タンバラムへ

インド最後の数日は、10日夜にスレッシュのいるチェンナイホームに着いて二泊し、12日夜にスシルが車で迎えに来てくれて、空港近くのタンバラムへと移動します。

チェンナイホームのあるマライマライナガールも町ですが、ホームがあるのはそこから数キロ入った田舎の村で、牧歌的雰囲気があふれているのが魅力です。

プライマリースクールで子どもたちを待つ間、運搬用三輪自転車が目に入ったので撮りました。
年配の知り合いがこれと同タイプ(?)のものに乗っていて、日本のものとの違いを比べたいと思ったのです。

この写真を撮っていると、近くでじっと座って時を過ごしているおじいさんが、
「日本人があんなのを珍しがって写真を撮ってるぞ」
みたいなことを話していました。
日本人はどこに行っても注目の的です。

可愛い女の子がいたので折り鶴を折ってあげました。
インドの田舎ではほぼ裸に近い子どもたちが走り回っています。

チェンナイのホームも昔は二百名を超える子どもたちがいたそうですが、今はその数も数分の一に減ってしまいました。
けれどスレッシュの温厚な人柄でホームはとても家庭的雰囲気で、子どもたちも明るくのびのびと過ごしています。

12日の午後7時過ぎ、仕事帰りのスシルがホームまで迎えに来てくれました。
ホームの子どもたちとは最後まで一緒にキャッチボールをしたりiPadで歌を楽しみ、思い出に残る素晴らしい時を過ごすことができました。
積み重なるひとつひとつの思い出、それらすべてがかけがいのない財産です。

スシルの家のあるタンバラムは空港近くの大きな町で、スレッシュによると家賃も高いのだそうです。
13日、いつも朝早く仕事で家を出るスシルは土曜日はすごく朝寝坊をするそうで、昼過ぎまで何もすることがなく、一人でタンバラムの町を歩きました。
日中はとにかく暑いです。少し歩くだけで汗が噴き出ます。

町中でも田舎でも、ケイタイの基地局がこれ見よがしに建っているのがインドの特徴です。
特にこのタワーは送受信設備の数が多いようです。

日本ではその存在をほとんど意識したことがありませんが、こういったものはどこについているのでしょう・・・?

ちようどこの基地局を撮ったところの足下に、死後数日は経過しているであろうと思われるネズミの死骸が転がっていました。
さすがに写真は撮りませんでしたが、これがインドの典型的風景です。

大好きなブルースリーの看板が。
彼も生きていれば昨年末に78歳を迎えたのですね。

ブルースリーをはじめ、インドの男の子たちはカンフーや空手が大好きです。
インド映画では歌、踊り、コメディーとともにアクションも欠かせない要素ですので、格闘技全般が好きなのでしょう。

ブルースリーは日本なのかともよく聞かれます。
中国、香港、韓国、それらの国と日本との違いは子どもたちには難しすぎるようです。

ブルースリーの看板の横に見たことのある女性の姿が・・・、それは空手の形で極めて美しい演舞を見せる宇佐美里香さんでした。

宇佐美里香さんのことは以前このホームページでも紹介したことがあります。
そしてこのたびインドで再び彼女の演舞を目にし、またまた胸が熱くなりました。

演舞以外にも、その前後の感情を抑えた彼女の所作、対戦相手である外国人選手の静かなる表情、そのすべてが美しい・・・。

彼女の演舞の美しさ、それを支える身体能力は、ここインドの文化の根底を支えているであろうインド人の持つ身体文化と100%一致します。
身体の内部にあって根幹である体幹の力、安定した胴体から導かれる無駄がなく効率のよい手脚の捌き、本当に大切なものは、インドや日本という国を超えて共通するのだということを彼女の演舞を見て確信しました。