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6月1日 夜行バス


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サンカランコービル最後の朝、
今朝は太鼓の音が鳴りはじめるとすぐに目が覚めました。
今日で南無妙法蓮華経も最後だと思うと身が引き締まります。

お題目を唱え終わって午前6時、今朝の朝焼けは殊の外見事です。
少しの時間差で撮った三枚の写真を並べておきましょう。







外の空気の清々しさ、透明感、解放感、
この感覚は、私はここサンカランコービルでしか味わったことがありません。
何かこの土地自体の気のようなものかもしれません。





以前お寺の飲み水は、先日写真に撮った大きな水汲み場まで行って水を汲み、
それを煮沸して飲んでいたそうですが、
今はお寺の敷地に井戸を掘り、そこから湧き出る水を使っています。



原水は塩分が多いので、フィルターを通した水を飲んでいますが、
この水が本当にものすごく美味しいのです。 (^o^)v
ほんの少し甘みがあって、インドで飲む水では、
市販のミネラルウオーターを含めてここの水がダントツでNo.1 です!

井戸は本堂から少し離れたところにあり、
そこから炎天下パイプの中を通ってくるので、
シャワーの水でもほんのりと温かく、使っていてとても心地いいのです。

最初井戸を掘る時は、どこを掘っていいか分からず、
ずいぶん手間と費用ばかりかかったそうです。
それで業を煮やし、
石谷上人がいい井戸を見つかるようにとお堂でお題目を唱えていたところ、
ついウトウトと眠ってしまい、
その夢の中で小高い丘が出てきて、
そんな場所があったかな?と思いながら、敷地の端っこの丘の下を掘ったところ、
ほどなく水が湧き出てきたそうです。


朝食はまた美味しいおかゆをいただきました。
それとインド版の甘い小豆がメインです。



私はいつも果物から先にいただくので、
私が果物を食べ終わる頃、
石谷上人が食事を食べ終わって果物を食べ始めるというパターンです。 (^^ゞ



連日寝不足なので少しだけ休憩し、
パソコンでのページ更新作業に取りかかります。
今日は午後6時15分発のチェンナイ行きのバスに乗るので、
それに合わせて段取りがいろいろと大変です。
写真をプリントアウトするための準備、
これまでお寺関係で撮った写真データをDVDにするためのデータ選定、
そして夕方までに一度町に行って帰ってくる予定です。

そうこうしていると木村庵主さんが、
「いつでも結構ですので、
 石谷上人が仏舎利塔の石積みを手伝って欲しいと言われてるんですけど・・・」
と言いに来られました。

石積みのお手伝いも大切な仕事のひとつです。
すぐに外に出て私もさせていただくことにしました。

今日は近くのヒンズー教のお寺でお祭りがあり、
いつも来ているおばさん方がお休みで、
おじさんたち二人が石を積んだりモルタルを練ったりしています。
私も彼らに加わったのですが、
言葉がまったく通じないので、
何をしていいのかが分かりません。

5分ほどすると石谷上人も外に出てこられ、
二人でお盆に乗せたモルタルや石を彼らの手元に運ぶ手伝いをしました。



インドの太陽光は強烈です。
少し体を動かしただけで額から汗が噴き出てきます。



一時間ほど手伝ったところで木村庵主さんがお茶を持って来てくださり、
みんなで木陰で一服となりました。



ミルクの入ったティーは、日本の基準ではかなり甘い方ですが、
インド基準だと甘さ控え目で、
あまり甘くないと左から二番目の赤いシャツのおじさんが不満を言うそうです。
私たちも彼らも、もう自分たちの味に慣れてしまっているのですね。

今日のティーにはレモンを入れて飲みました。
インドのレモンはかなり小ぶりなのですが、味、酸っぱさは日本のものと同じです。
汗をかいたからでしょう、レモンを入れたティーの味わいは最高でした。 (^o^)v

石谷上人と私はこれでリタイヤ、インド人たちは本当によくがんばります♪


部屋に戻って大急ぎでページ更新作業を続けます。
ところが再開してすぐの午前11時過ぎ、突然電気が止まってしまったのです。 (☆o☆)

停電(パワーカット)は、すぐ数分で復旧することもよくありますが、
今日の停電は、なかなか電源復旧とならないのです。
私のノートパソコンは、内部バッテリーではほんの30分ほどしか保ちません。
ほどなくしてタイムアウトとなり、パソコンが使えなくなってしまいました。 w(*゚o゚*)w
ここサンカランコービルでの最終日、これはちょっとショックです。
でも仕方がないですね、どんなことでも楽しく受ける、
これはインドの楽しみ方の基本ですので。

電源復旧、ただそれだけを願いつつ、できることをして待つしかありません。
まずは荷物の整理、
いつでもすぐに荷物をまとめて部屋を出られるよう準備をします。
次は木村庵主がすすめてくださった日本山妙法寺関係の書籍読書、
これは読む間がないだろうと思っていたのですが、
停電のお陰で読み切ることができました。
まだ時間があまります。
英語の勉強もテキストを見ながら何ページか進めました。

ちょっとだけいらいらし、
そこらを歩いていると木村庵主さんが声をかけてくださいました。
電力会社に問い合わせたところ、
お寺の周りは3時に復旧し、
町の方は復旧するところとしないところが半々ぐらいかもしれない、
などと言っているそうです。

3時と目安が決まれば耐えるのも気が楽です。
3時になるのを時計とにらめっこしながら待ち続けます。
3時ちょうど、3時5分、10分、15分、・・・ いつまで待ってもなぜか復旧しません。
こんな長時間の停電は、私としてはインドで初体験なのですが、
サンカランコービルでは、月に一度ぐらいこんなことがあるそうです。

もう最後の決断です。
今日を逃すともうインドではデータをアップすることができない可能性がありますので、
昨日のページはまた未完成なのですが、
それも含めて今までアップしていなかった四日分をまとめてアップするために
ネットカフェにスクーターで向かうことにしました。
ネットカフェが閉店、停電という可能性もありますが、
もう取りあえず行くしかないのです。

3時半過ぎ、
なるべく時間の余裕を持って帰ってくるようにと石谷上人に言われながら、
スクーターを駆って町まで出発です。

町に入るとバスがパンクして止まっています。
日本ではめったに見ることのできない光景ですが、
インドではしょっちゅう見る当たり前の景色です。



悪路をあれだけメチャクチャな運転で走るのですから、
タイヤに負担がかかって当然です。
バスが並んだ状態で止まっているので、
スクーターですら離合することができません。

私がバスの間で停まってカメラのシャッターを切っているのを、
向かい側のスクーターの男性たちは、嬉しそうな顔をして笑って見ていました。

パソコンで写真を確認して気がついたのですが、
右側の赤いバスも左前輪がないですね。
きっとこちらもパンクしたのでしょう。
それにしてもここはバスのパンク修理場なのかな?
町中の道路なんですが。 (;^_^A


町は電気が通っているのか、
例によっていつも薄暗い店の中は、停電中なのかそうでないのか、
パッと一目見ただけでは判断できません。
それでもしばらく行くと、一軒の店に小さな灯りが点っています。
まさに希望の光です。 ^^☆

ネットカフェの前まで行くと、二回の店の前に人の姿が見えました。
なんとかセーフ、店でのネット接続は可能なようです。 (^o^)v



今日は固定した台に置かれたディストップパソコンの手前に
ノートパソコンを置いて作業します。
かなり手狭ですが、そんなことはまったく問題ではありません。



大急ぎでデータをサーバーにアップし、メールをチェックし、
40分ほどで作業を終わらせました。
今日は代金20ルピー(40円ちょっと)です。

サンカランコービルの町も当分見納めかと思うと、
やっぱり郷愁(?)のようなものがこみ上げてきます。



お寺から町まではこんなのどかな道なのです。



こんなヒンズー教の施設もあるのです。



牛だって、モーたくさんってほどいるのです。 (^^ゞ





お寺の一階、本堂は二階、
手前右側が食堂と台所です。



向かいの扉が木村庵主さんのおられるところ、
廊下すぐ右側が石谷上人のお部屋です。
私の泊めていただいていたゲストルームは、
右の廊下を奥に進み、突き当たった左側にあるのです。



ちょうど午後5時にお寺に戻ると、夕方のお勤めがはじまっていました。
お上人さんたちは、南無妙法蓮華経と太鼓を叩き、お題目を唱えながら、
時折お供え物をしたり、線香に火を灯したりするのです。

木村庵主さんの線香を灯す姿はとても絵になっていて、
いつか写真に撮りたいと思っていました。



地元の方が家族三人でバイクに乗ってお参りに来てくださいました。



上の写真は、
いつも最後に参拝する日本山妙法寺の開祖 藤井日達聖人を奉るお部屋です。

今日の夕方のお勤めは、
私をバス乗り場まで送ってくださるため少し早めに終了しました。
いつも限りないお心遣いに感謝します。


バス乗り場は町中の通りにあります。
近くに電気屋さんがあり、箱に入った冷蔵庫が大量に店頭(路上)に置かれています。



今は冷蔵庫が普及する時期なのでしょう、
冷蔵庫が各家庭に入れば、インド人の食生活は劇的に変化する可能性があります。
それがいいことなのかどうなのか ・・・ 。

バスがなかなか来ないので、みんなでお茶を飲むことに。



可愛い子がカメラを見てはしゃいでました。 ^^☆

バス乗り場はこんなところにあるのです。



なんでこんな狭苦しくてゴチャゴチャしたところがバス乗り場なのでしょう、
渾然一体という単語が頭に浮かびます。

別のバスが停まっていて、
その前で椰子の実の中味が勢いよく投げつけられて割られます。



これはインド流の清めの儀式です。

予定より遅れてバスが到着です。
このバスは、昨日ムルガンと行ったテンカシが始発です。



バスの中から撮った木村庵主さん会心の笑み、
彼女の人柄がよく出ています。



木村庵主さんはインド旅行中に偶然石谷上人と出会い、
その後得度を決意し、インドに渡り、
これまで五年間、
世界平和のためにインドを中心に石谷上人とともに活動を続けておられます。
たぶん現在33歳になられたぐらいだと思います。

お話しする限りでは、物腰の柔らかなとてもおっとりとした女性的な方ですが、
その内側の一体どこに隠れた情熱のようなものがあるのか ・・・ 、
私がインドに住んでいるのなら、
彼女と石谷上人の半世紀を是非書いてみたいものです。



バスは予定より30分遅れの6時45分に出発しました。
バスが動き出すと同時に、
二人で団扇太鼓を叩きながら南無妙法蓮華経を唱えてくださいます。
バスが動き出してしばらくの間、
私の耳の中には太鼓の鳴る音が響き続けました。

ああ、また胸がキュンと痛くなります。 (>_<)
人の情とは素晴らしいですね、
異国の地にいると、そんな思いが倍加されるのでしょうか、
今まで日本の中で味わってきた、
狭い場所、狭い人間関係の中での喜怒哀楽とはまた違う、
深いところでの魂の響きです。


バスはノン・A/C、エアコンなしですが、窓を開けて快走している限りは快適です。
途中何カ所も停車し、人が乗り降りしたり、
何か訳の分からないことでゴチャゴチャやってます。



効率の悪さ、時間の適当さはインドの特徴です。
止まったり走ったりですが、インドの道は渋滞もなく、
バイパスなんかはかなりのスピードで駆け抜けます。

途中私の隣の席には若いインド人男性が乗ってきて、
席番号のことでいろいろ何か言ってきましたが、
少しして自分の勘違いだと気づいたようで、何も言ってこなくなりました。

その後で私にタミル語で話しかけるので、
「タミル語は分からない。私は日本人だ」と言ったところ、
「日本人か〜♪」と何か感心しているようでした。

その彼が体をしょっちゅう動かして、
私の肩や腕にたびたび接触してきます。
そのあたりの無頓着さは人種の違いですのでどうにもなりません。
そんなものだとあきらめるしかないのです。


大都市マドライを少し過ぎたあたり、
時間にして11時半を少し回った頃、
バイパスの交差点の前でスピードダウンし、
向きを逆、南に向かって反対車線を来た方向に戻りはじめました。

反対車線にあるドライブインに寄るためです。
少し遅い夕食の時間です。



同じような長距離バスがすでに二台停まっていて、
レストランの中は満席でした。
待ってゴタゴタして遅くなったら困るので、お茶と何かを揚げものをと思いましたが、
外の茶店は飲み物しかありません。
仕方がないのでレストランの中の売店で、
20ルピー(40円ちょっと)のポテトチップスと10ルピー(20円ちょっと)の
甘いお菓子を買いました。



全員がバスに乗り込み再び出発です。
方向は、・・・ なんとバスはここまで来た反対車線をそのまま北方向、
つまり車の流れと逆方向に走り出すのです。
つまりよく事故で新聞に載っている逆走というやつです。

片側二車線、中央分離帯のある立派なバイパスです。
車が逆走しているのはこれまで何度も見ましたが、
いざそれが自分の乗った車だと、あまり気分のいいものではありません。

交差点までの数百メートル、無事逆走し終え、
本来の車線に戻ってチェンナイを目指します。


さっき買った甘いお菓子の方は食べられましたが、
大好きなポテトチップは、かなり塩辛く、また油っぽく、
半分ほど食べたところで音を上げてしまいました。



たぶんこのように油を大量に使ったスナック菓子は、
保存料か酸化防止剤をうまく使わなければ、
いわゆる “油がまわった” 状態になるのだと思います。

食のストライクゾーンはかなり広めの私ですが、
このポテトチップスの味はあまりにも大陸的すぎです。
たぶんほとんどの日本人なら美味しくないといって食べないでしょうね。
  (それでも後でお腹がすいたので、残した半分も食べてしまいました。
   最後の方は特に塩味がきつかったです)


この夜行バス、なかなかゆっくりと寝られるような状態ではありません。
けどそれもまた旅の楽しい思い出のひとつです♪



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