薬効

ここインドにいても変わらず続けている習慣のひとつが爪もみです。
インドにお風呂はありませんが、一日四回ぐらいは水浴びをし、そのうち一回か二回は硬い床にしゃがみ込み、手足二十本の指に感謝の思いを込めながら爪の両脇を揉んでいます。
  <爪もみ健康法>

爪揉み

普段意識のいかない人体の末端(陰性)、そこに一日一回か二回、その日一日健康に過ごせたという過去(陰性)に思いを寄せて感謝(陰性)をする、これは自分の肉体に対する最高の感謝行であり、この上なく心地いいものです。

爪を揉む時間はごくわずか、そこにいかに思いを込めるかが大切で、実際に口から言葉を発してするとなお最高です。

指を一本ずつ順番に、爪の両脇を揉んでいきます。
その時に手の薬指だけは揉みません。
それは他の指先は交感神経を司っているのに対し、薬指だけは鎮静作用のある副交感神経とつながっていて、ここはあまり刺激しない方がいいと考えるからです。

とはいえ薬指だけを無視するのはかわいそうなので、薬指には指全体を包み込むようにして思いを伝えています。

大切だけれども普段は刺激しない指、そこに日常的には口にはしないものの、いざという時にとても大切な薬という名前を持ってきた、その先人の英知に頭が下がります。

インドに来て困ることのひとつが蚊の多いことです。
昨年はなぜか蚊がほとんどいなくて助かりましたが、今年は例年通り蚊が現れて、日本人の血は特に美味しいのか、手足、特に足首あたりはかなり噛まれてひどい状態になっています。

蚊除けは日本から持参したバッテリー駆動のもの、インドの電気式、それに蚊取り線香と三種類使っていますが、それでも部屋が広いせいもあって万全ではありません。

蚊取り

蚊は主に日が沈んでから活動し、夜は蒸し暑いこともあって全身がむず痒く、寝苦しく、それでかなり体力を消耗してしまいます。

日中も集中して噛まれたところがたまらなく痒くなって掻き毟ってしまうことがあり、痒み止めの薬が欲しいと思うのですが、インドには蚊除けのクリームはあっても、蚊に刺されたあとでケアする薬はほとんどないようです。
それに今はロックダウンの最中なので、自由に買いに行くことができません。

それをスレッシュに相談すると、いわゆる天花粉と呼ばれる白いパウダーとアレルギーの薬を持って来てくれました。

幼い頃よく母親につけてもらった天花粉は香りも懐かしく、水浴び後につけるとスーツと冷えてとても心地いいものです。

けれど薬には抵抗があります。
虫刺されってアレルギーなのでしょうか、そこもよく分かりません。

ちなみに英語ではアレルギーはアレジー、今注目のウイルスはヴァイラスと発音します。

日本では薬を口にすることはほとんどなく、風邪でもインフルエンザでも腎臓結石になった時でも薬なしで自力で治しました。

二十年以上前、ガラスを踏んで足の裏を切り、数針縫ってもらった時に化膿止めの薬をもらい、それを最初の一日分飲んだのが最後だと記憶しています。

ただしインドでは食当たりで全身にアレルギーが出たことがあり、十年近く前に二回医者にかかり、注射を打ってもらい薬をもらいました。
これはその時の写真で、石谷上人が薬を窓口で受け取ってくださっているところです。

サンカランコービル

その時はサンカランコービルにいて、石谷上人と木村庵主さんの言われるのには、お二人とも同じように食べ物で全身にアレルギーが出たことがあり、その時に医者に行って注射を打ってもらい薬を飲んだら二三日でよくなったとのことでした。

自分も普段薬を飲まないからでしょう、薬は劇的に効き、すぐに痒みと痛みは治り、ちょうど二日半で症状は完全に治りました。
ただし腫れていたところの跡は後々まで残りました。

今回の虫刺されはアレルギーなのかどうかよく分からないものの、痒みがなかなか治らなくて辛いので、インド滞在中は特別で、これも経験だと思い薬を飲んでみることにしました。
錠剤は米粒と変わらないぐらい小さなものです。

インドの錠剤

この薬、劇的に効きました。
日が暮れてから飲んで、その数時間後にベッドで横になった時には全身どこにも痒みを感じることなく、あの必死になって掻き毟っていたのが嘘のようです。

その夜は久しぶりに熟睡することができました。

薬はやはり効きますね。
その薬効は大したものです。
そして普段まったく薬を口にしないので、劇的な効果を示してくれる自分の体に感謝です。

この普段薬を口にしないというのは、自分にとってとても大切な養生法のひとつであり、今最重要課題となっている武漢肺炎に対しても、この養生法が極めて大切だと考えています。

武漢肺炎に対する報道で、医師やウイルス専門の研究者の方たちの発言を頻繁に目にします。
そういった方たちの意見は専門的で深く、そのような方たちを差し置いて自分が意見を述べるのはいかがかと思いますが、そこで述べられているのはこのたびのウイルスの性質であったり、また感染を防ぐための方法であったりして、ウイルスといかに関わっていくかという養生について述べられているものはほとんどありません。

これは広い東洋的観点からすると、すべて対処療法的なものであり、これでは今回の武漢肺炎の問題が解決しても、また新たな問題が現れた時には一から対処することを求められてしまいます。

自分はウイルスについての専門的知識はありません。
自分が関心を持っているのはその根底に広がる心身の普遍的摂理です。

知識ではなく知恵。
ひとつのものを深く探った対処療法的なもの、それも必要ではありますが、その根底により幅の広い心身を健やかに保つ養生という知恵が求められます。

薬に大きな効果があるからといってそれにばかり頼っていると、その薬効は少しずつ小さなものになっていってしまいます。

それよりも大切なのは薬に頼らずに生きていける体になること、そうなれる日常生活を過ごすことです。

武漢肺炎恐るるに足らず。

そう言えるように養生することが大切です。