いざ鎌倉

「いざ鎌倉」
北条時頼の話に由来し、一大事が起こった時は何よりも義を大切にし、一目散にそれを果たすために駆けつけるというこの諺はよく知られています。

今から八年か九年ほど前、ある女性の方がネットを通して美波動を買ってくださいました。
このホームページの愛読者だと言われるその方に購入御礼のメールを送り、その後何度も気やすい感じのメールのやり取りをさせていただきました。

その方のお住まいは鎌倉市で、ある時その方はどんなところにお住まいなのかと思って住所を地図サイトを使って開いてみました。
するとその地図の隅の方に鶴岡八幡宮があるのが目に入り、その時初めて鶴岡八幡宮が鎌倉にあるということを知りました。

鶴岡八幡宮

自分の持つ生命観の原点は文明法則史学です。
ここからすべてのものに通じる生命の探究が始まり、今に至ってます。

その文明法則史学の創始者である故村山節先生は、脚がお悪かったこともあり、どこにも属することなく鎌倉のご自宅で歴史や古事記、天才に関する研究を続けておられました。

ある日家の近くの鶴岡八幡宮にお参りに行った時、突然何処かから
「歴史は直線の分析から始まる」
という声が聞こえ、その声に従って長い年表を書き、家の廊下に敷き詰め、長い歴史における法則性を発見されました。

村山先生が鎌倉にお住まいだったことと、鶴岡八幡宮のことは知ってはいたものの、頭の中でその二つは結びついておらず、鎌倉の女性の住所を検索し、鶴岡八幡宮の場所を初めて知りました。

鶴岡八幡宮はいわば文明法則史学の原点ともいえるところです。
その実際の場所をネットで知り、そこにお参りに行ってみたいという気持ちが急にもたげるものの、鎌倉は広島からは遠く離れていて簡単に行くことができません。

そこで失礼かとは思いましたが、その女性に自分の代わりにお参りに行って欲しいと厚かましくもお願いをしました。
するとあまりにも失礼なお願いだったからか、そのメールに返事が戻ってくることはありませんでした。

そこで深く反省し、やはり自ら足を運ぶべきだと思い直し、その女性にあらためてその旨を書いたメールを送り、数ヶ月後に自分自身で鶴岡八幡宮に参拝に行かせてもらいました。

後で分かったことですが、その方に送ったお願いのメールはなぜか届いていなかったのだそうです。
これも必然だったのでしょう、こういった意味を含んだメールトラブルはこれまで何度か経験しています。

これが自分にとって初めての「いざ鎌倉」体験です。

文明法則史学と出合うもっと前、精神世界に足を踏み入れたのは、大学入学と同時に入信した天理教がキッカケです。

中学生の頃から家族ぐるみの付き合いで知っている自分より14歳年上の女性が自分にとっての天理教の先生です。
先生と出会った当初はまだ若い普通の主婦でしたが、離婚をし、幼い子どもを抱えながら布教師の道を歩むその姿を見て感銘を受け、天理教に入信すると同時に自らも神の道に進むことを決意しました。

その後サムシンググレードの村上和雄先生のご実家の教会で弟さんから、すぐに布教師になるのではなく、まずは大学を出てから就職してと説得され、少しずつ天理教から離れていくことになりました。

すべてのものに通じる生命を知った今、特定の神名を絶対的存在として崇めることはできません。
ですから今の自分は天理教の信者ではなく、また仏教、キリスト教の信者でもありません。

かと言って宗教が不要だとは思いません。
あまたある宗教の中で天理教が特に優れているとは思いませんが、自分の天理教の先生は一人の宗教家としてとても尊敬できる方であり、今でもご縁を持っていただき、そこが自分の精神世界の原点であることに誇りを感じています。

その先生から、二年前にSOSの電話をいただきました。
そんなのは初めてのことです。

車を運転していて大きな事故に遭い、肩に大怪我をして入院し、それとともに娘さんの嫁ぎ先の家業がうまく回っていないので、何とか手助けして欲しいとのことでした。

先生には両親が亡くなった時にこの上なく深い心配りをしていただきました。
三十数年前父が胃がんで亡くなった時は、一ヶ月以上ガリガリに痩せ細るまで断食しながらお祈りくださり、母が亡くなった際も我ことのように心配してくださったことを忘れることはできません。

その思いはずっと心の中に残っていて、SOSの電話をいただいた時、今こそ「いざ鎌倉」、ご恩返しの時であると心が勇み立ちました。

そのご恩返しが十分にできたかどうかは分かりませんが、ご恩返しをしていると感じている時は、そのご恩を受けた時のことを思い出し、当時と同じように胸が熱くなるものです。

ご恩を受けることは財産です。
そしてそれと同時に、ご恩を受けたことを忘れずに、いつかご恩返しをと胸で思っていられることもまた財産だと感じます。

そして今、いよいよ文明の大転換期の最中に突入し、このような旧来の価値観崩壊現象がいつかは必ず起こると頭では理解していたものの、その渦中で当初は戸惑いが勝っていました。

けれど少しずつ時を経て、今こそこれまで学んできたものを花開かせ、多くの人に伝えるべき時、その思いが肚(はら)に落ちてきました。

「いざ鎌倉」
目指すべき鎌倉のある場所と方角は見えています。
そこに自らの役割を果たしながら歩んでいくだけです。

「鎌倉」は、これまで人類が歩んでその道の延長にありながら、過去進んできたのと同じ歩みではたどり着けないところです。

先へ先へと進化ばかり求めていては見えないところ。

自分の原点、『STAY HOME』、これは今だけではなく、将来にも通じる価値観です。