肺炎に打ち勝つ偉大な知恵である可能性があります」

これを周りの人に伝えることで、どれだけの多くの人を救うことができるでしょうか。
これを伝えることで、何か障害となるもの、デメリットがあるでしょうか。

ここからより本音を書かせていただきます。

自分が求めている生命の真理、東洋の知恵は実にシンプルでかつ美しいものです。
そしてその知恵や真理はあらゆるものに通じ、だからこそこのホームページでは、同じようなことを手を変え品を変え、繰り返し繰り返し述べてきました。

それがどのくらいの人たちに伝わったのか・・・。
自分としてはこれほど簡単で分かりやすいものはないと思うのですが、それがなかなか多くの人に伝わらず、いつも歯痒い思いをしています。

それは一重に自分自身の力のなさであり、社会的影響力を持ちえない自分に問題があります。

けれどこうしている間にも時間は刻々と進み、いよいよその本流を見せてきた今の時代の流れは誰にも止めることはできません。

この流れを人類にとっていい方向に持っていくためには、その流れを読み、その流れに沿うことが絶対に必要です。

この時空は相対によって成り立ち、絶対のモノは何ひとつありません。
けれどそのことを含め、時空を律している数少ない法則は絶対であり、今のこの時代の流れもそのひとつです。
だから絶対です。

この時代の大変革を科学技術で乗り越えることはできません。

多くの人が不安に不安を重ねるように、旧来の価値観が崩れ去ろうとしている今、その古いものに必死でしがみつこうとする人たちがいますが、それは徒労に終わるだけでなく、大きな崩壊を伴う時代の大転換期の傷をより深いものにしてしまいます。

今は新たな価値観を受け入れる時、そしてそのために、今しっかりと手に握りしめている古い価値観を手放す時です。
何か手に持っていれば他のものが握れないように、これは手放すのが先であり、受け入れるのが後となります。

批判を受けるかもしれませんが、その意味では、このたびの武漢肺炎は、最も傷を浅くする形で最良の手放す機会を人類に与えてくれたように感じます。
享楽的文明を享受する人類に、ただ自覚だけで今の文明を根底から変えていくことは不可能ですから。

これからの時代は東洋の時代、そして歴史的必然として日本が世界の中心を担うべきまったく新しい精神文明の時代です。

そこへの道筋がどうなるかはまだ分かりませんが、もしかしたらアビガンが、あるいは発酵文化が人類を救うのかもしれません。

もしそうだとしたら、西洋の理を持つアビガンはごく初期の段階であり、日本独自の発酵文化にはより大きな橋渡し役が期待できます。

自分がこれまで求めてきた生命の真理は、一般的な思想や宗教とは異なり、時代や民族を超越し、いつの時代、どんな民族にでも変わらず感じ取ってもらうことのできる普遍的なものです。
それは普遍的であるがゆえ、生命であり自然そのものです。

形あるものが壊れること、季節は一年単位で移ろうこと、動植物が生きていくためには水や空気が必要なこと、生命や自然の真理は普遍的であり、時代や民族を問いません。

ここで述べていることは、その普遍的なものをベースにしているので間違いはありません。

自分は今から31年前に文明法則史学と出合うことによってその端緒を知り、それ以降その考察を深めるとともに、それを知る数少ない者の一人としての使命感を抱いてきました。

自分は二十歳の時に神前で神の道を志すと同時に寿命の半分を神に捧げる誓いを立て、その導きでたくさんの精神世界のリーダーたちから教えを受け、十年前、齢五十で二度の死に目に遭い、今は天命を貫く“余生”として特別な生命をいただいています。

ですから今の動きを変えるつもりはまったくありません。
けれど時代が武漢肺炎によって本格的な動きを見せている今、なかなか意識や行動を変えようとしない人類のあり方を見て、焦りと己の不甲斐なさを感じずにはおられません。

人類に与えられた最高の能力は判断力であり、必然の流れの中で人類の近未来はある程度確定はしていても、遠い未来は人類自身が自分たちの意志で築き上げていくものであり、それがエブリシング・グレードととしての恵みだと信じます。

この大転換期後の未来は、人類が自ら選択し築き上げていくものであり、その選択の時が、今まさにこの時、この瞬間です。

リーディングで有名なエドガー・ケーシーは、
「今の時代地球に生を受けている者は、過去ムー、アトランティス文明で文明を爛熟させ、崩壊させた過去生を持ち、今度こそはという思いで再度挑戦するために今を選んで転生してきた者が多い」
と述べていて、確証はないですが、これは真実だと強く感じます。

自然にあるものすべてが循環の流れの中にあるように、人間の生命もまた輪廻という循環の中に存在すると考える考えるのが自然です。

ですから有限の肉体はいつかは滅びても、その根底にある魂は不滅であり、その魂は輪廻の中で少しずつ磨き上げられていくのだと信じます。
これは自らの体外離脱体験等から感じ取っていることであり、本当は“信じる”のではなく、“知っている”と表現したいことです。
(究極には魂は最初から完璧なのですが・・・)

今回の文明の大転換期を、太古のムー、アトランティスの時のように築き上げてきたものを崩壊させ、終焉の時として迎えても、それで各自の魂が消滅するわけではありません。

けれどこの最高の学び、経験の時を活かせなかった後悔は、きっと末長くいつまでも残り続けることでしょう。

だからこそ、今この時、何万年、何億年に一度と言われる大変革のこの時に、自らの天命を最も強く光り輝かせなければなりません。

自分という各自一人一人はすべての創造主そのものです。
ですからその時空の中心である自らが変わり、行動すること、これがすべてです。

「自分に何ができるんだろうか・・・」
そんな風に卑下する必要はまったくありません。

宗教改革家のマルチンルターの言葉、
「明日地球が滅亡しようとも、私はリンゴの木を植える」
これがすべてです。

自分も与えられた、あるいは自ら選び取ったこの天命に従い、ここに長い時間をかけてメッセージを発信しています。

このメッセージを何人の人が読んでくださるであろう。
何人の人の心に響くのであろう。

考えることはたくさんありますが、本筋はひとつです。
今の自分にできることをする、それだけです。

自分にとって一本のリンゴの木であるこのメッセージの発信を、これからも天命として植え続けていきます。

もしこれを読まれ、この生命の真理、東洋の知恵に共感してくださるのであれば、是非ともともにリンゴの木を植えるお手伝いをしていただければと願います。

自らの手でリンゴを植える、これに勝る尊いことはありません。

生命の真理、東洋の知恵は、ここにまとめて述べています。
  <新たなる生命の時代>

リンゴの木