ありがとう、コロナウイルス

味わい尽くす生きている喜びに書いたのは、武漢肺炎の負の側面だけを見るのではなく、それによって生じたメリットや、これまで当たり前と考えていた物事への新たな見方など、そこから生まれたものすべてを感じ取り、味わい尽くすということです。

そのことをより洗練されたい形で訴えている、芸術家であり歌手でもあるリヤ・ソコルさんという方の「ありがとう、コロナウイルス」という動画を見ました。
これはとても胸に響きます。

赦(ゆる)すことと正す(糾す)こと、その線引きは難しいものです。
武漢肺炎の発生源となり隠蔽政策によって世界中を混乱の極に陥れたにも関わらず、今は開き直った態度で逆に救世主のような顔をしている中国は、絶対に相手に弱みを見せず批判的性質旺盛な性悪説です。
日本はその逆に性善説を固く信じ、相手に謝りさえすれば向こうは分かってくれるという姿勢から抜け切れず、その体質は様々です。

隠蔽体質は非難されるべきですが、強い批判体質と寛容な赦す心、これはどちらが正しいというものではなく、男女両性で新たな生命が生まれるように、そのバランス、塩梅が大切です。

今はこの非常時に際し、特に行政のあり方などに対してSNSで激しい怒りの目を向けている方を多く見受けますが、今一度冷静になり、赦すことと正すことのバランスを感じ取っていただきたいと感じます。

その批判がいかに正論に近いものであったとしても、激しい怒りや憎悪から生じたものはいい結果を生みません。

また対象となるものが自然災害やこのたびのようなウイルスであった場合、その被害を少しでも少なくし再発を防ぐ努力をするとともに、生じてしまった取り返しのつかないものに対しては、より寛容で豊かな見方をすることが大切だと考えます。

「ありがとう、コロナウイルス」には共感だけではなく、批判的な意見もあるそうです。
今世界を大混乱に陥れているコロナウイルスに感謝し、それを受け入れるのは難しいと感じる人がいるのは当然だと思います。

これは根本的な思想の違いによって生まれるものでしょう。
究極の善というものはすべての悪を駆逐したところから生まれるのか、本来善悪というものはなく、その両方に価値を見い出すべきと考えるのか、その違いです。

ただやはりそこで見つめるべきは、その思いが自分の心のどこから生じたのかということです。

今はネットによって仔細な情報まで探り出すことが可能で、それが一気に広がっていくことがあります。

その万能感に酔いしれ、例えば芸能人の不倫やスキャンダルなどを細かなところまで暴き出し、その人の家族などの個人情報まで晒して批判をする正義マン、正義中毒とでも呼べるような人が増えています。

そうなった一因は、人間が自然から離れて感覚が麻痺し、目の前のネットという仮想現実の世界で自らが神であり裁判官であるという錯覚に陥り、そこに快感を見い出してさらにのめり込むようになり、そこから生じた不全感をまたその“正義行為”で解消しようとする悪循環が生まれているからだと感じます。

これは機械、ネット文化のひとつの弊害ですが、そういった文明病に対する見直しの機会を与えてもらっただけでも、このたびの武漢肺炎に価値を見い出せるのではないでしょうか。

さらにもうひとつ、これも根本的なものの考え方です。
大切なのは、それが善か悪かという客観的な結論か、それをどう活かすかという主観的ものの見方かということです。

武漢肺炎が人類に対して大きな災厄を与えたことは事実です。
けれど『人間 万事 塞翁が馬』どんな悪いと思えることでも、それが最終的にどのような結論を生むのか、またそれにどういった価値を与えるべきなのかは誰にも分かりません。

もう起こったことは変えられない以上、今大切にしなければならないのは、今この瞬間、これからそれをどう活かしていくかということです。

繰り返しますが、怒りや憎しみからはいいものは生まれてきません。

怒り、憎しみ、その対極にあるのは感謝です。

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ありがとう、コロナウイルス/リヤ・ソコル

ありがとう。私たちを揺さぶってくれたことに。私たちが思っているのよりずっと大きな何かに、私たちがまったく依存していることを、あなたは見せてくれた。

ありがとう。私たちが今どんな豊かさの中に生きているのかに気づかせてくれて。ありあまる品物や自由と健康をほしいままにし、私たちはそれを当たり前のように思っていた。

ありがとう。私たちを立ち止まらせてくれて。おかげで私たちは忙しさの中にどんなに自分を失っていたのかを見ることができた。その中で私たちは、一番基本的なことをないがしろにしてきた。

ありがとう。おかげで私たちは、あんなに大事なことのように思えていたあらゆる問題を忘れていることができる。そして、何が本当に大事なことかを見ることができる。

ありがとう。交通を止めてくれて。地球は環境がどんなに汚染されているかを見てほしいと長いこと私たちに訴えてきた。だけど私たちは耳を傾けてこなかった。

ありがとう。このすべての恐怖に。恐怖は何年も世界的な病だったのに、私たちの多くはそれに向き合おうとしなかった。今、私たちは恐怖に向き合わざるを得なくなり、愛と周りの人々の支えとで恐怖を抱きしめることを学ばされている。私たちの人生をこんなふうに見直させてくれてありがとう。

ありがとう。私たちは今、ようやく理解することができる。私たちは皆つながっている、ということが何を本当に意味するのかを。

ありがとう。私たちの間のつながりに。
世界は変わらなければならないということはわかっていた。私たちがすべてを壊すのを助けてくれてありがとう。これで私たちは世界を初めから作り直すことができる。

このウィルスは私たちの一部。私たちの間にあるものであり、私たちの中にあるもの。このウィルスが私たち皆をつなぎ合わせてくれる。物理的にもエネルギー的にも。
感謝の念は免疫システムを強化するけれど、それだけでなく、物事を多くの側面から見ることができるようになる。どの側面から見ることを選ぶかは、私たち自身が決めること。
だけど、最上なのはすべての側面をしっかりと見るということ。

感謝の心を忘れないで、目覚めていましょう。
同じものは二度と還ってきません。
世界は今、変化しています。

和訳:Chihiro Sato-Schuh