腸から平和を

昨日も書いたように、原爆記念日の前日5日は、原爆ドームすぐ横のおりづるタワーにいて、一階の入り口付近で物品の販売やチラシ配りをしていました。

この写真はおりづるタワーの屋上展望台から撮られたものと思われます。
原爆ドームや平和公園全体が一望できる素敵なところです。

おりづるタワーにいる間、朝からずっと原爆ドームの方向から太鼓の音が響いていました。
「ドーン、ドーン、ドーン、・・・」
団扇太鼓を左手で持ち、右手のバチで打ち鳴らし、南無妙法蓮華経というお題目を延々と唱え続けています。

その太鼓を叩いているのは法華経を信じる日本山妙法寺という世界平和を頑なに求めている団体で、自分はこの日本山妙法寺との出合いから南インドとのご縁をいただきました。

 上の「カルナ」の表紙になっているのがご縁の主、日本山妙法寺サンカランコービル道場の石谷政雄上人です。

日本山妙法寺の人たちは、毎年広島、長崎の原爆記念日に合わせ、東京~広島~長崎を団扇太鼓を叩き、お題目を唱え、世界平和を祈りながら平和行脚をされています。
(お上人さんたちは世界各地で活動されていますので、全員ではありません)

日本山妙法寺のお上人さん、庵主さん(女性僧侶)たちの生き様は徹底しています。
生涯独身で過ごすことはもちろん、暑い時に肌着姿になったり寒い日に防寒着を羽織ることはあっても、一日中袈裟以外の私服を着ることはありません。

日本山妙法寺の目指す世界平和実現のため、世界各地にお釈迦様の遺骨、仏舎利を祀る仏舎利塔建設を進めていて、その設計から土木工事の監督まで、ほとんどお上人さんたちだけで行っておられます。

日本の仏教というと、そのほとんどが葬式仏教で、正直“生臭坊主”というイメージがありますが、日本山妙法寺の方たちは、その中でも極めて特異な存在だと言えるでしょう。

5日は強い日差しが照りつける猛暑日でした。
そんな中、日本山妙法寺の方たちは、原爆ドーム前の石畳に正座をし、たぶん4,5時間ぐらいはお題目を唱え続けておられたと思います。
その強い意志と行動力、ちょっとやそっとで真似できるものではありません。

自分はその素晴らしい志に共感し、また尊敬をし、インドにご縁をいただいた感謝の思いとともに、南インドを訪ねた際は、石谷政雄上人や木村千草庵主さんたちとお目にかかるようにしています。

これはこの春、お二人とともに芸術大学を訪ねた時の写真です。
建設中の仏舎利塔が完成間近で、その壁面に置く仏像についての打ち合わせです。

日本山妙法寺の方たちの平和に対する思いは本当に素晴らしいもので、まさに命懸け、そのことに対して強く尊敬の念を抱いています。
ただその形として表れる思想は反安倍政権、憲法九条死守、日米安保撤廃といったもので、自分の考えとは残念ながら相容れません。

6日の原爆記念日は、午前中に行われた式典には参加しませんでした。
また式典の終わり頃にはあいにく少し激しい雨が降ったようです。

それでもお昼を過ぎ、少し人の数が減った頃に平和公園に行きました。
平和公園に行くとたくさんの知り合いの顔と出会います。
いろんなボランティアに関わっている人間の層は狭いものです。

原爆資料館のすぐ北側では、例年通り被爆ピアノによるコンサートが行われていました。
この被爆ピアノコンサートを主催している矢川さんも司会の青谷さんも顔なじみです。

被爆ピアノの優しい音色をバックに歌われる平和の歌の数々、とても心癒やされます。
この暖かくて幸せな気持ち、これが求めるべき平和なのだと実感します。

これは理屈を越えた感情、感覚の世界です。
その理屈を越えた世界を、音楽は創り出すことができるのです。

この時思い出したのが、戦地で「埴生の宿」という歌で敵も味方も心をひとつにすることができた「ビルマの竪琴」です。

竪琴を奏でるビルマ人僧侶姿の水島が身に付けている僧衣は、日本山妙法寺の方たちのものと同じです。

コンサート会場を後にし、平和大通りに出ると、平和行進をする団体とそれを取り囲む数十人の警官隊と出会いました。
その団体のプラカードを持ち、叫ぶ声はやはり憲法九条死守、米軍基地は日本から出て行けという左翼的なもので、自分の考え方とは異なります。

歌は世界の人の心をひとつにできるのに、なぜ同じく平和を求めながらも、人々の心はひとつになれないのでしょう。

求めるものは平和、議論すべき大切なことは、憲法九条を守るべきか改憲すべきか、また日米安保条約を破棄すべきか維持すべきかという、その議論ではなく、いかにして平和を守るかということです。

つまりより根底のこと、平和を維持するためには憲法九条が必要なのか、または変えた方がいいのか、米軍に日本の防衛を任せなければ日本の平和は維持できないのかどうかということ、それを建設的に話し合う場を持つべきです。

つまり憲法九条が平和を守っている、憲法九条は他国からの侵略戦争を呼び込むというお互い対極の考え方から一歩も下がろうとせず、まともな議論ができないことが問題です。

先日ニュースで、アメリカの高校に通う日本人留学生が、自校のロゴマークに原爆のきのこ雲が描かれていることに疑問を呈し、地元でも議論を呼んだということが報じられていました。

アメリカの高校ロゴに原爆きのこ雲、日本人留学生の疑問が話題に!「命を奪うことを誇りにするのはどうか」 | 情報速報ドットコム

原爆用のプルトニウムが生産されたアメリカ・ワシントン州のリッチランドでは、地元の高校や商店街に原爆のきのこ雲がロゴマークとして使われています。このような光景に疑問を抱いた日本人留学生が現地で疑問を投げ掛けたところ、それが話題になりました。

日本人の通常の感覚では、町や学校のロゴマークに原爆のきのこ雲を用いることなどまったく想像を超えた世界です。

けれどアメリカでは、広島、長崎への二発の原子爆弾投下は戦争終結を早め、多くの米兵の命を救った必要なものとの認識が一般的とのことで、そうなればこういったことも起こりうるのでしょう。

本当に二発の原子爆弾投下は必要なものだったのか、
それは非難されるべきものなのか、讃えられるべきものなのか、
真逆の立場の人間がその答えを見つけようとしても、同じ結論に至ることはないかもしれませんが、これをタブーとせず、数々の現実的資料を元に話し合いの場を持つべきだと考えます。

歌が世界の人の心をひとつにするように、海を泳ぐ魚や空を飛ぶ鳥が、自由に北朝鮮でも中国でもロシアでも行き来できるように、霊長類の長である人間に、互いの思いを寄せ合うということができないはずがありません。

話は大きく飛びますが、最近腸に関する本を読んだりネットを見たりしています。
昨日見たTEDでは、ジュリア・エンダースという若い女医さんが腸に関することを面白おかしく語ってくれていました。

腸に関する様々なエピソードを語る前振りとして、彼女はこのように話をしました。

数年前 私には いつも決まって ある事が起きていました 特に 叔父叔母との お茶会といった 家族の集まりには― 皆が私に近づいて来て こう訊くのです 「ねえ 何をやってるの?」 すると私は 誰もが喜ぶ 魔法の一言を 口にしました 「医学よ 私 医者になるの」 本当に簡単です それだけで誰もが 喜んでくれるのですから 簡単かも知れませんが その効き目は 実際 わずか30秒程しか続きません つまり次の瞬間 その内の誰かが こう訊くのです 「じゃあ 医学のどの分野? 専門は 何にするつもり?」 すると 私は 真正直にこう言っていました 「そうね 私は大腸に魅せられているの 全ては 肛門から始まったけど 今は基本的に 腸全般に夢中なの」

(笑)

その時 皆の熱狂は 徐々に薄れていき たぶん 部屋に気まずい沈黙が流れ 私はひどく悲しい気分に なったものです だって 腸ってとても魅力的だと 心底 思っているんですもの

腸というのは生きていくためになくてはならない最も大切な器官です。
脳がなく腸だけで生命維持活動をしているミミズを見て分かるように、腸は脳よりも原初的な器官です。

にも関わらず、現代人は腸を脳のようには重要視しておらず、彼女の語るような笑い話になるのです。

腸が健全に機能し、陰陽の関係である脳との連携がスムーズに行き、その二つをつなぐ背骨が正され、姿勢がよくなって初めて深い思考や感情表現ができるようになります。

けれど現代人の多くはこの腸の力が弱まっていて、背筋が曲がり、頭だけで物事を判断することが多く、刹那的判断で誤りが生じることが多々あります。

さきほどの平和を求めるためには、根底からお互いの意見を交わすべきだがそれができていないということと、この現代人は腸の力が弱まっているということは、相関関係があるように感じます。

特に今は時代の大きな転換期で、すべての価値観を根底から見つめ直さなければいけない時なので、その必要性と同時に、そうなっていないことによる歪みが大きく生じてきています。

平和とは、人類が求める最大の課題です。
その課題の解決策が、簡単なひとつのことでクリアーされるとは考えません。

健全な腸を保つことが世界平和への唯一の道ではありませんが、もしその平和な世界が実現できたなら、そこに暮らす人々は、きっとのびのびとした姿勢で明るい笑顔を讃えていることでしょう。
その笑顔は健全な腸が支えます。

健全な腸は世界平和実現の十分条件ではありませんが、必要条件であると考えます。

世界平和の第一歩は自分の中での心の平和を築くことです。
その重要な方策として、まずは自身の腸を健全に保ち、明るい笑顔とともに深く平和を見つめていくことです。

原爆の日を迎え、腸のことを思い、こんなことを考えました。