あいみょん

二週間ほど前、懇意にしているミュージシャンの十輝くんから
「4月の初めに平和公園で花見をするから、久しぶりに一緒に一杯やりませんか」
というメッセージをもらいました。

その時は「その日までに日本に帰れたら」と返事をしましたが、その後3月25日にインド全土に三週間の外出禁止令が出され、日本のキレイな桜を今年は見ることができなくなりました。

それに広島も少しずつ武漢肺炎の感染者が出て、もうお花見ムードではなくなっています。

十輝くんは自演の歌を時折YouTubeにアップロードしていて、昨日それをfacebookを通して紹介していました。

日米ハーフの十輝くんは英語がネイティブで、さすがに洋楽でも歌い方に淀みがありません。
彼は十代の頃から人を引き付ける熱いパッションを持っていて、現在26歳、少しずつ年齢と経験を重ねるごとに歌に幅と厚みが感じられるようになり、何より素直で素晴らしい性格をしているので、彼はいつかきっと大きく花開くと大きな期待の目を持って見ています。

彼のカバーした「さよならの今日に」というのは初めて聴く曲です。
それ以前に原曲を歌うあいみょんという歌手自体を知りません。

十輝(最近芸名をTOKIに換えました)くんの動画の横のおすすめ動画の中に、そのあいみょんの歌があったので、何気なく聴いてみることにしました。

武道館のステージにアコースティックギターを抱えてたった一人で立ち、観客全員の心を鷲掴みにするこのパワー、存在感は一体何なのでしょう。
うまく言葉で表現できませんが、あまりの迫力に続けて六回聴いてしまいました。

歌に込められたメッセージ性もすごいのですが、何より芯の太いギターの音色が凄まじい・・・、これまで四十数年間ギターを弾いたり聴いたりしてきましたが、こんなに心を直接揺さぶるようなギターの音を聴くのは初めてです。
まさに度肝を抜かれました。

この音色は、ギターという楽器によるものでも録音によるものでもなく、彼女自身の心身から発せられる生命力から出ているのでしょう。
それが限りなく心地よく力強いのです。

この歌に宿る力は、高度経済成長、学生運動華やかりし頃の70年代フォークを彷彿させますが、本質はそれとはまったく異なる、今の時代を生きる彼女自身のものなのでしょう。

今の音楽業界は世代によって大きく分断され、すべての年代が聴くことのできる楽曲はほとんどありませんが、このあいみょん(ネーミングがちょっといただけませんね)の音楽は、世代を超えて多くの人たちの心の奥に響くものと感じます。

あいみょんの歌を数曲聴き、この曲の持つ強烈なメッセージ性にまたまた驚かされました。

どのようにしたらこんなふうに歌と言葉に思いを乗せることができるのか・・・、強いて言えば初期の井上陽水、浅川マキなどを思い出させますが、やはりそんな他人と比べるのは失礼です。

自殺者の心の叫びを歌ったこの歌は、自殺者本人、それを見つめる者、その主観、客観を超えた彼女自身の強烈な思いが、その強さゆえ本来の主題である死とは対極の生を強く感じさせ、たぶん死を見つめる人にも大きな勇気を与えるでしょう。

こんなことを解説しても仕方ありませんが、これが褒めるでも諭すでもない、相手に寄り添う“勇気づけ”なのだと感じます。

調べてみると、彼女はもう立派な有名ミュージシャンなのですね。
こんな強烈な命の叫びを今の若い人たちが支持しているということ、そこに希望を感じ、それが新たな時代への牽引力となることを強く願います。

昨日聴いたこのギターの響きも心に残りました。
ゴーストタウン化したサンフランシスコの街の景色がシュールです。