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Iさんのレポート<2> ・・・ 音から音楽へ変わる意味とは

茨城のIさんがレポートの第二弾を書いてくださいました。
音はすべてのエネルギー(気)を、聴く人の耳、体、そして心に
とても分かりやすい形で伝えてくれます。

レポートの中で紹介されているアレーカード、気と愛と在れ無カード、神物質、
そして7つのことばのシートは、スーハゆうじんさんが開発されたものであり、
リンスーハ研究所で扱っておられます。
新しい時代の素晴らしい発明品です。
  E-mail : rinsuha@suha.jp  TEL : 089-958-6989

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今現在の我が家のシステムは、電源ボックスに美波動ブレート、壁コンセントに差したコンセントの根元にチェーンタイプの美波動、それからCDプレーヤー及びアンプ2台の上に7つのことばのシートを乗せ、そのシートの上中央部に、美波動の丸型プレートを置いている。
そして、アレーカードをスピーカースタンドの上と、サウンドステーションというベースの上に置いて楽しんでいる。
結論から言えば、私にとっては良かったのである。
(今現在は気と愛と在れ無のカードに変更)





そもそも、このような事で音が変化するのかという疑問が湧くだろう。
ましてや、7つのことばのシート、アレーカードといったものは、無機物の物にも影響力があるのか怪しいと感じる人はいるはずだ。

 また、最も影響力が大きいのは、機器の周りを雑巾がけし、感謝の言葉を掛けながら、汚れを拭き取っていくことだと酒井氏は言う。そのような事が実際にあるのか、馬鹿馬鹿しいと思われる人が多数であろう。

前置きはこれ位にして、まず酒井氏と共に、聴きながらその音の変化を感じ取ったその経緯をお知らせする。

 まず、行ったのが、いつもどうりの音出し。これについては、私のリファレンスディスクの私自身、オーディオシステムに置いては、ほぼ触る所が無いくらいの完成度と感じていて、うんうん、そうだろう、そうだろうと、鼻高々。

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すでにこの時は、7つのことばのシートは置いていて、ほんの少し、音が丸みを帯びているのが感じられていた。酒井氏には、この状態からの試聴となる。
試聴の際は、ずっとシートは外さず、シート上に美波動を置いていくというやり方である。

いよいよ酒井氏持参の美波動で試聴スタート。まずは、美波動のチェーン類、プレート類の施用である。
どの美波動も、形状により、音が変化する。若干音が前に迫ってくるのは、四角の形状のもので、ふんわりと包み込まれるような感じのするのは、丸型のプレートである。
私は、迫力よりは、優しさが欲しかったので、丸型を選んだ。

そして、その次は、コンセントにチェーンタイプの美波動、分電盤に美波動プレートを施用した。
この変化は酒井氏はどう感じられたかは分からないが、若干音が瑞々しく感じられた。

その次に酒井氏は、なにやら不思議なカードを試して欲しいとのことで、アレーカードというものを出された。
アレーカードの施用は、美波動よりは変化が大きく感じられ、特に中のマークの三角形の突起側を手前にすると、中心音が強くなり、突起側を背面にすると左右に拡がるような感じがした。
また、置くポイントも、上部、下部どちらかと言われると、やはり私は下部を選ぶ。
どちらかが、悪いということでは無く、どちらが好みかという問題であるが、私は下部に置き、中のマークの方向は、三角形の突起側を背面側に向けるのが、好みのようであった。
施用箇所は前述の通り、サウンドステーションの上、スピーカースタンドの上で決定した。

このカードの意味するものは何かは全く分からないところではあるが、スーハゆうじんさんが開発されたとのこと。

最後に、酒井氏が、床、壁を雑巾がけしてみようという事で、妻と三人、雑巾がけを行った。その際、雑巾に向かって、感謝の言葉を述べながら、雑巾で方向を整えながら掃除した。
そして、部屋の中に置いてある、ケーブル類は巻いて結束し、本等を綺麗に整えて部屋を美しくした。
そして、この日の最後の試聴を行った。
曲は、佐村河内守 交響曲第1番の3楽章を聴いた。

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音を出した瞬間、部屋の空気が違うことを確認した。
音楽に集中できる何かを感じた。そして、最後まで音楽を楽しんだ。
以上が大まかな実験の流れである。

そして、以下は、私なりに感じたことをもう少し深く述べることにした。

音の変化というものは、何をやっても現れる。ちょっとした角度、位置、周囲の状況、全てにおいて変化を見せる。
つまり全く同じシステムを揃えようと、同じ音は一つとして存在しないのである。

これまで多くのオーディオファイルは、自分の好みの音を探求する為に、何万、いや何百万と掛けてきた。
それは、悪いことでは無いが、一つ疑問なのは、果たして音楽自体を噛みしめ楽しんでいるであろうか?
多くのオーディオファイルは、音が変わる事を趣味とし、音楽自体を楽しんでいるとは思えないのである。

では、私自身、今まで音楽を心から楽しんでいたか?と問われれば、素直にハイとは言えないような気もする。
その証拠に、ディスクを片っ端からかけまくり、音の変化ばかりを研究した自分も過去にいたからである。
この行為は、音楽を噛みしめて聴くことの出来ないシステムを作り上げることの他に、音楽の価値を見失う可能性があるからである。

確かに、音質を追求することが価値だと思う人もいるだろう。その人達は、それでいいと思う。
これからも、思う存分とことん追い詰めて行かれるのもいいだろう。
でも、音楽たるもの、音楽に浸り、味わうことが私にとっての価値であり、また音楽も聴かれてこそ音楽の価値
となるのでは無かろうかと感じるのである。

また、よく耳にする言葉、音が音楽になったとか、音楽的だとかよく聞くが、それは非常に抽象的で分からない。
私は、その意味は何なのか、私なりに考えた。だが、それは、あくまでも聴く人自体に大きな問題があると感じる。
これは、酒井氏の言う食について、美味い不味いの前に、噛みしめ味わうこと、今を意識することの大切さと繋がっているような気がするのである。

高解像の音、広大なダイナミックレンジ、乾きや、潤い、色々なタイプの音質が云々言う事は、いわば食で言えば、食材、職人、料理方法などにこだわっているのと同じで、ちょっとでも気に入らないと不満になるといった感覚と同じである。
又は、さらに美味しいものがないか漁り、美味しさを味わったら、飽きてしまい、また次の食材を漁る。
つまり、飽きやすいオーディオを作っているのは我々自身なのである。
まあ、お金に余裕があり、存分にオーディオ三昧できる人はそれでもいいだろう。
ただ、生半可なオーディオファイルは不幸な目に会うのは明らかだ。それは、音楽が楽しめなくなるからだ。

私はもうそのような聴き方をするのは、嫌になってきたのだ。それを教えてくれたのが、美波動であり、アレーカードや、7つの言葉であろう。それが、水,空気というものを媒介して、音楽を美味しく食べさせてくれたのである。
つまり、食でいえば、濃厚なステーキを毎日美味しく食べさせることのできるグッズといったところか。

本当は、それらは、音質を変える物ではないのかもしれない。音楽と共に、聴く人の心に、訴えてきて、それが結果的に、音楽を楽しめる状態になるのかも知れない。
分かりやすく言えば、音を良くするのでなく、我々の耳の食欲をを良くさせるのである。
でも、これは理論的なことでは無い。これこそが感性なのである。
これからのオーディオは、理論や知識に加え、感性といったものがやはり重要視されるようになるだろう。
それには、やはり良い音、悪い音と区別するのでなく、全てが調和することを求めるといいのかも知れない。

もう一つ、この美波動、アレーカード、7つのことばは、システム自体、空間自体にも作用するようである。
ようするに言霊が、全ての物に届くのだろう。いうまでも無く水拭清掃は、空間を浄化させる空気清浄機だ。

今、約2か月、7つの言葉のシート、美波動、アレーカードを使用しているが、今はそれらを取り外しても、大して音の変わりは無いように感じる。それが言霊効果なのだろう。
言霊とは、人間の思いを言葉にしたり、文字にしたり、それを、例えばそれを水に伝えることで、物が浄化されることである。
植物に音楽を聴かせると、元気に育つということと似ているのかも知れない。
怪しいかも知れないが、私には実際に、言霊には、影響を及ぼす力があると思っている。

この試聴により、何よりも変わったのは、私自身、音楽を聴くときは、その音楽そのものを味わっているのだ。
確かに、ほぼクラシックしか聴かないけれども、以前より濃厚に楽しめている。
これが、何よりの効果ではあるまいか。どんな効果にも勝る効果である。

私は、以前から音楽を聴くときは、椅子に座って、集中するように聴いてはいたのだが、やはり最も大切な事を忘れていたようだ。しかし、今は最高のオーディオシステムを所有し、付け加え音楽を噛みしめる環境になったことは非常に有難いことである。皆々様有難うございますと言いたいところである。

この度は、良く噛んで食べるということと、良く味わって音楽を聴くということがフラクタルであることを学んだような気がする。

また、酒井氏より後日、気と愛と在れ無 というカードが届いた。

気と愛と在れ無カード
  気と愛と在れ無カード(名刺サイズ)

アレーカード
  アレーカード(名刺サイズ)

正直、このカードには驚いた。アレーカードと変えて置いてみたところ、音が、優しく、拡がるではないか。
信じられず、何度もアレーカードとこのカードを変えて何度も試聴を繰り返した。
このカードが何を意味するのかは、分からない。なぜ文字に色が変えてあるのかも分からないが、そこら辺が、核なのであろう。スーハゆうじんさんは、只ならぬ不思議な人だと感じる。

ところで、話は変わるが、スーハゆうじんさんの~物質という酵素は、私の会社の事務員が便秘で7日くらい出ないところを昼に、数滴お茶に入れて飲むだけで、便秘のサイクルは3日までになったという実績を誇っているのである。
それ以来、不思議な人だと感じていたが、この度貴重な体験を頂いたのである。

試聴した音は、アレーカードより、大きく変化するのである。但し、アレーカードが悪いという意味では無い。
あくまでも、私が感じるものであるからである。ある人は、アレーカードの方が変化するという人もいるだろう。
アレーカードのイメージは私にとって、言葉で言うなら、凝縮。では、気と愛と在れ無は、と聞かれたなら開放というイメージとなる。
ただし、ただの開放とは、一味違います。どのような音も、受け入れますよといったイメージなのである。
つまり、自分を誇示しない、あるがまま。私のオーディオはこんなにも優しかったのかと、改めて感じるのである。

私のオーディオシステムは、自分を誇示しない。凄さも、相手に見せつけない、そして、良きも悪きも、皆が響きあい共鳴している。そんな感覚さえ湧いてくる。つまりお互いが響きあい歓び合う。これが自然の言いたい事では無いのかと強く感じるのである。しかし、このような感覚は、つい最近まで得られなかったものだ。

このような素敵な体験をさせて頂いたことを酒井氏、スーハゆうじんさんに感謝したい。
このような贅沢な音体験を、他のオーディオファイルにも少しでも味わって貰いたいと思う。
以上、偉そうなことを述べたが、今の私の正直な気持ちである。

ありがとうございました。

2013.11.20 Wednesday  
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