帰国を控え

今日は6月19日、明日朝早くインド最南端の地を離れ、車で3時間ほどのトゥートゥクディという小さな飛行場から州都チェンナイに向かい、チェンナイから首都デリーに飛び、21日夜遅くのエアインディア特別機に乗って成田に向かいます。

thoothukudi airport

日本は今日19日から県をまたぐ移動が解禁になったそうですね。
こちらは真逆で、今日から州都チェンナイはさらに外出規制が厳しくなり、州内であっても飛行機で移動する必要があるのです。

明日はこの敷地から三ヶ月ぶりに外に出られるのかと思うと心が踊ります。
これまでこんな半隔離生活は体験したことがなく、外の景色がどのように目に映るのか、気分は浦島太郎です。

それにしてもここ二三日、飛行機のチケットと出国許可書のことでくたびれ果てました。
まだ正式な出国許可は下りていませんが、たぶん大丈夫のはずです。

睡眠不足で横になろうと思っても、気が高ぶっていて眠ることができません。
もしここで熱でも出したらすべてが水の泡であり、とにかく体調を整えることが必要です。

今の自分にとっては日本に帰国できるというよりも、インドから無事出国できるという思いの方が強く、この出国に至るまでの手続きは本当に大変でした。

再々延長されたロックダウンが終わり、それでも規制が残り感染が広がり続ける中、一刻も早くという気持ちで帰国方法を検討し、結果的に各国政府が要請した特別機の中でベストな選択ができたと思います。

その飛行機のチケット予約、飛行場までの移動方法、ビザが切れている中での出国許可書の申請と数々の煩雑な手続きを、周りのインド人たちが協力してくれたことにより無事終えることができました。

そしてまだ出国許可書を取る前の申請書の段階ですが、この手続き方法について、チェンナイにある在チェンナイ日本総領事館の日本人スタッフの方たちが実に親身になってアドバイスしてくださり、またメールでインド政府の管轄事務所との仲立ちをしてくださり、誠に持って感謝の念に堪えません。

申請書の作成はネット上で行いましたが、これが実に面倒です。
細かい所まで記入を求められ、必要書類や写真を添付し、しかもその書類や写真には定められた様式があり、それをクリヤーしないことにはゴールまで辿り着けません。
そしてその説明はすべて英語で書かれています。

例えば写真は50KBという容量以内、縦横比と拡張子の規定があります。
つまり撮った写真をトリミングし、リサイズし、拡張子を変更しなければならないということです。

この言葉の意味がお分かりですか?
もし分からなければ、あるいはできなければ、今回のような状態でも自力での出国は危ういということです。
昨日から今日にかけ、この写真を添付することだけで数時間を要しました。

今回感じたとても大切なことを赤で記します。

もし海外旅行中にトラブルに見舞われ、それを何とか自力で解決しようとするならば、ネット環境とそれに対応する様々なデバイス、さらにはそれらを使いこなすコンピューターリテラシーは必須です。

現在手元にあるネットとつながるデジタルデバイスはスマホ二台とiPadです。
もしこれがスマホだけなら申請書の自力作成は難しかったと思います。
またノートパソコンがあれば、書類や写真の編集は少し楽にできていたでしょう。

iPadでもできないことはありませんが、普段そこまでの作業をすることがなく、やはりタブレットはシンプルな分だけ使いこなすための操作方法が複雑です。

ここにいる二家族には本当にお世話になりました。
完全に家族と同様に扱ってもらい、その点は最高に恵まれていたと思います。

自分がしたことと言えば、たまに掃除をし、遠く中東で暮らす息子や娘、孫たちへ写真や動画を編集して送ったり、若いタンビに日本語を指導したことぐらいです。

これから近く9歳になるというお孫さんへのビデオメッセージを作ります。
そしてタンビはチェンナイにある日本企業で働きたいとのことで、推薦文を書いて送る予定です。

ここはたくさんの動物たちがいるので心癒されました。
よく懐いてくれたワンちゃんが、最近はますます懐いてくるようになり、本来来てはいけないゲストハウスの二階をほぼ根城のようにし、部屋にも入ってきて寝転がっています。

インドのワンちゃん

この子と別れるのはちょっと寂しいですね。
けれど広い敷地をロープなしで走り回れるワンちゃんたちは幸せです。

自分も明日から、そのロープから解き放たれます!(^。^)

最後に。
さっき横になってボーッとしていると、疲れ切った頭の中に様々な思いが飛来してきました

そのほとんどは日本のこれまでの日常である取るに足らない風景ですが、それらがあまりにも懐かしすぎるからか、それを見ている自分の心の中に、これまで感じたことのない深淵とも呼べる奥深い谷間が見え、そこに生きる喜びの根源のようなものを感じるのです。

少し前に何度かこのホームページでご紹介した五嶋みどりの奏でるヴァイオリンの世界です。
空高くにそびえる天上界ではなく、誰しもが心の中に持っている魂の源泉です。

もしかしたら、これが今回のインドの旅で得た最高の収穫かもしれません。

やはりこれは言葉にすることはできません。
けれどそこから形を創っていくことはでき、これがこれからの課題なのだと感じます。

インドで長期間のロックダウンを経験したことは無謀で無駄なことだったのか、あるいは今後につながる素晴らしい体験だったのか。
それは明日の自分自身が決まることです。