トリチーでの日常_10

明日10日は二週間以上滞在したトリチーホームを発つ日です。
子どもたちも現在いる最高学年9年生は10日が試験最終日で11日にここを出て田舎に帰り、他の学年の子どもたちは自分と同じく明日10日にここを出るということです。

「トリチーでの日常」というタイトルでページを書くのもたぶんこれが最後でしょう。
このホームにはこれまで計六回訪ね、毎回少しずつ変化はあるものの、子どもたちと過ごす何気ない日常、これが何ものにも代えがたいほど有り難いのです。

このホームページで書いていることも、以前書いたことと重複しているものもありますが、毎回新鮮な感動をということでご了承ください。
自分自身そういう思いで子どもたちと接しています。

とにかく毎日暑くて大量に汗をかき水分を蒸発させ、その分の水分補給を主に生ぬるい水で摂っていると、体が冷たいものに対してとても敏感に反応するようになります。
昨日マンゴージュースは異次元の美味しさと書きましたが、それは本当に大げさではない感覚なのです。
ですからジュースを買いに食料品店に行くのはものすごく楽しみです。

その店で先週撮った若いお兄さんの写真をプリントして渡すと、その妹がワオーッと声を出して叫んでいました。
そして今朝再びその店に行くと、矢継ぎ早にタミル語でいろいろと話しかけてきて、どうやら自分も写真を撮って欲しいと言うことのようです。
かろうじて意味が分かるのは、タミル語にも日本語と同様、たくさんの英単語が外来語として含まれているからです。
写真は現地の人もフォトと言いますから。

ということで、こんな写真を何枚か撮らされました。
右側がその妹です。

いつも行く茶屋でも以前撮った写真をiPadで見せるとフォトプリントと写真が欲しいと言うので、ここでも再度写真を撮り直しました。

インド人の写真、音楽、踊り、映画好きは筋金入りです。

ホームでも男の子たちのあまりの統制のなさから「オールフォトフィニッシュ」と宣言したものの、それでも自分の写真が一枚もないという子どもが何度も言い寄ってきます。
そこで本当に “隙を見て” という感じで他の子どもたちが大騒ぎしないよう配慮しながら写真を何枚か撮りました。
この子はカニャクマリのホームから移ってきた子です。
撮った場所はスタッフルームの裏、フェンスの向こうが乳牛のいるところです。

子どもたちのパワーはすさまじいものがあります。
小さな体であれだけ大量のご飯を食べるのですから力が有り余っているのでしょうか。
大人の愛情に飢えているという面はあると思います。
けれど休むことなく投げかけられるサッカーイとかブラザーとかいう問いかけに、八割以上は生返事か無視したような態度しか取らない自分に対し、これだけ親しみを持って接してくれるのは、有り難さと同時に少しの後ろめたさを感じます。

男の子のコテージは三つあり、それぞれグリーン、ホワイト、レッドの三色で建物が色分けされていて、そのすぐ近くに自分が泊まっているスタッフルームがあります。
その中でグリーンは主にちっちやな子どもがいるハウスで、そこの夜の学習時間は午後八時まで、他の二つのハウスは午後八時半までと異なっています。

昨夜はその午後八時が過ぎる頃、ちびっ子たちがスタッフルームの近くに大挙押し寄せてきて、「ブラザー、イーティング・グリーンハウス!」と、自分たちのところで晩ご飯を食べてくれと言ってくれました。

一緒に食べてもただ座って適当に話にうなずくだけですが、それでもそばに来て一緒にいて欲しいと思ってくれるんですよね。
ただただ有り難く、そしていつもこんな風にしてもらうと、日本に帰ってから急に寂しさがこみ上げてくるのです。

子どもたちと一緒に食事をするといつも上げ膳据え膳です。
食器を用意し、食事は子どもたちがよそってくれますが、子ども任せると大量に盛りつけられるので、なるべく自分で量を言って盛り付けてもらうようにしています。
食後も食器を洗ってくれて、手を洗う水もみんなが率先して用意をしてくれます。

昨夜はつくづく思いましたが、これは本当に最高の食事ですね。
『この上ないもの』です。
いろいろとサーピスをしてくれるからではなく、その中で喜びを分かち合い、ともにすることができるからです。
たくさんの子どもたちの嬉しそうな顔、これは何ものにも勝る最高の調味料です。

特にちっちゃな男の子たちが可愛らしいですね。
男の子の中で最もちっちゃいのがこの子で、キッチンスタッフの息子さんです。
赤ちゃんキューピーを少し大きくした感じで、笑顔がとってもキュートです。

この子をだっこしながら要望の多いセルフィーを撮りました。
この写真はプリントしてお母さんにあげる予定です。
一緒に写った男の子たちにも・・・。

昨日学校に子どもたちを迎えに行く途中で撮った写真です。
新しい看板が出ていて、インドの伝統医学アユルベーダーの文字とともにDNAのイラストが描かれ、それがとても印象的でした。
新旧知恵の合体ですね。

そしていつものようにプライマリースクールの門のところに行くと、門のすぐ内側にホームの女の子たちとそのお母さんが果物を食べながら話をしていました。
こういう時になって初めて「この子たちは姉妹だったのか・・・」と分かるのです。

手に持った果物を一番下の妹がカミソリのようなものを使って切り分けています。
インドの子どもが裸の刃物を素手で使うのは何度も見ていますが、何度見ても恐ろしいもの、ついついハラハラしてしまいます。
けれど最後までよく見ると、それはカミソリではなく、髪をとめるヘアクリップだったので一安心です。
衛生的にはどうかとは思いますが、その一欠片をお姉ちゃんが自分にもお裾分けしてくれました。(美味しかったです♪)

そんなこんなでいつものように門からぬいぐるみを出して校舎の子どもたちと戯れたりしていると、すぐ横の上の学校を終えたピロが通りがかり、一緒に家まで行こうと誘ってくれて、ついて行くことにしました。
彼女の家は二年前にも訪ねたことがあり、学校から歩いて数分のところです。
これが二年前の写真、とてもきれいで立派な家具や電化製品が整った家です。

ピロは今はホームを出て家から学校に通っていますが、なんでこんなきれいな家の子がホームにいたのか、それは謎のままです。
今自分が寝泊まりしている部屋よりも数段環境がいいですよ。

ピロの家では親戚関係なのか他に二人の女の子がいて一緒に過ごしました。
ジュースにパンケーキ、そしてレディーボーデンみたいな高級アイスクリームも出してくれて、ここでも至れり尽くせりです。
そして家で採れたというパパイヤも持って帰れと言ってくださったのですが、それはさすがに遠慮して、その場で切って美味しくいただきました。

たしかに家の横の木には、たくさんのパパイヤの実がたたわに実っていました。
真ん中がピロ、二年間で素晴らしく貫禄がつきました。

お母さんも写真を撮って欲しいとのことで、オンリーワンフォトです。

こんなたわいもない日常が本当に楽しいんです。
心の洗濯、今風の言葉で言うと自分探し、あるいは日本の日常が世界の日常ではないということを知る体験とでも言えるでしょうか。

ピロの家を後にして数十メートル歩くと、可愛い鶏の親子が歩いていました。
ホームにもたくさんいますが、あんまりにも可愛らしくてついシャッターを切りました。
けれど動き回る動物はなかなか上手く撮れませんね。

この写真を撮っている時もまだピロ親子たちは玄関で見送ってくれていたようで、
「日本人はあんなのが珍しいんだね」
みたいな感じの笑い声が後ろの方から聞こえてきました。

自分はインドに行って日本を知り、彼らインド人は日本人という外国人と接することで、少しは異文化の香りを感じるんでしょうね。