病は気から

お陰様でここ三十年以上、歯の治療と縫うほどの大きな外傷を負った時以外、日本ではお医者さんの世話になったことはありません。

以前も書きましたが、インドで全身に湿疹が現れた時には好奇心もあって医師に診察を受け、注射を打ってもらったり薬をいただいて飲みました。
普段まったく薬を飲まないからでしょう、その時には劇的に効果が現れ、湿疹によるかゆみや痛みは一日か二日で完全に消えてしまいました。

日本でもインフルエンザや腎臓結石らしきものになったり、突発性難聴で一時期完全に右耳の聴力を失った時も、すべて医者にかかることなく自力で治しました。
人間は本来ものすごい自然治癒力を持っているのだと感じます。

日本の病院や診療所は自らの治療ということでは無縁ですが、人様のお世話をすることが好きなので、お見舞でいろんな病院に足を運ぶことはよくあります。
最近の病院はどこもキレイですね。
入院患者さんの代わりに病院食をいただくこともよくありますが、塩け抜きで味の薄さを感じることはあっても、まずいと感じることは皆無です。

けれど肝心の治療といった面ではどうなのでしょう。
自分は東洋を学ぶ人間なので、今の唯物的、対処療法的な西洋医学には大いに疑問を感じます。

病気はなってしまってから治すより、そうならないように予防することも方が簡単で、手間もお金もかからず、本人にとっても楽であることは明かです。
病気を予防する、または病気の症状が表に現れてはいないけれどもその危険性がある“未病”という概念が、東洋医学にはあっても西洋医学には欠けていて、西洋医学は病気を排除する技術は優れていても真の健康を得ることはできず、壮大な無駄を繰り返しているように思えます。

昨年、三十歳ぐらいの若い男性の知り合いが急に激しい腹痛を起こし、救急車で市内の大きな病院に運ばれました。
自分は連絡を受けてすぐに病院に駆けつけ、しばらく診察室の前で待っていましたが、幸いなことにその時は症状が治り、なんとか入院することなくその日のうちにタクシーに乗って彼は自宅へと戻りました。

翌日、家のベッドで休んでいる彼の所に見舞に行ってしばらく話をしていると再び腹痛がぶり返し、昨日に引き続き救急車のお世話になって昨日と同じ病院へと運ばれていきました。

その日も治療のお陰で腹痛も治り、なんとか家に戻れることになり、最後に若い主治医の方から薬についての説明を受けました。

その薬は前日渡したものと種類が違うので、今度のものはたぶん効くだろうという話はしてくださいますが、なぜ腹痛になったのか、どのように生活習慣を変えれば再び痛みが出ないようになるのかといった、本来最も大切であるべき話がまったくないのでとても驚きました。

西洋と東洋の視点は真逆です。
西洋は悪は排除すべきと考えますが、東洋では悪をも何かを示すサイン、本来の正しい道へ導くものと受け取り、それを活かします。

唯物的で排他的な西洋思考が悪いとは言いませんが、それのみを絶対と考えるのは間違いです。
特に今は時代が西洋から東洋へと大きく移りゆく真っただ中であり、西洋の持つ弱点が大きく露呈してきています。

先日、知り合いのfacebookの投稿でこんな言葉を目にしました。

西洋の中心地のひとつであるアメリカの人間からこのようなことを指摘されるとは・・・。
日本で昔よく言われた『和魂洋才』という言葉で言えば、今の日本人は西洋から受けた“才”という知が勝ちすぎてしまい、本来日本人の心の奥に持っている和の魂、大和魂が失われてしまったようです。

相手のいいところをしっかりと取り入れるのは日本人の持つ美徳です。
けれどそれを性善説でもって過剰に受け入れてしまったことは反省しなければならず、これからは、これからの東洋の時代をリードすべく、真の日本の文化を取り戻さなければなりません。

自分は自分の経験で、『病は気から』という言葉の通り、健康になるためには普段からの心の持ち方が最も大切だと感じます。
また健康になるため日々心がけなければならないことも、過去ホームページにたくさん書いてきたように、実に簡単でお金のかからないことばかりです。
<心とからだの健康レポート>

その点から見ると、今の西洋医学は実に壮大な無駄の集積のように感じます。
繰り返しますが、これは西洋医学自体を否定するのではなく、人間の心と体を完全に分離し、自らの思考を唯一絶対のものとするところに大きな問題があるのです。

そしてもうひとつは、その“壮大な無駄”を肯定してしまうような土壌があるということ。
それを変えていかなければ、その上に成り立つ体制も理想の状態にはなり得ません。

知り合いにとても腕のいい東洋医学の治療師がいて、その方のお姉さんが重篤な病になられ、医者からも諦めるようにと言われたのだそうです。
けれどその方はなんとかお姉さんが快癒することを願い、病院に通って東洋的治療を施し、薬草や効果があると思われるものを運び、懸命に治療に当られました。

そしてそれが功を奏したのかしばらくして病は完治し、無事退院することができました。
医者はその奇跡の治癒に驚いて、「どうして治ったのか教えて欲しい」とその治療師に言われ、実際に施した治療について具体的に説明をしたのだそうです。

けれどその医師は話の途中で腕時計に目をやり、
「これからゴルフに行かなければならないので・・・」
と席を立ち、結局そのままになってしまったとのことです。

その医師にとっては、真に病を癒やす治療方法よりも、現在の医療体制の根底にあるものを崩さず、そのラインの上でいかに診療点数を稼ぐかということが最前提なのでしょう。

これがもし自分や自分の家族がその病気になったら話は別でしょうが、顧客である一般の患者に対しては、医院の経済システムを脅かすような治療の知恵は無用なのです。

農家が経済効率を考えて作った野菜を市場に出し、自分たちだけは別の畑で丁寧に育てたものを食べる、これと同じです。

先のアメリカ医師の話も、アメリカは日本のように医療保険制度が充実しておらず、ちょっと医者にかかっただけでものすごく高額な医療費が請求されるというのは有名な話です。
ですからアメリカ人は必然的に医者にかからないですむよう予防に力を注ぎ、お金もかけるのです。

一方日本ではその逆で、少しでも不調を感じたら医者の元へと行き、薬をたくさん求め、医師の方もなるべく収入が増えるような治療を施すということになります。

真に最高の医療とは、病気を治すことではなく、病気にならない体と心を作り上げることです。
けれどそれではお金になりません。
だからこそ無駄が生じ、お金のかかる医療が善という体制が出来上がります。

西洋医学の対処療法に対し、東洋医学は根本療法です。
病の原因を突き止め、それが発症しないように身体作り、心構えを指導します。

西洋医学の問題点の根本は、真に理想の医療をしてもお金が儲からないということです。
今の世界を取り巻く根本的な問題点は、お金や資本というものを中心とした資本主義がもはや立ち行かなくなっているということです。
そしてそこから様々な負の側面が現れ、今の西洋医学の限界もそのひとつです。

これは簡単に解決できるものではありませんが、だからと言って何もしなければ何も変わりません。
まずは自分自身の持つ力、自然治癒力というものを信じてください。
そうすれば、その信じる気持ちに体が応え、必ず何らかのメッセージを返してくれます。
そしてそれが善循環となって繰り返されたなら、自分自身への信頼がより強固なものとなっていくでしょう。

自分は医療の専門家ではありませんが、これまでの経験から、自分の体へは誰よりも深い信頼を持っています。
日々『身体との対話』を続け、自分の身体からのメッセージ、身体の持つ意志というものを強く感じ取ることができます。

これと同じことを一人でも多くの人に感じ取ってもらいたい、そのことを心から願います。

人体は小宇宙、ここが変わればすべてが変わります。

この本は特にお勧めです。

こういった考え方が、本来医療の根本となるべくです。
またそうなることを信じています。