深遠なるデジタルオーディオ
オーディオの世界において、本格的なデジタルオーディオの幕開けとなったのは、
1982年10月1日、CDプレーヤーが各社から一斉発売となった時です。
余談ですが、当時私は大学4年生、10月1日は会社訪問の解禁日だったので、
あの日のことは鮮明に覚えています。

当時CDは夢のデジタルオーディオとうたわれ、
CDプレーヤーをステレオにつなぐと、
これまでは考えられなかったようなリアルな音がステレオから鳴り出し、
デジタルだから機器間の音の差もまったくなくなるだろうと言われていました。

そして実際にCDの音がいろんなところで聴かれるようになると、
たしかにCDの音はメリハリがあって鮮明だけれども、
アナログレコードのような音の深みがなく、
機器による音の差もアナログオーディオと同等に大きくあるということが分かってきました。


CDのディスク一枚には膨大な量の情報が収められています。
直径12センチのCDを(当時あった)後楽園球場に例えると、
そのCDの信号面に開けられたビットと呼ばれる情報を記録する穴の大きさは、
後楽園球場の砂粒ひとつに相当すると言われたほどです。

それほど膨大な情報が納められたCDですが、
70分あまりの音楽情報を入れるにはまだ完璧とは言えません。
音楽CDのフォーマットはサンプリング周波数44.1kHz、ビット深度16bitとなっていて、
このフォーマットでは、人間の可聴限界の20kHzまでは再生することはできますが、
それ以上の高い音は再生することができません。

直接的に耳で聞き取ることができなくても、
そのきわめて高い20kHz以上の音の成分は、
人間の感覚に大きな影響を与えていることは、
これまでの研究で解明されています。

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その限られたCDフォーマットの欠点を解消すべく、
その後SACD(Super Audio CD)DVD-Audio といった上位フォーマットが開発されましたが、
広く一般に普及するまでには至っていません。

その理由はいくつか考えられます。
ひとつはオーディオブームというものが過ぎ去り、
オーディオ業界に新しいフォーマット、それに対応するデバイスを普及させるだけの
体力がないということ。
ふたつ目に、消費者が現行CDをも上回る音質をオーディオに求めてはいないということ。
三つ目には、上位フォーマットとCDの音との差が明確に再現できるほどの機器を、
ほとんどの消費者が持ち合わせていないということです。

そしてさらに最近の事情で言うならば、
音楽鑑賞をするためにレコードやCDといった形あるディスクを手に入れる時代は
過ぎ去り、音楽マーケットの主流はパソコンを介したダウンロードオーディオの世界へと
移行してしまっています。


そんな現状でも、
少しでもいい音質で音楽を楽しみたいというオーディオマニアは確実に存在し、
機器の選定やそのセッティングにマニアックな情熱を日夜注いでいます。
それだけ音というものは人を魅了する力を秘めているのです。

そういったマニアが聴く音楽ソースは、
いまだに昔懐かしいアナログレコードであったり、
通常のCDである場合がほとんどです。
SACD、DVD-Audio といったものもないことはないのですが、
まだまだごく一部であるというのが現状です。

それはやはりきわめて明解だと思われていたデジタルオーディオの世界が
思っていた以上に奥が深く、
まだまだCDフォーマットの音を限界まで引き出すには至っていないからです。


CDプレーヤーは、数千円のおもちゃのようなポータブル型から
一台100万円を超える本格的なオーディオ機器まで数え切れないほどの種類がありますが、
それらすべてで出てくる音に違いがあります。

CDプレーヤーは、その役割から二つの部分に分けることができます。
ひとつがCDを高速回転させ、
そのディスク面からデジタル信号を読み取るトランスポーター、
もうひとつがそのデジタル信号をアナログ信号に変換する
D/Aコンバーター(DAC)です。



パソコンでも扱うデータはデジタルですが、
ノートパソコン、デスクトップパソコン、
パソコンの種類によって表示されるデータに違いは生じません。
OSやアプリケーションソフトの種類やバージョン、ディスプレイの解像度によって、
レイアウトが変わる場合はありますが、
そのデータ内容に差が生じては大変なことになります。

ところがデジタルオーディオの世界では、
CDプレーヤーだけに限っても、トランスポーター、DAC、その置き方、構造、
内部のパーツひとつに至るまで、すべての要素で音に差が生じてくるのです。

機器やパーツという “もの” によって音が変わるということは、
純然たる物理現象ではあるのですが、
残念ながら今現在我々が把握している物理学の概念の範疇を超えた現象で、
科学では仔細に検証することは不可能です。

けれど私たちは耳という器官を通してその差を如実に感じ取ることができるのですから、
我々の五感はいかに鋭いのかということです。

そしてその鋭い聴覚という感覚器官に心地よい音を響かせたいと願う
オーディオという趣味は、きわめて人間的、本能的な嗜好なのだと思われます。

そのオーディオの世界が少しずつ縮小してしまい、
街中には騒音に近いような雑多な音があふれている現状は、
人間の本能が衰退し、感覚が鈍ってきている証ではないかと感じます。


CDトランスポーターの役割は、
CDに収められているデジタル信号をいかに正確に読み取るかということです。

クオーツ(水晶発振器)で制御され、レーザーピックアップで読み取るデジタル信号に、
機器による大きな差が生じるとは考えにくいのですが、
実際に出てくる音は、このトランスポーターのあらゆる条件にも大きく左右されます。

その機器の種類、どのような置き方をするか、
機器の脚となるインシュレーターの種類、
信号を送り出すデジタルケーブルの種類、長さ、・・・
もはやオカルトと呼ぶにふさわしい領域にまで入り込んでも、
明解とされるデジタルの音は明らかなる変化を見せてきます。

デジタルオーディオの音が変化する要因は様々あるのでしょうが、
私たちにそのすべてを解明することはできません。
ただ変化があるということは、この耳でキャッチすることができます。

その変化要因のひとつとして考えられるのが、
デジタル信号の読み取り精度です。
これだけが唯一現代物理学の範疇です。

CDプレーヤーは、CDに収められた信号を赤色レーザーの反射によって読み取ります。
この読み取り誤差を少なくすることは、
読み取り精度を上げ、音を良くするための大切なポイントです。


以前私の愛用するCDプレーヤーの中を開けてみたところ、
より精度の高いものと交換した発信器の上部に、
赤色ダイオードが光っているのが見えました。

このダイオードーの出す赤い光がレーザーピックアップの光と混合し、
読み取り精度を下げてはいけないと思い、
赤色ダイオードーの上にプチルゴムをかぶせ、光を遮断しました。

するとその効果は抜群で、
音は激変ともいえる大きな変化をしました。


レーザーピックアップから発せられた赤い光はCDの信号面に当たり、
その一部が直角に曲がり、CDのディスクの縁まで行き、
また反射して元に戻ってきます。

ですからCDのディスクの縁(厚みの部分)に赤色の補色である緑色を塗ると、
音質が向上するということが言われていました。

早速緑色のマジックインクを買い、何枚かのお気に入りCDに塗って試してみたのですが、
確かに効果があり、余分な雑音が取れ、
スッキリした聴きやすい音へと変化しました。


デジタルオーディオとは、CD等に収められたデジタル信号を正確に読み取り、
それをアナログ信号に変換して増幅するものですが、
膨大なるデジタル信号は、そのすべてを完全に正確に読み取ることは不可能で、
その読み取りエラーを随時訂正すべく、
エラー訂正用のデータというものも付随して記録されています。
  <CD再生のエラー訂正システムとその進化>

そしてその理想的な再生を追い求める過程には未知なるものも多々あり、
人間の耳、それを通して得られる音楽の感動を導く感性によって、
オーディオ機器にとっての理想、
そしてそれはたぶん生命の理に沿ったものだと思われるのですが、
そういった “もの” のあるべき姿というものを見つめていくことができます。


福島第一原発の放射能漏れ事故により、
周辺住民の方たちに大きな不安が広がっています。

放射能による人体への被害は、
専門家によって大きく意見の分かれるところであり、
いまだに建設時、稼働時における環境リスクを考えると、
水力、火力の方が原子力よりもリスクが大きいという意見もあります。

そんな中で一般的に言われているのは、
成長期にあり、細胞分裂の盛んな乳幼児は、
放射能によって遺伝子DNAの情報が傷つけられた場合、
その傷が大きく広がっていってしまうので、
いち早く放射能で汚染された地域から避難させるべきだという意見です。

その意見の是非を問うために書いているのではないのですが、
それにもやはり対立する考え方があり、
細胞分裂の盛んな乳幼児は、
その遺伝子情報のエラーを訂正する機能が大人より発達しており、
たからこそ乳幼児は癌の発生率が低いのだという意見です。


遺伝子DNAという四つの塩基からなるデジタル情報で人体を形作り、
それを読み取り、エラー訂正をしながら増殖(増幅)していく、
この人体、生命の仕組みというものは、
まさにデジタルオーディオの仕組みそのものだということに気がつきました。

オーディオは、生演奏と比較して再生芸術と呼ばれ、
一段低い位置として見る方もおられます。

またそれがデジタルオーディオであったならなおさらです。
デジタルはあくまでもアナログの近似値であり、
本物とは似て非なるものという考えです。

けれどもオーディオの世界において、
限られたフォーマットの中にあるCD再生技術の向上を見るにつけ、
まだまだデジタルの世界には、私たちの知らない大きな可能性という領域が
潜んでいると思わざるえません。

私たちの生命情報は、遺伝子DNAというデジタル情報に集約されている事実は、
そのデジタルの可能性を示す最たるものでしょう。


デジタルもアナログも、究極的には同じ頂に通じる別の登り道なのだと思います。
私はそれをオーディオという音の世界から感じ取ることができました。
そして私たちの科学も、全体から物事を観るという生命思想と統合し、
いつかより生命の本質に近づいていくものと思われます。

ミクロとマクロ、科学という西洋思考と東洋的な全体思考、
これらの融合は、アナログとデジタルの融合に他ならないのだと思います。

2011.10.31 Monday  



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