ガム取り、そして羽ばたく平和へ

風薫る五月、好天の広島平和記念公園は今日もたくさんの修学旅行生や外国人観光客でにぎわっていました。

今は梅雨入り前のいい季節、平和公園にかかる平和大橋は先々月の3月21日に完成し、長い間工事をしていた原爆資料館も先月25日にリニューアルされて全館オープンとなりました。
あとは資料館の下を塀で囲って行われている耐震工事の終わりを待つばかりです。

今日は平和関係の打ち合わせで平和公園を訪ねたので、久し振りに路面のガム取りをすることにしました。
平和公園のガム取りをするのは二三年ぶりです。

道具はこんな感じで、ガムを削り取るスクレーパー(金属ヘラ)、残ったガムを溶かすオレンジ洗剤、擦って落とす金属ブラシ、カスを拾い集めるホウキセット、最後に汚れを拭き取るウエス(雑巾)です。

ホウキのすぐ右横に見えるのが路面にこびりついたガムで、こんな感じで路面に黒く張り付いています。

平和公園の路面は表面に多少の凹凸はあるものの、ツルツルとした素材で、ガムを取るのは比較的容易です。
これがレンガのような多孔質のものは、その孔にガムが染み込んでしまい、それを完全に取り除くことはほぼ不可能です。
平和公園にもそういった多孔質の素材で作られた路面が原爆の子の像の前あたりに一部ありますが、ほとんどは表面が滑らかなもので、ガム取りをするのに助かります。

平和公園のような平和の整地でもガムを吐き捨てる人はいるものです。
公園内はたくさんの清掃をする人たちがおられますが、ガム取り作業をする人はおらず、公園内を見て回ると、結構な数のガムがこびりついています。
また油かなにかが染み込んだような跡も数多く見受けられます。

資料館にある無料ロッカーに荷物を預け、必要な道具だけを持って公園に行きました。
路面のガムを見つけると、まずはそのそばにしゃがみ込みます。

最初に思ったこと、それは無理なくしゃがめることへの有り難さです。
トイレ掃除仲間は年配の人が多く、一緒にガム取りをしていても、まずこの膝を曲げてしゃがむということに辛さを覚えられる方が多いようです。
歳を召すと膝が痛くなりがちです。

自分もちょうど一年前頃はなぜか突然膝に痛みを感じるようになり、一時期はまったく正座ができず、歩く時でも少しびっこを引くぐらいの激しい痛みがありました。
けれど今は動画を参考に自分で天城流のマッサージをして、お陰様で痛みは完治しました。

ボランティアができるのは心身の余裕がある証拠、路面にしゃがみ込んでガム取りができるのは、膝や体に痛みがなく、健康であればこそです。
まずはそのことに有り難さを感じます。

路面をくまなく意識して見て回ると汚れは結構目に付きます。
今日は一時間ちょっと作業をしましたが、公園全体を一人でキレイにしようと思うと、あと一週間や十日は十分かかるでしょう。
やることがあるというのは有り難いことです。
8月6日の原爆の日まで、なるべく広い範囲をキレイにします。

丁寧に作業をすると、ガムの跡はほとんどキレイに消えてなくなります。
捨てられてあまり日が経ってない粘着性がいくぶんあるものは、スクレーパーで削るだけでほぼキレイになり、金属ブラシも洗剤もいりません。

古くこびりついたものもオレンジ洗剤をかけて溶かし、金属ヘラで力を入れて擦ると汚れが浮き上がり、そこを雑巾で拭き取ればほぼ完璧です。

路面の油ヨゴレのようなものも同様で、一見こびりついているように見えるものでも石質の路盤は汚れを染み込ませないようで、ほとんどきれいな状態で拭き上がります。

『トイレ掃除は心磨き』と言われ、掃除をする時に対面する便器は己を映す鏡のようで、それを磨くことは己の心を磨くことに通じます。
これはトイレ掃除をしたことのあるほとんどの人が感じることです。

これはガム取りも同じで、ガムという汚れを路面から削ぎ落とすことは、己の心、あるいは身を削ぎ落とす、『禊ぎ(みそぎ)』そのものではないかと感じます。

だいぶ以前にこのガム取りをしながら、

最初は「なんでこんなところにガムを捨てる人間がいるのだろう」と怒りを感じ、
次に「ガムを捨てる人がいるから自分はガム取りをできる」と許せる気持ちになり、
最後は己の内側の悪をも感じ、ガムを捨てた人に感謝の気持ちすら抱けるようになる、

こんな気持ちの変化を感じました。

そして今はただ目の前にこびりついたガムがある、ただそれだけ、誰が捨てたとか、それがいいとか悪いとか、そんなことは関係ありません。
あるのは自分だけ、ただ自分が自分のためにするだけです。

だからこそ、ガムという汚れは自分自身の汚れそのもの、つまりガムを削ぐ行為は、己の身を削ぐ『禊ぎ』そのものです。

心と体は陰と陽、心の持ち方を変えるには、その対極にある体を使って実践することが一番です。
自分にとってトイレ掃除やガム取りは、その実践行のひとつの形です。

ここ広島は世界で初めて原子爆弾によって大きな被害を受け、形ある多くのもの、そして多数の尊い生命が奪われたところです。
その広島だからこそ、形あるものと対極にある心のあり方を世界に向けて発信する力があると信じています。

そしてその方法は、体を使った実践の力です。
今広島の若い力を結集して平和運動をしているHPS国際ボランティアの活動に携わっています。
<HPS国際ボランティア>

広島の平和の思いは幅広く世界へ、末永く未来に向かって羽ばたいていかなければなりません。
HPS国際ボランティアではこれまで毎年平和のアルバムを作り、今年は広島市内を中心とした15校の学校、その生徒や学生たちの若い力を結集して新たなアルバムを15000部印刷し、広島の平和公園に来るすべての学校を含む多くのところ、多くの人たちにそのメッセージを伝えようと活動をしています

さらにはその集大成として、この10月にアルバム制作に携わった子どもたち、被爆者や一般の方たちを集め、大きな式典を催したいと考えています。

その会場として考えているのが平和公園の慰霊碑前です。

この慰霊碑前の芝生は、これまで8月6日原爆の日の式典以外の時は誰も人が入ることはできませんでした。
令和元年、ここをひとつの区切りとし、若い世代からの平和発信として、民間の力による式典をここで開きたい、そう願い、今日は平和公園にある平和財団を訪ねました。

行政はなかなか前例のないことは受け付けません。
けれど平和とは守るだけのものではなく、新たな力で生み出していくものです。

祈る平和から創る平和、育てる平和、そしてそれを羽ばたく平和へと発展させていきます。

実践を通して。