菊の花

広島市の北部に可部という町があり、そこには噛み合わせの名医である山﨑歯科や長年懇意にしてもらっているH先生のおられる老人施設があり、ほぼ毎月のように通っています。

可部は広島市中心部から約二十キロ、可部線というJR路線もあるものの、アストララインという新交通システムに沿った道路や旧道を自転車で走り、約一時間半ほどかけて健康のために汗をかいています。

自転車は普通のママチャリなのでそんなにスピードを出すことができません。
それでも風とともに流れゆく景色は美しく、街路樹や家の軒先の花壇に季節の香りを感じます。

周りの人に可部まで自転車で行っていると言うと、たいていとても驚かれます。
普通の人はそんなことをしませんから・・・。

健康というのは本当に有り難いもので、何物にも代えがたい宝物です。
ママチャリのペダルは重たいけれど、普段車椅子の人たちと接しているからか、ただ自由に移動できるということに無上の喜びを感じます。

その移動の自由という健常な肉体を持っていれば当たり前にできるそのことに喜びを感じられる、その今の心の状態がとても幸せです。

H先生は元小学校の女性校長で、終戦後すぐの時期、まだ十代の頃から教壇に立ち、小学校を退官された後も大学や専門学校で教鞭を執られ、人生のほぼすべてを教育に捧げてこられました。

H先生は多くの教え子や知り合いの方たちからとても慕われてはいるものの家族がおらず、二年ちょっと前に一人暮らしが難しくなったということで老人施設に入られるようになりました。

そしてその間少しずつ記憶力の衰えが見え始め、今は少し前のことがほとんど覚えられないようになってしまいました。

それでも昔のことはある程度は覚えておられるもので、自分が施設を訪ねた時にはiPadに入っているH先生のたくさんの思い出写真を映し出し、ひとしきり昔話に花を咲かせます。
そしてYouTubeで大好きな美空ひばりの歌を二人して聴き入り、感動を分かち合っています。

毎回これとほぼ同じことをしているのですが、前のことはほとんど覚えておられないようです。

お年寄り、特に女性の方はお花を見るのが好きですね。
H先生もきれいな花が大好きです。

広島では、十月末から十一月にかけての約二週間、広島城の周りで菊花展が催されます。
手入れをされたたくさんの菊の鉢が数十メートルに渡ってずらりと並び、様々な盆栽やテーマに沿った大きなモニュメントなども設置されます。

H先生とはこれまで何度かその菊花展に足を運び、その時の写真もiPadに入っています。
そしてその写真を見るたびに、H先生は嬉しそうな笑みを讃え思い出を語ってくださいます。

思い出は花とともに、大輪の菊をバックに微笑むH先生の写真を見ていると、そんな言葉が思い浮かびます。

昨年は一緒に菊花展に行くことができなかったので今年こそはと思い、先月初めにお伺した時に月末の一日を決め、カレンダーに「菊花展」と予定を書き込みました。
もう体力的に一緒に外を歩き回るのは難しくなりつつあり、今年は是非とも一緒に菊の花を愛でなければと思ったのです。

広島駅までは一人で出てこられるとのことだったので最寄り駅からの列車の時刻をカレンダーに書き、自分が広島駅まで迎えに行くという約束をしました。
そして帰りは施設まで一緒に帰るという予定です。

それでもやはり広島駅まで一人で出てくることができるかどうか心配で、いろいろ考えるとどうしても不安になります。
それで結局送り迎えのすべてをさせてもらおうと思い、その旨を伝えるために前の日にH先生に電話をしました。

すると脚が痛いのと部屋の引っ越しがあるので菊花展には行くことができないというお返事です。
部屋の引っ越し・・・、電話で話しただけでは何のことかよく分かりません。
なので菊花展には行けないにしても、とにかくお会いするだけお会いしようと思い、翌日施設まで出かけました。

H先生の入っておられる老人施設、専門的にはどういう区分になるのか分かりませんが、部屋はすべて個室でベッドがあり、流し台、冷蔵庫、椅子、テーブル、そしてアコーディオンカーテンで仕切られたトイレも完備されいます。

週二回はそこからデーサービスに出かけ、達筆のH先生の元にはペン習字を習う人たちが定期的に通ってこられていました。

そしてこのたび移られた部屋というのは隣の建物で、グループホームと呼ばれるところのようです。

これまでの建物の入り口は自動ドアになっていて、ボタンを押すと扉が開くようになっています。
そのボタンは、入る時のものはドアのすぐ横にあり、出る時は認知の進んだ方が勝手に出られないようにという配慮で、ドアから少し離れた壁に取り付けられていました。

そしてこのたび入られた新しい建物はより管理が厳しくなっていて、ドアが一階と各部屋のある二箇所になり、ボタン操作も少し難しくなっています。

部屋も前のところよりも狭くなり、テーブルを置くことができず、トイレも部屋の外に行かなければなりません。

入居されている方たちもほとんど押し黙った状態で、ここではデーサービスに行くこともなく、食事の前などに職員の方たちと一緒に体操をしたりするのだとのことです。

本当に悪い表現で言うならば、外に出ることのほとんどないほぼ軟禁状態といった感じです。

H先生の辛さ、寂しさ、それはどの様なものなのでしょう、自分には想像すらできません。

いつも外を移動している時は、iPodから流れる音声に耳を傾けています。
iPodに入っている音源は大半が英語学習用で、瞑想音楽、脳力開発もの、そしてほんの少しだけ音楽CDが入っています。

昨日それを適当に触っていて、流れてきたコニー・タルボットの幼い歌声に耳を傾けました。
彼女の歌を聴くのは数ヶ月ぶりです。

なんという心洗われる声の響き、人間は生まれ落ちた状態が最も神に近いのでしょう、彼女の声はそのことをハッキリと物語っています。

美しい声を持つ大人の歌手は山ほどいますが、その声から間違うことなく神性を感じ取らせてくれるのは、やはり彼女のような幼子だけでしょう。

コニー・タルボットの歌声を聴きながら輝くような魂のあり様を感じていると、なぜかその対極の “老い” 、そして目前に迫る “死” というものを抱えながら日々生きておられるH先生の悲しみが急激に胸に湧き上がってきました。

なぜか、とても不思議な感覚ですが、対極のものと触れることにより、その対極のものがよりリアルに感じられるということなのでしょうか。
それまで漠然としてしか捉えられなかったH先生の悲しみが、今耳の中で響いているコニー・タルボットの歌声と同様に生々しく胸に染み渡ってくるようです。

生と死、これは二つでひとつ、共生の関係であり、古きものの死があるからこそ新たなるものの生が存在します。

生、誕生が喜ばしいものであるのと同様、死、滅亡もまた必要なものであり、これを忌み嫌うことは不自然です。

たぶん世界ほとんどの宗教でこういったことが説かれていて、これは究極の真理なのでしょう。
けれどこれは誰しもが通常の感覚で受け入れられるものではありません。

有限で不自由な肉体を持ち、四苦八苦の中で生を営む人間にとって、老いや死の苦しみというのは越えなければならない業、カルマです。

H先生の新しい施設を訪ねた帰り道、一人広島城を自転車で走り、ちょうど見頃を迎えた菊の花々を眺めました。

満開に咲き誇った菊の花、けれど一人で見るその花は、決して美しいと感じられるものではありませんでした。

菊の花

喜びは分かち合うもの。

そしてたぶん、苦しみや悲しみも分かち合い、ともに乗り越えられるものなのだと信じます。

相田みつを