SSHの思い出

この春のインドの旅で、最も思い出深いのは、初めて訪ねたSSH(Society for Serving Humanity)の案内で、幼いHIVの子どもたちと出会ったり、貧しい村の家々を訪ねたことです。

HIVの子どもたちの穢れなき明るい笑顔、日本から持っていったお菓子やぬいぐるみをプレゼントした時の嬉しそうな顔、・・・あの日のことを綴ったページにも書いたように、あの日のことは決して忘れることはないでしょうし、また忘れてはいけないと強く感じます。
<SSH 忘れられない日>

SSHという団体は、HIV陽性の子どもたちや貧困家庭の子どもたちへの学業支援、女性の社会的自立や地位向上などインドの社会問題解決に取り組んでいる団体で、日本のJAFS(公益社団法人アジア協会アジア友の会)もそのSSHの支援をしています。

自分はそのJAFSが支援する同じくインドカルナータカ州にあるコスモニケタン日印友好学園に五年前、三ヶ月半駐在していたので、その関係で、このたびお願いしてSSHの施設を訪問させていただきました。

JAFSでは年四回「アジアネット」という季刊誌を出していて、このたび発行された7月号に、見開き2ページで自分のSSH訪問記を記事として載せていただきました。

内容はホームページに書いたもののまとめという形で、JAFSの編集の方がとても読みやすいものにしてくださいました。
これを読むとあの日のことが鮮明に思い起こされます。

下の画像をクリックしてください。
PDFファイルが開いて本文を読むことができます。

右の写真は、HIVの女の子が机の横に立ち、その子のことを普段世話をしている職員の方が現地語であるタミル語で説明し、それを自分の横に座ったスシルが日本語で通訳し、自分はそれをノートに懸命にメモしているところです。

スシルはHIVの子どもと接したのはこの時が初めてだったそうで、正義感が強く、社会奉仕精神の旺盛な彼はとてもショックを受けていました。

左の写真は本当に質素でみすぼらしい家でした。
インドの土壌は硬い粘土質のところが多く、外と地続きになっている家の床が、スコールの時などはドロドロになるであろうことは想像に難くありません。

この家の子も、他の貧しい家の子どもたちもそうですが、いろいろ話しかけてもほとんど笑顔を見せてくれることはありませんでした。
彼らにとってまともに学校に通うことができないというのは本当に辛い現実なのだと思います。
なぜならば、高い教育こそが貧困の連鎖から抜け出す唯一の道だからです。

SSHには来年も訪ねる予定です。

今年出会ったHIVの子どもたちが、来年もまた元気な顔を見せてくれることを願って。
そして貧しい子どもたちが少しでも笑顔になれるよう・・・これは自分自身に対する課題です。