新鮮な戸惑い

6月19日、領事館からの電話で「出国許可書が間に合いません」と告げられてから今日でちょうど一週間、この間怒濤の如く濃密な時が流れ、ずっと睡眠不足が続いているせいか、日にちの感覚が不確かになっています。

少し前に、幼い頃に家庭で虐待を受け夜中安眠することができず、そのため一日一日の区切りを明確ではなく日にちの記憶が不確かな女性の話を本で読み、今そのことが実感として少し理解できる気がします。

インド滞在中は気が張り詰めていたのが今になって気が緩み、ストレスが一気に吹き出てきた感じです。

それでも不思議と身体はあまり疲れを感じず、だからこそより一層精神的に負担を受けるのかもしれません。
心と身体はバランスよく負荷をかけるのが理想です。

インドでもネットで日本の状況は随時詳細を知ることができました。
けれど実際に目で見る光景とにはギャップがあり、それが感覚的に受け入れられず、それで神経が高ぶっているように思います。

何度も書いているように、インドの感染拡大は止まりません。
滞在していたタミルナド州の最新25日の新規感染者数は3509名でこれまでの記録を大きく更新しています。

そして規制はより厳しくなり、これが昨夜タンビかに届いたメッセージです。

タンビ

カニャクマリからの外に出ることは原則禁止となり、間一髪、最高のタイミングで帰国できたことを”神の恵み“としなければなりません。

それに対してここ日本の広島は、この一ヶ月半の間の新規感染者がわずか三名と感染の危険性が(インドと比べ)極めて低いにもか関わらず、みな万全の予防体制を取っています。

今の自分は不要不急の外出を避けなければならない立場ですが、たまに外に出ると、ほぼ全員がマスク着用で歩いていることに驚きを感じます。

確率的にいって、マスク着用の有無によって感染率、また他人に感染させる確率はどの程度変化するのでしょう。

この慎重過ぎる姿勢が日本のよさであるのは事実です。
けれどまったく穿った見方ではありますが、この慎重さが、多数の貧困層を抱え、衛生環境の極めて悪いインドが取り残されていることを示すようで、一抹の悲しさを感じます。

そんなこととインドの今後のこと、さらには”神の恵み“を受けて帰国した自分が何をするべきなのか、これまでのインドでの生活とのあまりにも大きなギャップに戸惑っています。

けれど戸惑うということは、すべてを新鮮な目で見つめていればこそであり、この感覚は大切にしなければなりません。

心は常にインドに、そして最も貧しい人との思いを共有し、日本の地に於いて理想を追求していきたいと思います。