日本人としての誇り

先の「廃れゆく職人文化」に書いたような職人の現場での風紀の乱れ、レベルの低下は、日本人が本来持つべき日本人としての誇りを失ったことに大きな要因があるように感じます。

ご存じのように、日本のマスコミは反日勢力が力を持っていて、その意図に沿ったものしか報道されないようになっています。
それは日本人の精神文明を衰退させ、日本を自分たちの意図するように操りたいという第三国の勢力によるもので、その構造は下の図の通りです。

武力を使わない戦争の形・その名も「乗っ取り戦争」

少し前、あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が開催途中で中止となり、そのことが大きな論争になったことは記憶に新しいところです。

少女像

反日表現オンパレードのこの展示内容は、芸術性以前に公共性や良識を著しく欠くものであり、その反日プロパガンダを支援すめために愛知県や名古屋市の公費を支出するのは不適当であるというのが展示反対派の意見です。

それに対しして展示賛成派は表現の自由を訴え、公的権力によって芸術表現を規制されるのは権力の横暴であり危険だと唱え、反日マスコミの大半もこの意見に従った報道をしていました。

ここで問題となってくるのは報道の中立性で、反日マスコミの常套手段のひとつに “ダブルスタンダード” というものがあり、自分たちの都合に合わせ、その報道基準をいいように使い分けてきます。

今回の「表現の不自由展・その後」のような反日プロパガンダは反日マスコミの望むべきものなので、表現の自由を声高に叫ぶものの、その反対の右翼の百田尚樹氏の一橋大学での講演が中止に追い込まれたことなどは一切報道することがありません。

そのことをキチンと報道するのは産経新聞ぐらいで、その件に関する記事の一部を引用します。

一橋大講演中止問題 百田尚樹氏の「表現の自由」は奪われた 潮匡人氏 

作家の百田尚樹氏が登壇予定だった一橋大の講演会中止騒動が波紋を広げている。一部の圧力団体が百田氏に「差別扇動者」とレッテルを貼り、講演を中止に追い込んだ。これは明らかな「言論弾圧」といえるが、いつもなら「自由を守れ」と声を上げるリベラルメディアはなぜ沈黙を続けるのか。(iRONNA)

 今回の騒動に対して「護憲リベラル派」は関心を示さない。百田氏が自らツイッターで情報発信するなどしたため、問題が露見したが、そうでなければ、埋もれていたであろう。

 この件は「表現の自由」に深く関わる。憲法上、優越的地位を占める重要な精神的自由権が侵害されたといえるが、護憲リベラル派は沈黙を続ける。朝日新聞は6月9日付朝刊の目立たない第3社会面でエクスキューズのように報じただけだ。同社が綱領に掲げる「進歩的精神」はいまだ発揮されていない。

今回の「表現の不自由展・その後」の反日プロパガンダで問題となったものは大きく三つあります。
ひとつが少女像の展示、二つ目が昭和天皇の肖像画の毀損、三つ目が先の大戦で亡くなられた方たちに対する侮辱的表現です。

反日マスコミは、この中で少女像展示に関するものが大きな論争を呼んでするとさかんに報道していましたが、これは本当の問題から民衆の目を逸らさす意図なもので、この少女像のことが最も穏当で差し障りがないからです。

亡くなられた方には肖像権は存在しないとのことですが、国民の象徴であった昭和天皇の肖像画を焼き、その灰を足で踏みつける、そんな映像のどこに芸術的価値があるのでしょう。
またその展示になぜ自治体が公費を支出する必然性があるのでしょうか。

自国の象徴を焼いて踏みつけることを芸術として認める国は世界中どこにもありません。
もし中東の国でコーランを焼き、その映像を芸術だと称して公に展示したならば、その場で首をはね落とされるでしょう。

日本人として、この映像にどのような価値を見出せるのでしょうか?
是非ご覧になって考えてみてください。

反日マスコミのもうひとつの常套手段が情報の選別、 “報道しない自由” です。

この20日、河村たかし名古屋市長が展示賛成派の大村秀章愛知県知事に対して公開質問状を送り、そのことがマスコミで報道されました。
下は共同通信が報じたものです。

河村氏「少女像、芸術性説明を」 県知事に質問状、謝罪要求 

国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が中止になった問題で、トリエンナーレ実行委員会会長代行を務める河村たかし名古屋市長は20日、元慰安婦を象徴した「平和の少女像」の芸術性などを説明するよう求めた公開質問状を実行委会長の大村秀章愛知県知事に提出したと明らかにした。

 大村知事が17日の記者会見で不自由展を巡り「誰もが認めるものじゃないとやっちゃいけないというのはナチスそのものだ」と述べたことに関し、河村市長は記者団に「ナチス呼ばわりされた」と訴え「国民、市民に向かって正式に謝罪してもらわないといけない」と求めた。

ここで三つの問題点の内、「平和の少女像」のことのみが書かれていますが、これも意図的な情報操作、断片的事実のみを報ずる “報道しない自由” です。

河村市長の公開質問状の全文はネットに上がっています。
<河村たかし名古屋市長 公開質問状 190920.pdf>

それを読んで分かるように、そこでまず最初に主題として述べられているのは「平和の少女像」ではなく、昭和天皇の「肖像画・焼損映像」についてです。

こんな意図的な情報、思想操作が戦後何十年にわたって繰り返されてきました。
けれどそんな時代はインターネットの普及によって終わりを告げようとし、今はまだ完全に終焉を迎えていない最期の時だからこそ、逆にその反日の姿勢をより強めているように感じます。

そしてその影響で若い世代を中心としたマスコミ離れはますます加速し、この一二年でマスコミと反マスコミの勢いはほぼ拮抗し、これからは完全に反日マスコミは駆逐される時代となってくるでしょう。
これは確実です。

情報があふれている今は、その情報の真偽をつかみ取る能力がまず求められます。

反日の意図を持った情報に惑わされることなく、日本人として誇りを持ち、この素晴らしい日本文化を守り、取り戻しましょう。

日本の朝日