実り多き旅

昨日4月16日午前5時、インドからマレーシア経由で無事日本に戻ってきました。
まる一日以上経った今も体の芯から疲れが抜け切れていませんが、これから徐々に回復していくことでしょう。

今回はインドに行く一ヶ月ほど前まで行くことはまったく考えていなかったにも関わらず、思いがけず植田紘栄志氏の本と再会し、数ヶ月間本棚で眠っていた本を開き、その内容に刺激され渡印を決意しました。

その時からすべての流れが変わりました。
準備のための様々な物事が順調に進み、その流れを受け、インドでも素晴らしいタイミングで出会いと学びをいただきました。

こんなに深い導きという力を感じることは、長い人生においてもそうたびたび経験することではありません。
この力がどういったもので何を伝えようとしているのか・・・それを感じ取り、それをこれからの人生における大きな指針としていきたい、これからもこの流れに乗った状態のまま生きていきたい、今はそれを強く心に思っています。

そしてそのために今できること、それは今回のインドの旅で得たことを今後活かしていく、これに尽きるでしょう。

インドに着いた時とインドから離れる時の数日間、そして今回はたまたまタイミングが合い、SSHの施設があるディンディカルに行く時も、正義感が強く日本企業で通訳として働くスシルのお世話になりました。

彼曰く、
「今回は難民キャンプに支援物資を持って行くことができ、とても嬉しかったです。
そしてディンディカルでとてもたくさんのHIVの子どもたちと出会い、それが悲しかった・・・」

インド人の彼でも、実際にHIVに感染している人たち、ましてや子どもたちと出会うのは初めての経験だったようで、とても強い衝撃を受けていました。

そしてなぜ今回彼らと出会うことになったのか・・・そんなことを彼が語るので、彼にはこう伝えました。
「それはあなたの運命だったから・・・」

彼にとっても、そして自分にとっても今回HIVの子どもたちと出会ったことは大きな衝撃であり出会いでした。
そして今この時に出会うべき運命にあったのでしょう。
これからその意味を自分自身でどうとらえ、どのように行動していくのか、それが天から与えられた、または自分自身が導いた課題なのだと感じます。

他にもMCC(マドライ・クリスチャン・カレッジ)ではインドの抱える様々な社会問題を知り、就学困難な貧しい家庭や子どもたち、苦しい現状を克服しようとしている女性グループ、そして難民の人たちと出会い、自分に何ができるのかということを深く考えさせられました。

そんな中、貧しい家庭に一頭の乳牛を贈ることによって一人の子どもが十年間学校に通うことができ、それを支援する『ONE COW IS FOR ONE KID』という取り組みは、とてもキャッチーで訴えていきやすいものだと感じ、まずはこの取り組みを進めていきたいと考えています。

インドは自分にとって心の故郷であり、ホームで可愛い子どもたちと過ごす一時は、最高の癒やしであり心の救いです。
今回もチェンナイとトリチーのホームで子どもたちと戯れながらのんびりとした時を楽しむことができました。

年月が経つにつれ、慣れ親しんだ子どもたちがホームを巣立っていくのは寂しいですが、また新たな子どもたちとの出会いもあり、子どもたちの変化とともに、それに対応する自分自身の心の変化を感じ取ることができ、それが大きな気づきを与えてくれます。

南インドのホームに行くようになって十一年、男の子たちは相変わらずパワー全開で元気いっぱいです。
それに対して女の子は、ホーム自体で女児に対する規制が厳しくなったと同時に、レイプ大国インドと世界から非難を浴びている流れもあって女性全体への意識が変わり、随分と恥じらいのようなものが生まれてきているのを感じます。

それでもインドの子どもたちはみな極めて純真であることに変わりありません。
ほんのわずかなことで喜んでくれて、ホームの子どもたちと接することで、自分自身の「生きる価値」というものを再発見することができ、こんなに幸せなことはありません。

トリチーのホームでは、午後8時にちっちゃな子どもたちのハウスの学習時間が終わると、泊まっているスタッフルームめがけてたくさんのちびっ子がやって来て、
「ブラザー・マイハウス・イーティング」
と、自分のハウスで夕食を食べてくれと呼びに来てくれます。
本当は呼ぶというよりも、懇願するといった感じです。

一緒に食事をしても、子どもたちがすべての準備や後片付けをしてくれて、自分はただ座っているだけ、方々から絶えずかけられる言葉に適当に相づちを打つだけです。
それでもその“存在”自体に喜びを感じてくれているのでしょう、そのことにただただ有り難さを感じました。

子どもたちには誕生日のプレゼントや風船やチョコレート、折り鶴、そして彼らがめったに口にできないArunというブランドのアイスクリームを渡すととても喜んでくれました。
そして生涯の記念となる写真は特に嬉しいようで、今回は頑張ってたくさん写真を撮り、なるべく多くの写真をプリントして子どもたちに渡すようにしました。
トリチーでは学校のすぐ近くに写真屋さんができていたことが幸いでした。

それでも全員平等にというのは難しく、何かをすると他のたくさんの子どもたちから新たな要望が出て、さらにまた他の子どもたちから・・・というのを何度も繰り返し、大勢のパワーあふれる子どもたちとの接触にほとほと疲れ果ててしまいました。

それでも以前と比べると少しは気が長く、また真摯に子どもたちと対応できるようになったと思います。
純真な子どもたちは研ぎ澄まされた刃物のようであり、また鏡のような存在です。
対応する自分の心を見事に切り裂き、その断面を映し出してくれます。

タミルナド州に三ヶ所あったホームは、昨年長兄スギルタンの運営するカニャクマリのホームが閉鎖になり、現在はチェンナイとトリチー、二ヶ所のホームとなりました。
そのカニャクマリのホームにいた何人かの子どもたちはトリチーに移り、そこで元気な姿を見ることができました。

前回カニャクマリのホームに行った時は日本から来た学生YMCAのメンバーたちと一緒でした。
その時もたくさん写真を撮り、最後にホームの女の子たちから、「写真をプリントして欲しい」と可愛らしい声で頼まれたのですが、あいにくホームの近くに写真をプリントしてくれるところがなく、申し訳ないけれども断ることしかできませんでした。

けれど今回持っていったノートパソコンの過去のデータを見ると、ちょうどトリチーに来た三人の女の子たちがクリスマスドレスを着て一緒に写っている写真があったので、それをプリントしてあげると「プラザー・ベリーベリー・サンキュー」と言ってものすごく喜んでくれました。

これで心の引っかかりが少し消えた感じです。
これはひとつの例ですが、こんな風に今回は子どもたち一人一人の小さな思いにきちんと対応することを心がけ、百点とまではいかないまでも、これまでよりもかなりよくできるようになったと感じます。

子どもたちの喜ぶ顔を見ると本当に幸せな気持ちになれます。
チェンナイのホームは半数以上の子どもたちが隣の敷地にあるイングリッシュ・ミディアムの学校に通い、英語がとても流ちょうです。
あまりにも流ちょうすぎて何を言っているのか分からないこともよくあり、そのせいか少しませているというか冷めているような印象を受けることがあります。

チェンナイホームの最後の日、そんなイングリッシュ・ミディアムの一人の男の子が誕生日だったので、残り少ないギフトを適当に見繕ってプレゼントし、いつもと同じようにみんなで記念写真を撮りました。

この時の男の子たちの素直な喜びの表情、なんだかとっても嬉しかったです。

トリチーでもホームを離れる前の日に一人の女の子が誕生日を迎え、みんな制服を着ている中、一人きれいなドレスを着て学校へと向かう列に並んでいました。
その写真を撮ろうと思って声をかけると、何を思ったのか返事は「ノー」で、しかたなく写真はあきらめ、簡単なプレゼントだけを渡しました。
また学校の帰り道でも歩きながらポケットの中にあった風船などをあげると機嫌を取り直したのか、今度は写真を撮ってくれと言ってきました。
けれど歩いている途中で、また今撮ってもプリントして渡すには時間がないので写真を撮るのは断念しました。

その後これまで撮った写真を眺めていると、その女の子は、十日ほど前に学校の外側を歩いている時、ゴミ捨て場から「写真を撮って~」と声をかけてくれた女の子であることに気がつきました。

こんなゴミだらけの写真よりもきれいなドレスの誕生日写真の方がよっぽどいいだろうに・・・、女心はまったく不可解ですね。

インドにいると日本のことを深く考え、これまで気づけなかったことに気づくことができます。
タンバラムへに書いたように、インドで空手の形(かた)の宇佐美里香さんの演舞を見て、深い感銘を受けました。

この空手の形の中に、日本人が最も大切にしなければならいな形、原型があるように感じます。
そして同じようにインドにはインドの形があり、それは現在急速に経済発展する中においても大切に守り通さねばならないものです。

そして日本もインドも同じアジアの国だからでしょうか、その大切な形には共通したものがあるのを感じるのです。
そのことをタンバラムへを書いた後も何度も宇佐美さんの演舞を見てより強く感じました。

異国インドにいると日本にいる時とはまったく異なった感覚になり、そこでいろいろな発見があります。
鋭い刃物であり鏡である純真な子どもたちと接し、己を振り返るため、瞑想する心持ちでこのサラ・チャン奏でるブルッフのヴァイオリンコンチェルトを何度も繰り返し聴きました。

トリチーホームで夕方の礼拝が終わって部屋に戻り、水浴びをしてサッパリした状態でベッドに横になって部屋を暗くし、サラ・チャンのヴァイオリンに耳を傾けます。
動画は音声ファイルに変換し、これらを編集して合わせた形でiPadに入れています。

彼女の熱情的演奏は人間の感情、喜怒哀楽といったものを超越し、心よりももっと奥深い霊や魂といった世界、運命や宿命、そうものを彷彿させます。

これを聴き入りながらその日一日を反省し、新たな自分を見つめ直すのは快感ともいえる素晴らしい時間でした。

自分にとってはこのサラ・チャン奏でるブルッフがひとつの「形」であるように感じます。
この音楽に耳を、そして心を傾けることによって己を振り返り、進むべき道、また戻るべき道を示してもらえるように感じます。

今回のインドの旅はとても実り多い旅でした。
そしてその実りというものは己の内なる世界を表出してものであり、そういった意味では、本当の自分により一歩近づくことができた、そんな旅であった気がします。

今回HIVの子どもたちと出会えたことは自分の運命であり、また何かを示すサインであったと感じます。
そのサインは何を示すのか、そこにはひとつの正解があるのではなく、限りなくある解の中から自らの手で最も適切であると思われるものをつかみ取っていく、そこに意味があるのです。

インドとの縁は生涯続きます。
これからも自己の成長とインドとの関わりのベクトルをひとつにし、己のライフワークとして取り組んでいきます。