改革の時

今の時代の激変期を明治維新になぞらえ、平成維新と呼ぶ人たちがいます。
幕末から明治にかけての改革は、主に各地の下級武士が中心となって行われましたが、このたびの平成維新ではどうなるのでしょう。

これからはインターネットに象徴されるようにあまねく広く人々の思いが伝わっていく時代、これまでのような一部の権力者が世の流れを牛耳る時代を終わり、庶民と呼ばれる一般の方たちから大きな改革の波が湧き上がってくる、そんな時代になると思われます。

とは言え、国の大きな舵取りをする政治の役割は重要です。
その政治の働きが、これまでは政治家同士の密室での話し合いで行われたり、既得権を持つ一部の団体や企業に忖度し、民主主義の根本である民意の反映というものが行われてきませんでした。

けれどこれからはネットの力がますます強くなり、これまで声なき声として封じられてきた国民の持つ本当の思いを無視することができなくなるでしょう。
またその思いの判断材料となる情報を、テレビや新聞といったオールドメディアが操作することができなくなり、若い世代を中心に、今マスコミ離れが急速に進んでいます。

その変革の波は生物の進化と同様、少しずつなだらかに進むのではなく、変化の歪みがある臨界点に達した時に縮み切ったバネが一瞬で伸びるように一気に進みます。

そして変革の波は当然激しければ激しいほど破壊的であり、できるならば自らの意志で少しずつその歪みを解消し、時代の流れに合わせていくことが望ましいのですが、これはひとつの見方であり、抜本的な改革を目指すならば、より大きな破壊的衝撃が必要だという考え方もあります。

今日のニュースで、大臣をはじめ政務官といった新たな安倍内閣の閣僚メンバーが決まったということが大きく報じられました。

その顔ぶれを見て、この時代の大きな荒波を本当に乗り越えていける布陣なのだろうかと大いに疑問と不安を感じ、そして憤りを覚えます。

先月、小泉進次郎と滝川クリステルの婚約発表が行われ、その加熱した報道から二人の人気ぶりがよく理解できました。
けれどその中に「将来の総理候補」とか「彼女ならファーストレディーにふさわしい」といった意見があり、日本いつから血筋や人気で国のトップを決めるようになったのかと、あまりにも自分の感じ方とは異なるので驚きました。

過去の政界のあり方から見てそれはごく妥当な見方なのかもしれません。
そんな予定調和のような動きが、この日本で今後十年、二十年と続いていくと考えている人が少なからずおられるというのが現実なのでしょう。

その小泉氏がこのたび環境相として初入閣し、それにもまた驚かされました。
これもやはりこれまでの政界のあり方として妥当なもののかもしれませんが、地盤、看板、鞄、この三つが政治家になるための必要要件だと言われる現状において、血筋と人気で大臣に起用されるのは自然なことなのでしょう。

まただからこそ大臣は官僚の言いなり、お飾りと揶揄されます。
この現状、本当に変えなくていいのでしょうか?

さらに驚いたのは、今井絵理子の内閣政務官への起用です。
これに驚かない人はたぶん皆無でしょう。

彼女についての報道と言えば、一昨年の不倫報道が思い起こされます。
それ以降、何か政治家としての仕事をしたのでしをょうか?
騒動によって人気が凋落し、他の候補者の選挙応援に呼んでもらえないといったニュースぐらいしか耳にしません。
あと不倫元市議との交際宣言とか・・・。

また記憶に強く残っているのが、三年前の選挙の時に、政治にまったく無知であったがため、公約をまったく掲げられなかったということです。

今井絵理子の公約

当選時に「これから政治の勉強をします」と述べていましたが、巨額の議員歳費を受け取り、一から政治の勉強というのはいかがなものでしょう。
もっともそれを許してしまった選挙民に大きな責任があります。

彼女の政務官起用はニュースでもネットでも大きな批判が起こっていますが、一体なぜ彼女が政務官に起用されたのか、その理由となるものを知りたくて方々検索したのですが、それと言って納得できる理由を示したものはありませんでした。

菅官房長官が「まさに適材適所」と言われたこと、さらには関係者の言葉として「日頃の行動が評価された」というのがありましたが、具体的なものではありません。

唯一納得できるのが、NHKから国民を守る党の立花孝志党首の、
「彼女にN国党入党を誘ったので、それを阻止するためではないか」
という発言です。
このことはYouTubeで語られています。

これも盛んに報道されましたが、IT担当相に78歳の竹本直一が就任したことも理解に苦しみます。


竹本氏は「SNSへ自分で投稿している」とのことで、その点ではパソコンを触らずUSBも知らない桜田義孝氏よりはましなのかもしれませんが、もっと若くて「適材適所」の方はおられなかったのでしょうか?

大臣就任の記者会見で『行政手続きのデジタル化と書面に押印する「はんこ文化」の両立を目指す』と述べられましたが、デジタル化とはペーパーレス化、はんこは害悪とまでは言いませんが、完全に不要なものと化すのは自明の理です。

デジタルとはんこの両立ということを聞いて、こんなものを思い出したというネットの書き込みがありました。

そろばん電卓

これはそろばん電卓とでも呼ぶのでしょうか。
けれどこれはまだましです。
そればんは処理能力と数の量的感覚が養われ、電卓における計算ミスが減少し、またミスに気づける能力を養えます。

対してはんこの価値はデジタル化、IT化の中にはまったくありません。
はんこは事務の中ではなく、純粋な日本文化や芸術の中にその存続の糸口を見つけるべきではないでしょうか。

竹本氏は「日本の印章制度・文化を守る議員連盟(はんこ議連)」の会長を務めておられるそうで、その既得権益者の利益を守ることを第一に考え、有権者である国民のために尽くすという考えは眼中にないのでしょう。

安倍首相はぜこの人をIT担当相に指名したのでしょう?
また彼の発言をどう捉えたのでしょうか?
これは完全に民意を無視したものと言わざる得ません。

技術立国日本において、ITの推進は国の経済の浮沈を握る極めて重要な分野です。
大臣や政務官といった行政を行う特別職は民間人の登用が可能なので、このIT分野で日本が世界の最先端を目指すためにも、是非とも民間からITのスペシャリストをトップに据えるべきです。

もしそうなれば、「はんこをデジタル書面に・・・」と語る人より一万倍ぐらいはいい仕事ができるでしょう。

ちなみに台湾では、LGBTでもある三十代の天才プログラマーがIT担当の大臣職を担っているそうです。
うらやましい限りです。
「レベル感の違いがすごい」78歳のIT担当相が爆誕→台湾の38歳天才プログラマーIT大臣が話題に

『陰極まれば陽となる』

ここまで民意にそぐわない、政権や派閥の論理で政治が行われているというのは逆に清々しいものです。

今の政治のあり方、予定調和を意識した忖度政治では、この時代の大転換期は絶対に乗り越えることはできません。
だからこそ今あるこの “歪” をバネにして、理想に向かって大きく羽ばたいていく必要があります。

今はその前哨期、もう忖度したり、善処します、前向きに検討します、遺憾に思います、そんな言葉でその場のお茶を濁す時期は終わりました。

平成維新は一人の思い、そしてその行動によって起されます。