色の奥に広がる世界
今年の6月にアメリカで開かれた国際的なピアノコンクール
「ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール」で日本人として初めて優勝した
辻井伸行さんの話題がマスコミを大いににぎわしました。

彼の演奏するCDアルバムは、
クラシックとしては異例の売り上げを記録したとも伝えられていますが、
それは20歳という若さ、生まれながらの全盲という話題性だけではなく、
彼の奏でる音楽が比類なき魅力に満ちているからに他なりません。

  辻井伸行 Official Web Site ++ Nobu Piano ++

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現在動画投稿サイト「YouTube」には彼の演奏が数多くアップされています。
  YouTube - 辻井伸行



彼の演奏する「ショパンの子守歌」を最初に聴いた時の感動、
これをどんな言葉で表現すればいいのでしょう。

ひとつひとつの柔らかい音の響きが胸の奥に染みこむように入ってきて、
胸の奥、心の奥から静かな、そして熱い何かがこみ上げてくるのを感じました。

優しい音色、・・・ けれども叙情的、あるいは悲しげな涙を誘うような響きというのとは
少し違うように思います。
しかし何故か深く心の奥を揺さぶるようなものがあります。

人が涙を流すのには三つのパターンがあるそうです。
ひとつはあくびをした時、タマネギを刻んだ時などに流す生理的な涙、
ふたつ目は悲しい時、感動した時に流す感情の現れとしての涙、
もうひとつ三つ目は、偉大な大自然を目の前にした時など、
超自然的なものと対峙した時に自然と流れてくる、
畏敬の涙とでも呼ぶべき涙です。

辻井伸行さん、彼のピアノを聴いた時に感じた私の心の動きは、
喜怒哀楽といった表面的な感情の奥にある、
より深い生命の根源に近いところに訴えかけられたもののように思えます。

悲しいんじゃない、嬉しいんでもない、・・・
子守歌の名の通り、幼い、まだ母に抱かれていた頃、
あるいはもっと以前、この世に生を授けられるその前の、
本当に心が純粋で汚れを知らなかった頃を思い出させてくれるような、
強いていえば懐かしい ・・・ そんな思いを感じさせてくれます。


長い年月にも及ぶ準備とトレーニングを積み重ね、
下界とは別天地であるエベレストの高峰を制覇した登山者は、
周りに広がるあまりにも偉大な大自然を目にし、
ただ自然と目から畏敬の涙を流すそうです。

私たちはこの世に生を受け、様々なものを見、経験し、
人間として成長をしていく課程で、
その成長と同時に、汚れなき純粋な心の目を少しずつ曇らせてきました。

けれども曇らせてしまってもそれは完全に消え去ったわけではありません。、
いつか何かのキッカケがあれば再び心の中に思い起こすことができます。
それが偉大なる大自然と対峙した時であり、
また辻井伸行さんのように、日々純粋な精神世界を生き、
そこで感じたものを表現する技術を持った演奏家の奏でる音楽を
聴いた時ではないかと思います。

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彼の奏でるピアノの音色を、ありきたりでシンプルな言葉で表現するならば、
“透明感のある音” ということになるでしょう。

透明感のあるきれいな音を奏でる音楽家は数多くいます。
けれども彼の音楽を聴いて、その透明感にも種類、深さがあることを知りました。

彼の奏でる音の透明感は、やはり深い深い世界です。
これはより透明度が高いという意味ではなく、
その透明である場所がより深いところにあるという意味です。

人の心の世界は、表面意識、潜在意識、そして魂、霊、
といったようにより生命の根源の部分まで階層付けすることができますが、
彼の奏でる音色にはその生命根源の部分の透明感、
あるいはそこまで見渡せる透明感といったものを感じさせます。

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私たちはやはり良くも悪くも五感のうち最も支配力のある視覚というものに
強く影響されているのでしょう、
辻井伸行さんの音楽を聴いて、 “盲目であるにもかかわらず” とはまったく思いませんが、
逆に “盲目であるがゆえ” こんなにも深い素晴らしい世界を
表現できるのではないだろうと思わざるえません。

私たちは視覚によってどれだけ目に見えるモノ(色)に惑わされ、
そして囚われているのでしょうか。

より深い生命の根源の世界、色を超えたその世界、
その素晴らしい世界を、けっして私たちは忘れ去ってしまったわけではないので、
いつかまた蘇らせることはできるはずです。


リストのラ・カンパネラは、熱情的なフジ子・ヘミングの演奏が有名です。
幼い頃から母の厳しい教育を受け才能を発揮し、
ウイーンでソリストとして大きく花開かせる直前に両耳の聴力を失うという
音楽家にとって最大の試練に見舞われた彼女の演奏は、
人生の辛酸をなめそれを乗り越えた者にしか表現しえない優しさと厳しさに満ちています。

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辻井伸行さんの弾く「ラ・カンパネラ」は、
フジ子・ヘミングの演奏とはかなり違います。

言葉で表現するのは本当に難しいです ・・・ 。
彼の演奏はフジ子・ヘミングのものと比べ、軽く、爽やかですね。
けれどもそれが決して表面的といったものにならず、
あたかも
「人生における数々の試練も、長い永遠に続く魂の旅路に於いては、
 ひとつひとつ意味があり、先に続く歓びへの軌跡なんだよ ・・・」
そんなことを語りかけてくれているように感じました。



コンクールに優勝し、マスコミに大きく取り上げられ、
辻井伸行さんの生活は大きく変ったそうです。

先日文化庁表彰を受けた辻井伸行さんは、
「恋愛など人生経験を通じて音楽家として深みのある表現力をつけたい」
と語っておられました。

これから彼の音楽はどのように進化、深化していくのでしょう。
彼の音楽の発展とともに、
自分自身、より深く命を見つめられるようなりたいと願っています。

2009.7.8 Wednesday



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